ポランスキー監督もかなりの御高齢の筈ですが(今年で78歳か)、頑張っておられますねえ。
ミステリ作品としては、特別なことは何もしていないのですがね。過剰なバイオレンスも無いし、爆発もないし、CGも無い。
ひたすら地味に、静かに展開していく物語なのですが、これが面白い。
主演はユアン・マクレガー、ピアース・ブロスナン。他にはキム・キャトラル、オリヴィア・ウィリアムズ。久々にジェームズ・ベルーシとか、ティモシー・ハットンの顔も拝めます。それから意外な場面でイーライ・ウォーラックも。
これは監督の人徳と云うべきなんですかね。イーライ・ウォーラックをチョイ役に使うか(笑)。
イギリス産のミステリ映画らしく全編にわたり背景の陰鬱な天候が印象的です(実際にはイギリス・フランス・ドイツの合作だそうですが)。晴れたシーンが全然ない。全体的にモノトーンの色調で統一されたような画面構成です。
ついでに色気もほとんど無い。
無いと云えば、実は主人公には名前も無かったことに、しばらく気が付きませんでした。
エンドクレジットでは、ユアン・マクレガーの役名は「ゴースト」と表記されます。職業のまんまと云えばその通りなのですが。
思い返せば、劇中では誰も主人公を名前で呼びませんでしたね。それで不自然さを感じさせないという演出が巧いです。一度だけ、ユアン・マクレガーがピアース・ブロスナンの前で自己紹介する場面がありましたが、そこでさえ名前は出さない。
「キミは?」
「あなたのゴーストです」
原作小説の方も、一人称による手記という体裁なので、主人公は「私」だけで名前は無いらしいです。
原作者はロバート・ハリス。
私、この作者の作品を一作だけ読んだことがあります。『ファーザーランド』(文春文庫)ね。第二次大戦にドイツが勝利した世界を描くというかなりSF的な要素が盛り込まれていた歴史改変ミステリでした。なかなか読み応えのある小説でした。
他には『ポンペイの四日間』(ハヤカワ文庫)等の翻訳も出ておりますね。
歴史物から政治サスペンスまで、幅広く書いておられるようです。
余談ですが、『ファーザーランド』は既にルトガー・ハウアー主演でドラマ化されていたそうで(1994年)、一度観てみたいものデス。
元・英国首相(ピアース・ブロスナン)の自伝代筆という仕事を引き受けたゴーストライター(ユアン・マクレガー)が巻き込まれてしまった事件。
前任者の不可解な死は本当に事故なのか。前任者は自伝原稿の中に、書いてはならないことを書こうとした為に殺されたのではないか。
折しもイラク戦争当時に、元首相が犯した戦犯容疑がマスコミの注目を集め、世間が騒ぎ始める。かつて元首相が、特殊部隊を独断で出動させて逮捕させたアラブ人テロ容疑者が、アメリカで獄中死したのである。これは他国の一般市民を不法逮捕し、拷問にかけて殺害するという「人道に対する罪」の共犯なのだろうか。
果たして本当に事件の裏には国家的陰謀が隠されているのか?
「ある人物の隠された過去を、意図せずに暴いてしまいそうになって命を狙われる主人公」という図式が、ヒッチコック的なサスペンス映画です。
もう冒頭のシーンからゾクゾクします。
陰鬱な天候の中、一隻のフェリーが港に到着するというファーシト・シーン。フェリーに乗せられていた車両が次々に下船していく中、一台の車両だけが取り残されている。
乗客が全員下船しても、その車両の持ち主だけは現れない。
車両のレッカー移動と時を同じくして、ある浜辺に水死体が漂着する……。
一切、セリフのないまま進行していく場面ですが、もう何がどうなっているのか手に取るように理解出来る。素晴らしいデス。
アレクサンドル・デスプラの劇伴が実に雰囲気あります。『クィーン』、『ベンジャミン・バトン/数奇な人生』、『英国王のスピーチ』、『ファンタスティック Mr.FOX』の四作でアカデミー賞にノミネートされた方ですね。職人作曲家だなあ。
退屈な自伝原稿の執筆の合間に、前任者の死の真相を解明しようとする主人公。
死体が漂着した浜辺付近で、ひとりの老人(これがイーライ・ウォーラック!)から話を聞くことが出来たのだが……。
老人は、潮の流れから考えて、この季節にフェリーの航路から落ちた人が、この浜辺に流れ着くなどあり得ないと断言する。その上、事件当日に浜辺で幾つかの懐中電灯の光も見たとも云う。
更にレッカー移動された前任者の車に残されていたカーナビのプログラムが不気味。
たまたま主人公が運転した際に、カーナビを起動させてしまい、自動的に案内を再開し始める。事件のあった日に、前任者はどこへ行こうとしていたのか。
カーナビの案内のままに車を走らせるユアン・マクレガーが行き着いた先には……。
もうサスペンス・ミステリとしては特別な演出など、何ひとつ無いのに、この緊迫感。見事という他ありません。
イラク戦争当時の英国の首相というと、トニー・ブレア首相ですが、ピアース・ブロスナンの役はあからさまにブレア首相をモデルにしているみたいです。原作者のハリス自身が、ブレア首相と旧知であったそうですし。
まぁ、当時のイギリスは、アメリカにとても都合良く動く国でしたからね、疑惑が生じても仕方がないのか。
しかし、もし一国の首相が本当に他国の利益を優先する傀儡だったなら──という疑惑は、考えてみると怖ろしい。あながち絵空事とは云いきれないものを感じます。日本にも似たような事例がありますしね(爆)。
ところで国際刑事裁判所(ICC)から「人道に対する罪」の容疑で召喚されても、非加盟国に滞在している限り、出頭の義務はないという抜け道がなかなか巧い。
勿論、イギリスは加盟しているので、ピアース・ブロスナンも帰国したら最後なのですが、アメリカにいる限りは大丈夫。アメリカは加盟していないのだ。うーむ。
劇中では、ブロスナンが「アメリカから外には出られないのか」と尋ねて、側近が「非加盟国へなら自由に出国できます」と応える場面が笑えます。
この場合のICC非加盟国とは、中国、インド、イスラエル、イラク、リビア、カタール等々の数カ国のみ。そんな限定的な国へ「自由に出国できます」と云われましても(笑)。
さりげなく、アメリカって非常に例外的な国なのだという演出に皮肉が効いています。さすがロマン・ポランスキー。
そして実に鮮やかなどんでん返し。一件落着と思いきや、更にもうひと捻り。
ミステリ・ファンなら観て損なしでしょう。
ラスト・シーンは原作とは異なるオリジナルだそうですが、これもまたある意味、定石通り。意外ではありませんが、印象深い。
熟練した職人技を堪能いたしました。
ゴーストライター (講談社文庫)
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