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2013年1月28日月曜日

さよならドビュッシー

(Good-bye Debussy)

 中山七里による同名小説の映画化です。宝島社の『このミステリーがすごい !』のコンテストに於ける第八回(2009年)の大賞受賞作であるそうな(このときは太朗想史郎の『トギオ』も大賞受賞)。
 この大賞受賞作品の映画化では、海堂尊の『チーム・バチスタの栄光』(2008年)を観たことがありますが、それ以外は観ておりません(汗)。
 浅倉卓弥の『四日間の奇蹟』(2005年)とか、上甲宣之の『そのケータイはXX(エクスクロス)で』(2007年)とか……。
 公開予定(2013年)の乾緑郎の『完全なる首長竜の日』はSFらしいし、黒沢清監督で、佐藤健主演なので、こちらは観に行きたいところですが。

 しかし正直、本作を観に行こうかどうしようか迷うところではありました。
 だって本作の主演は橋本愛ですから。
 個人的に昨年(2012年)観た橋本愛の映画は、『BLOOD-C The Last Dark』も、『Another アナザー』も、イマイチでしたからねえ(いや、イマイチどころではないか)。まぁ、前者はアニメですけど(声優はもう少し修業してからね)。
 もしこの上、『貞子 3D』でも観ていようものなら、とうの昔にスリーアウトになって、本作を観るのは止めにしていたところです(観に行かなくて良かった。アレは相当ヒドいらしいし……)。
 作品の選択が不味いのか。『桐島、部活やめるってよ』は良かったのかしら(これも未見)。
 とりあえず「仏の顔も三度」ルールを発動して鑑賞いたしました。

 結果、橋本愛は「やれば出来る子」であると判って、大変安心いたしました。と云うか、素晴らしいデス。今まで可愛いだけの大根女優だと思っていました。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい(汗)。
 これは監督の腕が良い所為もありますでしょうか。本作の監督は利重剛。
 実は『BeRLiN(ベルリン)』(1995年)も、『クロエ』(2001年)も観ておりません(利重剛は俳優でもあるので、出演作は幾つか観ておるのですが)。だから本作が初めて観る監督作品になりますが、敬服いたしました。
 聞くところに拠ると原作小説から割と大胆に脚色しているそうですが、かなり巧くまとめている感じがしました。

 原作の方は未読なので比較は出来ませんが、ミステリー小説のコンテストで大賞受賞するくらいなのだから、やっぱり原作はミステリー色が強いのだろうと察せられます。
 でも本作の方はミステリー色はかなり薄めです。殺人事件が起きるようなストーリーではありませんし。
 むしろ本作は、音楽映画として大変素晴らしい出来映えであります。小説では描けないピアノの演奏シーンが実に印象的に演出されており、メディアの違いが巧く活用されている感じがいたしました。

 資産家の祖父がいて、長男夫婦と次男夫婦にはそれぞれ女の子が一人ずついる。同い年の従姉妹は互いに仲が良く、次男夫婦が海外で命を落としてからは、祖父の家で二人は一緒に育つ。
 長男夫婦の娘は遥(はるか)、次男夫婦の娘はルシア。ピアニストを目指す遥は、ルシアにある約束をする。
 「私がピアニストになったら、ルシアの為にドビュッシーの『月の光』を弾いてあげる」
 しかしある夜、屋敷で火災が発生し、祖父と二人の少女は炎に巻かれ、祖父は焼死。少女達も片方が死亡し、助かったのは一人だけ。
 生き残った少女は着衣から遥であると確認され、一命を取り留めたものの、全身の三割以上の皮膚移植と、顔面の形成外科手術を受ける。
 執刀医の腕は大変素晴らしく、遥は火災前と寸分違わぬ美貌を取り戻すのだが──。

 この遥を演じるのが橋本愛。
 最初から観ている側としては、「助かったのは本当に遥なのかな?」と疑念を抱くようになります。当然ですね。
 と云うか、これでラストで「本当に遥でした」となったら、そっちの方が驚きですが。

 楽器の演奏は絶望視され、音楽学校からの転校を勧められるが、遥は頑として認めない。どうしてもピアニストになりたい。そして弾きたい曲がある。
 もちろん、それはドビュッシーの「月の光」。
 リハビリを継続しながらの授業は音楽学校では無理だと宣告されたところへ、助け船が出る。たまたまその話を聞いていた男が、遥の個人レッスンを引き受けてくれる。

 この男が本作のもう一人の主人公、岬洋介。
 原作小説はシリーズ化されて「岬洋介シリーズ」と銘打たれているそうな。本作はピアニストでもあり、名探偵でもある岬青年が、音楽絡みの事件を解決していくというシリーズの第一作だとか。〈音楽探偵〉か。
 劇中でも、本筋に関係ありませんが、プロフィールが語られる場面があります。
 曰く、父親は有名な検事であり、自身も司法試験をトップで合格していながら、ピアニストとしての道を選んだ変わり者である(試験は父の顔を立てただけだそうな)。

 この岬洋介を演じるのが、本作が俳優デビューとなる清塚信也。
 まったく馴染みのない人でしたが、ピアノの腕前は大したものです。そりゃそうだ。本職ですから。
 今まで『のだめカンタービレ』や、『神童』といった音楽ドラマでピアノ演奏の吹替をしていた方だそうで、玉木宏や松山ケンイチが見事にピアノを演奏できていたのは、この人のお陰だったのかッ。
 確かに劇中で披露してくれるピアノ演奏は素晴らしい。
 特にフランツ・リストの超絶技巧練習曲第四番、ニ短調「マゼッパ」を壮絶に弾きこなす場面は、見せ場のひとつでしょう。

 本職のピアニストを役者として起用しているわけですが、これが俳優としてもなかなかです。最初からピアニストの役だからだとしても、それ以外の場面での演技も不自然さは感じませんでした。
 利重剛監督はこの逸材起用を誇りに思っているそうですが、うんと自慢して良いでしょう。
 本作では登場人物がピアノを弾く場面を、カット割で逃げることなく、全身から指の動きまできちんと捉えた映像で見せてくれます。
 しかもそれは橋本愛にも適用される。

 ちょっと信じられませんが、本作に於ける橋本愛のピアノ演奏シーンにも吹替はないらしい。実際、ちゃんと指を動かして弾いています。
 本作を観て、橋本愛に対する今までの偏見が払拭されました(どれだけ酷い偏見だったのかは云わずにおこう。恥ずかしいから)。

 そして音楽映画に相応しく、演奏される名曲の数々。前述以外にも、リムスキーの「熊蜂の飛行」が忘れ難い。それからドビュッシーの「アラベスク第一番」もいい感じデス。橋本愛がちゃんとそれらを弾きこなします。
 本作は音楽映画です。もうミステリー映画でなくてもいいデス。
 火事で大やけどを負った少女が、それでも懸命にピアニストを目指してリハビリを重ね、動かない指を動かし、周囲の偏見に耐えて(音楽学校の生徒から「フランケン」なんぞと心ない仇名を付けられる)、コンクールに向かって努力していく姿が美しいのです。
 特にリハビリの際の医師(吉沢悠)の厳しい指導と言葉が印象的です。

 ええ、まあ、確かに祖父(ミッキー・カーチス)から遺産を十二億円ばかり相続しますけどね。
 それからリハビリ特訓中にも、階段に細工されたり、松葉杖に細工されたり、頭上からシャンデリアが落下してきたり、あからさまに命を狙われたりしております。ついでにお母さんまで謎の事故で病院送りにされたりしますけどね。
 どうでもいいです、そんなこと。
 ミステリな部分は色々あります。犯人が誰であるのかとか、動機は何なのかとか。ついでに橋本愛は本当に「遥」なのかとか、実は「ルシア」なんじゃないのかとか。
 全部、忘れていいです。

 それよりもコンクールでちゃんと「月の光」が弾けるのかどうかが大事なことなのですッ。
 まだ指の動きは完全ではない。長時間の演奏には指が耐えられない。
 課題曲の「アラベスク第一番」を弾いた後に、自由曲で選択した「月の光」を弾くには、演奏時間が自分の限界を超えてしまう。どうするのか。
 この問題に比べれば、ミステリー展開など些細なことです。ドラマの上でも、コンクール本選が始まる前に事件は解決してしまいますし。
 あまりにもあっさり犯人が判ってしまうので、まだ真犯人が他にいるのかとか思ってしまいましたが、まったくそんなことはありません。事件は解決し、コンクールが始まります。

 そしてここからがクライマックス。
 会場には自分の手術を担当してくれた医師や、音楽学校のいけ好かない教師達(戸田恵子と三ツ矢雄二ですよ)も来ている。果たして自分は演奏し通すことが出来るのか。
 この場面の橋本愛のピアノ演奏シーンは鳥肌モノでした。音響もまた見事です。
 劇中で岬青年が「本当に素晴らしい演奏とは何か」について言及する台詞がありましたが、それが体現されるのでたまげました。
 弾きたいという強い願いがあるとき、弾き手は聴衆と一体化する。そんなときは技術が拙くても、もはや関係ないんだよ。
 台詞でそう語られても、まさか本当にそういう場面がちゃんとあって、観ていてもそれが感じられるように演出されると云うのは凄いことだと思いマス。まさに極上の音楽映画でした。

 利重剛監督には、このまま清塚信也主演で、続編の『おやすみラフマニノフ』も、『いつまでもショパン』も続けて映画化して戴きたいものです。




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