2012年1月22日日曜日

パーフェクト・センス

(PERFECT SENSE)

 原因不明の五感喪失という感染症のパンデミックを描く近未来サスペンス。ある種の破滅テーマSFですね。
 世界が静かに滅亡していくというシチュエーションというのはイギリス映画ならではです。実際はイギリスを始めとするヨーロッパ四カ国の共同製作だそうですが。この手の映画はやはり米国よりも欧州ですね。
 本作は『トゥモロー・ワールド』(2006年)、『ハプニング』(2008年)、『ブラインドネス』(同年)等の疾病による「静かな破滅SF」の系譜に連なる作品です。『フェーズ6』(2009年)もそうか。
 『感染列島』(2009年)とか『コンテイジョン』(2011年)とはまた少し趣が異なります。

 まぁ、SFと呼ぶには少し寓話ぽいところも感じるのデスが。
 問題の疾病がとにかく原因不明、感染経路も不明というのが恐ろしい。そもそもウィルス感染かどうかも明確ではなく、最後まで明らかにされません。そこがあまりSFらしくない。
 これは疾病により変容していく社会と、そこに暮らす人々の苦闘を描く物語であって、難病と闘うメディカルな物語ではありません。
 ある意味、前述の作品群よりも一番救いが無いとも云える。
 パンデミック終息の気配が見えたり、僅かながら回復の兆しが見えたりとか……しません。最後まで救いなし。
 とは云いながら、かなり力強い物語であり、鬱なまま劇場から出てくるようなこともありませんでした。これはデヴィッド・マッケンジー監督の演出力の賜物と申せましょう。

 主演はユアン・マクレガーとエヴァ・グリーン。
 ユアンは『ゴーストライター』(2010年)に続いて良い作品に出演しています。エヴァの方は『ライラの冒険/黄金の羅針盤』(2007年)以降、あまりお見受けしておりませんでしたが──その後の出演作が日本未公開ばかりだし──、相変わらずお美しい。
 二人の周囲をイギリスやデンマークの俳優さんたちが固めており、日本での知名度は低いながらも演技派ぞろいです。本作はサンダンス映画祭でも注目を集めたそうな。

 ユアンの役は英国グラスゴーの街角で営業するとあるレストランのシェフ。毎度のことながらユアンの役作りは見事です。厨房内での立ち居振る舞いが堂に入っております。
 そのレストランの裏手のアパートに住んでいるのが感染症研究所に勤めているエヴァ。
 知り合った二人はやがて恋に落ちるのですが……。

 ある日、研究所に呼び出されたエヴァは、嗅覚が消失したという男性患者の報告を聞く。そして時を同じくして同様の症状が世界各地で報告され始める。
 それが始まりだった。
 一斉に五感が消失するのではなく、段階的に症状が進行していくという描写が怖いです。しかも発症前に予兆となる症状が現れるという設定が非常に効果的です。
 嗅覚消失に先駆けて、患者は理由のない喪失感の波に見舞われる。過去の記憶が悲しみに包まれ甦り、大泣きしてしまう。
 そしてその後、ぱったりと鼻が利かなくなる。
 嗅覚は記憶の想起と深い関係にあるというが、症状との因果関係はあるのか。研究者たちの努力も虚しく、原因も治療法も判らない。
 やがて街のあちこちで、不意に泣き崩れる人々が大量に発生する。

 世界的な疫病の蔓延を背景に、本作ではユアンの勤めるレストランが一般市民を代表する形でクローズアップされます。
 嗅覚を喪失したお客は、もはや料理の香りを楽しむことが出来ない。鼻づまりの客を想定したピリカラ料理で対応していく。料理を作る側も鼻が利かないので、大甘だったりスパイシーな料理が流行していく。芳香剤業界は大打撃でしょうが。
 このあたりは困難ではありますが、まだ克服は難しくない。香りがなくても思い出を想起する為の工夫もあります。匂いを音で代替する大道芸人のパフォーマンスが巧い。

 しかし疾病は次の段階に。
 猛烈な恐怖と飢餓感に襲われる人が続出。人々は発作的に手当たり次第に、口にものを詰め込み始める。化粧品だろうと、食用油であろうと、花束でも何でもお構いなし。
 理由もなく怯え、理性を無くしてものを貪りまくる人々の描写が強烈です。
 そして味覚を失う。

 感覚の消失は脳の働きと関係あるかのような描写ですが、明確には示されません。脳のある部分が司る衝動が極限まで増幅されたのちに、ひとつの感覚が麻痺してしまうと云うパターンが描かれていきます。
 味覚の消失は、レストラン経営者には致命的。高級ブランデーをガブ飲みしても、何の感動もない。それでも酔っ払うことは出来るみたいですが。
 「もう店はおしまいだ。油と小麦で充分だからな」と嘆くレストランのオーナーを励ますユアン。

 本作はここからが凄い。どんな困難に直面しようと、自暴自棄に陥らず、日常に復帰しようと頑張る人々の姿を描いていきます。
 香りと味がダメでも、音と食感がある。温度差を感じることも出来る。
 この世は油と小麦だけじゃない。シェフ達の努力には涙ぐましいものがあります。
 外食産業は「食感ともてなし」を提供する場となり、再び客が集まり始める。

 ユアンとエヴァの仲も危機を乗り越えて続いていきます。結構、ラブシーンは濃厚で大胆です。「感覚の喪失」というテーマの所為か、映画ではあまり伝わらない嗅覚や触覚に訴えるような官能的な演出が必要なのでしょうか。
 エヴァの大胆ヌードは目の保養です。でもユアンの全裸は見たく無かった(頼むからパンツはあっち向いて穿いてくれ)。

 しかし世界が困難を克服し始めた頃を狙ったかのように、感覚消失の症状は次の段階へ。
 当初、嗅覚と味覚は化学物質への反応であるから、他の感覚は影響を受けないと思われていたのに……。
 猛烈な怒りの衝動が押し寄せ、人々は互いに非難し合い、争い合う。凄まじい怒りの発作。
 そして聴覚を失う。

 もはや全世界的に社会基盤が崩壊しつつある。恐らくこの時点で大量の死傷者が発生したのでしょう。この手の映画にはお馴染みのシチュエーションが現れます。
 公共サービスの麻痺、物流の停滞、略奪と放火。街にはゴミが溢れ、TVは字幕のみの放送となり、防疫服を着た職員がビラを配り、難聴者は外出を控えるよう促していく。
 確かに耳が聞こえないのでは、車の運転も危なくて出来たものではありません。

 だがそれでも人々は生きていく。
 簡単な手話を説明するサインがあちこちに貼られ、手話と筆談で意思疎通を図る。
 楽器の演奏も廃れない。ライブハウスでは演奏者の近くに寄って楽器に触れたり、スピーカーの前に立って空気の振動を感じ取ることで音楽を楽しむ人々の姿があった。
 ユアンの同僚であるシェフ(ユエン・ブレムナー)が作る創作料理も素晴らしい。もはや味も香りも二の次にしたキテレツな盛りつけの料理。見た目はすごく鮮やかで楽しそうなんですけどね。きっと凄い味がするのでしょう。
 どんな困難が押し寄せても、日常を維持しようとする人々はへこたれないのだという描写が感動的です。絶望して自ら命を絶つ人もいるが、それは少数。

 だがそれすらも……。
 最後の感覚消失の予兆が実に残酷です。次第に加速していく発症スピードは、遂に世界同時となる。一斉に押し寄せる多幸感の嵐。
 世界は幸福感に包まれ、光り輝き、あらゆる人々が笑顔になり、互いに赦し許され、恋人達は愛する人と抱き合う。
 そして視覚が失われる。画面も暗転。

 本作はエヴァ・グリーンのナレーションが随所に挿入されて、ドラマが進行していく演出になっています。ドラマの締めくくりもまたエヴァのナレーション。

 互いの息づかいを感じる。頬を伝う涙も感じることが出来る。
 私たちはそれでも生きていく。

 どうやって? もう駄目でしょう? 世界滅亡なんでしょう? ──と、云いたくもなりますが、九〇分かけて困難を次々に克服していく人々の姿を見せられた後なので、妙に確信的なエヴァの言葉に一縷の希望を感じます。
 どうやら大丈夫らしい。どうやってだかは判らぬが、それでも世界は大丈夫らしい。
 人間はへこたれないのだ。
 絶望的状況を描きながら、逆説的に希望を感じさせるというエンディングでした。観終わると、ちょっと元気にさえなれるかも知れません。


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