製作は『ヒトラーの贋札』のヨゼフ・アイヒホルツァー。監督はウォルフガング・ムルンベルガー。オーストリアを代表する監督さんだそうですが、存じませんでした。
脚本はポール・ヘンゲ。オーストリア系ユダヤ人で、脚本にも実体験がかなり反映されているそうです。
ユダヤ人受難の物語をユーモアを交えた悲喜劇に仕立てるというのは、一歩間違うと顰蹙ものですが、実に旨く処理したものです。この手の映画だと『メル・ブルックスの大脱走』(1983年)という傑作を記憶しておりますが、あそこまでギャグではありませぬ。
しかし、こういう物語がフツーに製作されること自体、時代も変わってきている証拠なんですかね。もう二一世紀だもの。でもまだドイツでこういう映画は撮り辛いか。
一応、戦争映画の一種ですが、戦闘シーンはほとんどありません。冒頭のドイツ軍輸送機をポーランドのパルチザンが奇襲し、撃墜するところが唯一の戦闘シーン。
真下から狙い撃ちされ、エンジンが火を吹き、山陰に降下していった先で爆発するという、実に実写特撮ライクな墜落シーンでした(笑)。
輸送機の中には一命をとりとめたユダヤ人がおり、燃え盛る輸送機の残骸の中から這いだしてみると、ひとりのSS将校にまだ息がある。
「なんでこんな奴を……」とボヤきながら救助する。この二人の関係はどうなっているのか。
何故、ユダヤ人ひとりを運ぶためにナチスは輸送機を飛ばしたのか。時を同じくして近傍のドイツ軍基地に指令が下る。
速やかに墜落した輸送機に乗っていたユダヤ人とSS将校の生存を確認せよ。
なかなか謎めいた展開です。ミステリとしては巧いですね。
そして、ここで時間が遡って1938年オーストリアのウィーンへ。事の発端を説明するという趣向。
ウィーンで画廊を営むカウフマン氏(ウド・ザメル)には息子と呼べる青年が二人いた。実の息子のヴィクトル(モーリッツ・ブライプトロイ)と、長年家政婦として勤めてくれた婦人の息子ルディ(ゲオルク・フリードリヒ)。ユダヤ人とドイツ人の青年は兄弟同然に育ち、ルディの母亡き後も家族同様の親交は続いていた。
カウフマン氏の悩みは、ニュールンベルグにあるもうひとつの画廊が閉鎖されたこと。ナチスによって財産を没収されたのだ。ウィーンの画廊は無事だが、オーストリアにもナチスの手は忍び寄りつつあった。
実は没収直前に、ニュールンベルグから持ち出した絵画の一枚が、とんでもない代物だった。四百年前にバチカンから盗まれ、所在不明になっていたミケランジェロ直筆の素描画。ユダヤ人質屋の倉庫に眠っていたものが、廻り回ってカウフマン氏の所蔵になったものであるという。
このミケランジェロの絵は厳重に秘匿されていたが、ある日、酔った勢いでヴィクトルはルディに話してしまう……。
このミケランジェロの絵は架空の代物ですが、ミケランジェロの手になるモーセ像は実在し、その創作課程で描かれた素描の一枚という設定がリアルです。
色も何も付いてない、ただのラフ・スケッチなのですが、やはり天才の手になるものだと芸術品なんですねえ。
これにユダヤ人画商と、ナチスの美術品収集を絡めた展開が面白いです。
兄弟同然に育ったユダヤ人とドイツ人の青年。しかしルディはナチスに入党し、自分の出世の為にカウフマン家を裏切ってしまう。カウフマン一家は財産を没収され、強制収容所送り。家族は離散し、二人の青年の絆も絶ちきられる。
オーストリア併合前夜という、当時の欧州情勢が興味深い。
「戦争を起こすほどヒトラーも馬鹿ではないだろう」なんぞというカウフマン氏の見通しの甘さにツッコミ入れたくなりますが、やはり当時はそんな感覚だったのですかねえ。
数年後、戦局は思わしくなく、イタリアとの同盟強化に躍起になるドイツが持ち出してきたのが、件のミケランジェロの絵。これをイタリアに返還することでムッソリーニから更なる助力を引き出そうという狙いであったが、鑑定評価は真っ赤な偽物。
実はカウフマン氏は、財産没収直前に贋作数点を用意して、本物のミケランジェロを何処かへ隠してしまっていたのだった。
慌てたナチスはカウフマン氏を尋問しようとするが、既に収容所内の過酷な生活の為に氏は亡くなった後だった。
残るは息子のヴィクトル。責任を追及されたルディは、本物の隠し場所に案内させようとヴィクトルをポーランドの収容所から移送する途中だった。
ここでようやく冒頭の場面とドラマがつながるという仕掛けです。輸送機に乗っていたのはヴィクトルとルディ。
機転を利かせたヴィクトルは、ルディの制服と自分の囚人服を取り替えてしまい、ドイツ軍親衛隊が駆けつけたときには、二人の立場は入れ替わっていた。
ここからユダヤ人の立場に墜とされたルディが仲間であるドイツ兵から酷い目に遭わされたり、SS将校に成りすましたヴィクトルの正体がバレそうになるというハラハラな展開がユーモア溢れる演出で繰り広げられます。これはなかなか楽しい。
服を交換するだけで人種的な見分けが付かなくなると云う描写に皮肉が効いています。
ドラマの前半でいろいろと伏線を張っており、ヴィクトルとルディの立場が逆転した後にそれが効いてくると云う脚本も巧いです。
まずは主人公ヴィクトル役のモーリッツ・ブライプトロイがイイ感じ。悲劇の主人公にならず、悲惨な境遇もユーモアと機転で乗り切ろうという前向きなキャラクターに好感持てます。
もう一方の主役、ルディ役のゲオルク・フリードリヒは『アイガー北壁』にも、オーストリア登山家として出演しておりましたが、いまいち印象は薄かったですね。でも今回はメインです。悪い奴ではありますが、小心者で流されやすい性格がコミカルに描かれ、なかなか憎めない。調子に乗ってユダヤ人を虐待しまくったツケを払わせられる後半の展開が痛快です。
更に二転三転する脚本の妙。「贋作が複数ある」というのも巧いですね。
果たして本物のミケランジェロの絵はどこにあるのか。
息子にすら打ち明けなかったカウフマン氏の最期の言葉が暗号になっており、これを解けば所在が判明するというワケですが、これでは『ミケランジェロの暗号』と云うよりは『カウフマン氏の暗号』ではないか。しかもあまり謎じゃない。観客にはバレバレなので(笑)。
むしろ「なんでお前ら判らないんだよ」とツッコミ入れたくなる程に簡単。
このあたりの展開は、どっちが先に気が付くのかニヤニヤ笑いながら観ているのがよろしいのでしょう。
悲惨な歴史を背景にしながら、これほどユーモア溢れるエンターテイメントな作品であるというのが珍しい。後味も切れ味良くて爽やかでした。
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