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2011年6月14日火曜日

テンペスト

(THE TEMPEST)

 ウィリアム・シェイクスピア作『大あらし』の何度目かの映画化ですね。名作だから何回も映画化されていますが、今まで私はピーター・グリナーウェイ監督の『プロスペローの本』(1991年)でしか観たことがありませんでした。昔、気の迷いでLDをジャケ買いしちゃったのだ。
 ところがコレが、さっぱり面白くなかった。
 と云うか、何回か観ようと頑張ったが、必ず寝てしまうので筋立てが理解できないのであった。ダメだ、私には前衛アートのような映画は理解できぬ(汗)。
 で、遂にそのLDは中古で売り払ってしまった。今にして思えば、ちょっと勿体なかったな。

 以来、『大あらし』については、冒頭の部分しか知らぬまま今日に至ったわけです。いや、知りたければ原作の戯曲を読めばいいだけの話なんですがね。
 それで今度の『テンペスト』ですが……。
 非常に判り易い。そうか、こういう物語だったのか。やっと判ったよ。

 実弟アントーニオに裏切られ、ナポリ王アロンゾにミラノ公国を乗っ取られてしまった大公プロスペロは、愛娘ミランダと共に孤島に追放され十二年間、魔術の腕を磨き復讐の機会を窺っていた。あるときナポリ王一行が島の近海を航海中に、魔術で嵐を起こして船を難破させ、自分の島に漂着させるのだった。
 しかし難破した一行の中には、アロンゾの息子ファーディナンドや、プロスペロが唯一、恩義を感じる老顧問官ゴンザーロも含まれていた。
 妖精エアリアルを使役し、プロスペロは復讐を開始するのだが……。

 監督はジュリー・テイモア。『タイタス』(1999年)とか『フリーダ』(2002年)の監督か。『アクロス・ザ・ユニバース』(2007年)もそうか。さっぱり観てません。
 しかしブロードウェイ・ミュージカルの『ライオンキング』は知ってるぞ。あの独創的な衣装と演出は、劇団四季のミュージカルでもお馴染みですね。
 どっちかと云うと、舞台演出家の人なのか。
 『スパイダーマン』をミュージカル化した舞台も、この人の演出によるものだそうな。それはちょっと観てみたい。どうも演出がトンガり過ぎてコケたらしいが。

 『テンペスト』はシェイクスピアの原作を一部改変し、主人公を女性にしています。
 だから名前も「プロスペロ」ではなくて「プロスペラ」と呼ばれている。これをヘレン・ミレンが演じているのですが、もう堂々としたものデス。
 英国女王まで演じたお方ですから、ミラノ公国大公(の奥方)でも、この威厳は遺憾なく発揮されております。
 『RED/レッド』で楽しそうにマシンガンぶっ放していたお方と同一人物とは思えない(笑)。

 テイモア監督の舞台演出家らしいところは、映画のビジュアル面にも見て取れます。
 プロスペラと、その娘ミランダが暮らす岩屋のデザインが、なかなか面白い。舞台劇のセットのような感じが漂っています。
 そして登場する他のキャラクターも特徴的です。
 難破した(させられた)ナポリ王の一行は、全員が黒を基調にした衣装で統一され、なかなかスタイリッシュ。その分、人外キャラのビジュアルが強調されてます。
 やはりこの作品は妖精エアリアルと、怪物キャリバンが印象深い。

 エアリアルを演じるのはベン・ウィショー。『パフューム/ある人殺しの物語』(2006年)で主演を勤めておりましたが、エキセントリックな役が多いのか。この映画ではエアリアルが大活躍します。
 妖精なので衣装は無いも同然ですが(ほぼ全裸)。水になり、風になり、樹になり、怪物にも化身する。まさに変幻自在。
 このあたりの視覚効果の演出にはグラフィックデザイナーのカイル・クーパーも参加しているので、映像的にはなかなか面白いです。

 キャリバンの方はジャイモン・フンスー。このキャラだけ意図的に黒人俳優ですね。しかも黒人の肌に泥が乾いたような特殊メイクを施すので、何やら溶岩で出来た人形のような出で立ち。原作では「魚のような部分がある」らしい(半魚人なのか?)が、見た目は全然そんなことありません。
 でも台詞では「人か、魚か」とか云われていた。さすがにシェイクスピアの台詞は変更できなかったか。
 キャリバンは原作でも「プロスペロに島を乗っ取られた」という設定ですが、黒人が演じるお陰で、この部分にも風刺を感じます。結局、プロスペラも先住民から土地を奪い、奴隷にしてこき使っていたので、善人ではないのである。
 まぁ、キャリバンの方もミランダをレイプしようとした前科もあるらしいので、どっちもどっちか。この映画には善人がいないのか。

 善人なのは若い二人の恋人だけか。プロスペラの娘ミランダと、ナポリ王の息子ファーディナンド。出会った瞬間にお互いに恋に落ちる。純粋というか、何と云うか。
 出会いはプロスペラの策によるものですが、もうバカップルと化した二人は、周囲の出来事そっちのけ。まさかここまで見事に恋に落ちるとはプロスペラも計算していなかったように見受けられる。

 物語としては、このバカップルと、ナポリ王一行、そしてキャリバンの悪巧みと云う三つのプロットが同時進行していく感じデスね。

 どうもプロスペラとしては、自分と愛娘を追放した実弟アントーニオとナポリ王アロンゾらに復讐し、ミラノ公国を取り戻す一方で、娘をファーディナンドと結婚させて、ナポリも分捕ってしまおうと画策していたように見受けられる。
 でもプロスペラは、途中でその計画を諦めてしまう。
 復讐計画の一環としてエアリアルに命じてナポリ王御一行様を錯乱するように仕向けるのであるが、錯乱した連中のあまりの罪悪感に仏心が芽生えてしまったのか。
 一行の中に、ミラノ追放前夜に唯一人、慈悲の心を示してくれたゴンザーロがいたことも原因のひとつか。
 プロスペラは復讐を中止して、全員を許してしまうのである。うーむ。
 壮絶な復讐劇にはならないのか。

 一方、難破した船の乗組員であるステファノと宮廷道化師トリンキュローの二人と知り合ったキャリバンは、二人をそそのかしてプロスペラ殺害を計画するのであるが……。
 こっちの方はもう完全なギャグ話。そもそもトリンキュローもステファノも間抜けである上に、キャリバンが一番のアホなので深刻な物語にはなりようがない。もう三馬鹿トリオによるコメディがプロスペラの復讐劇の合間に展開していくだけ。
 案の定、こいつらの計画も露見し、エアリアルにやっつけられる。

 シェイクスピアの書いた最後の作品だそうで、文豪も晩年は人が丸くなったと云うか、不毛な争いと復讐の物語を「赦しと和解」で終わらせる。
 プロスペラは全員を赦し、エアリアルを解放し、和解と祝福のうちに大団円となる。

 ちょっと展開が急かなと思わないでもありませぬが、まずはめでたし。
 シェイクスピアの劇なので、台詞がやたらと多い。だから何となく喋っているうちに復讐を諦めてしまうようにも見受けられるが……。まぁ、ヘレン・ミレンの威厳の前には、そんなことは些細なことか。
 復讐を放棄し、杖を折り、魔術書を海に沈めるプロスペラ。単なるハッピーエンドではない、寂寥感漂うエンディングもお見事でした。

 我々は夢と同じもので作られており、我々の儚い命は眠りと共に終わる──と云うのは、けだし名台詞ですな。


夏の夜の夢・あらし (新潮文庫)
テンペスト―シェイクスピア全集〈8〉 (ちくま文庫)

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