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2013年6月6日木曜日

イノセント・ガーデン

(Stoker)

 韓国の鬼才、パク・チャヌク監督のハリウッド進出第一作となるサスペンス・スリラー映画です。韓国映画にはありがちなドロドロの愛憎劇ではなく、非常に静謐で透明感漂う(ちょっと耽美な)、美しい作品に仕上がっておりました。
 やはりアメリカで撮ると、それだけで雰囲気が変わるものなのかしら。あるいは脚本がドロドロになっていないからか。

 実は本作の脚本は、ウェントワース・ミラーが執筆しております。ウェントワース・ミラーと云えば、海外ドラマ『プリズン・ブレイク』の主人公マイケルですねえ。ポール・アンダーソン監督の『バイオハザードIV/アフターライフ』(2010年)にも出演しておられましたが、役者だけでなく脚本も書くとは才人です。
 すいません。ただのマッチョ俳優だと侮っておりました。
 しかも最初は本人だと気付かれないよう、別名義で書いていたとか。それが評判になってハリウッドの二〇一〇年版「ブラックリスト」──まだ映画化されていない脚本ベストテン──に載ってしまったというから、才能は本物か。俳優だけでなく、脚本家としてもやっていけそうです。

 広大な敷地に建つ屋敷と、よく手入れをされた立派な庭園。そこで一人で過ごすことの多い孤独な少女。
 建築家だった父の突然の死。家族なのに少女と折り合いの悪い母。
 やがて父の死と入れ替わるように現れた謎めいた叔父。長年、消息を絶って外国暮らしをしていたと云う叔父に不審なものを感じる少女。
 少女の不安を他所に、叔父と親密になっていく母。
 屋敷に勤める古株の家政婦は、叔父の過去を知っていそうだったが、ある日、行方不明になる。他にも秘密を知っていそうな親族も、事情を教えてくれる前に姿を消してしまう。
 不可解な失踪には叔父が関与しているのか。そもそも父親の死んだ日が、少女の一八歳の誕生日。父の死因は本当に事故死なのか。
 謎が謎を呼び、やがて……。

 原題は “Stoker” ですが、特に「怪しい叔父さんが若い女性につきまとう」とか、そういう偏執的なハナシでは……いや、そういう部分もあるにはありますが……。
 しかし、他者に偏執的につきまとう人を指す「ストーカー」は “stalker” 。
 本作の「ストーカー」は主人公の姓。ホラーの元祖『吸血鬼ドラキュラ』の作者、ブラム・ストーカーと同じ「ストーカー」。
 どうにも欧米の映画は題名が味気ないというか素っ気ない気がします。

 「美しく年若い姪が、連続殺人疑惑のある謎めいた叔父と対決する」と云う構図が、アルフレッド・ヒッチコック監督の『疑惑の影』(1943年)へのオマージュであると云われておりますし、ウェントワース・ミラー自身も影響を受けていると明言しておるようです。
 『疑惑の影』を観たのはもう随分と昔なので(この手の古い映画は大抵、日曜洋画劇場ですね)、あまり詳細に比較できませんです(汗)。
 しかし本作はヒッチコック監督の古典と比べると、それよりもっとダークな雰囲気に満ちております。あるいは「邪悪な」と云うべきか(本作はPG12指定されてます)。
 四〇年代のハリウッドではちょっと背徳的で描けない雰囲気ですが、現代ではこれくらいやらないと「サスペンス・スリラー」は名乗れないでしょうか。

 主演はミア・ワシコウスカ。透明感溢れる繊細な少女を見事に演じております。『永遠の僕たち』(2011年)に、ちょっと通じるような感じもあります(でもダーク)。
 静かな屋敷の中でピアノを弾く姿にゾクゾクします。ピアノもミア本人が弾いていたようで、巧いものです。
 『さよならドビュッシー』(2013年)の橋本愛もそうでしたが、やはり役者本人がピアノを自分で弾きこなす場面があると、ひと味違います。

 怪しげな叔父さん役がマシュー・グッドです。SF者としては、ザック・スナイダー監督の『ウォッチメン』(2009年)で、オジマンディアスを演じていたことくらいしか存じませんが、イケメンでちょっと狂気を孕んだ雰囲気を振りまいております。
 一方、母親役はニコール・キットマンです。旦那さんの死後、一人娘とギクシャクしていることに悩む後家さんであります。当初は、何となく母親の方に秘密があるのかと考えておりましたが、ごく普通の常識人でした。

 本作は、パク・チャヌク監督、ウェントワース・ミラー脚本と云うだけでも、ちょっと変わり種な作品ですが、製作にはリドリー・スコットと一緒にトニー・スコットの名前も挙がっております。
 トニー・スコット監督は昨年、お亡くなりになりましたが(2012年8月19日逝去)、本作は生前に製作を手掛けていた作品の一つのようです。
 音楽はダーレン・アロノフスキー監督の諸作品──『ファウンテン/永遠につづく愛』(2006年)、『レスラー』(2008年)、『ブラック・スワン』(2010年)──の音楽を作曲したクリント・マンセルが担当しております。静かな劇伴がサスペンスを盛り上げております。

 但し、一曲だけ、フィリップ・グラスが本作の為に作曲した曲がありまして、これが大層印象的でありました。フィリップ・グラスと云うと、ゴッドフリー・レッジョ監督の『コヤニスカッツィ/平衡を失った世界』(1982年)に始まる〈カッツィ三部作〉の音楽を担当した巨匠ですね。
 劇中では、ミアがピアノを弾いていると、叔父さんがやって来て隣に腰掛け、二人で無言のまま連弾を弾きこなすと云う場面。身体を密着させて、何やら官能的でアヤシイ雰囲気を醸しつつも、見事に二人でピアノを弾いてくれます。
 この場面は本作のハイライトでありましょう。

 必要以上にミアと親密になろうとする叔父さん。
 やがて毎年、自分の誕生日に謎めいたプレゼントを贈ってくれていたのは、叔父さんであると判明する。毎年、同じデザインでサイズ違いの靴を贈り続けていたというのが意味深です。
 実はミアが一八歳の誕生日を迎える日を、叔父さんは待ち続けていたのだ。

 途中まで、怪しげな叔父さんは、本当は怪しくないのではないかとか、神経質そうな母親の方にナニか秘密があるのではないかとか、妙に勘ぐりすぎました。ミステリーに毒されてる。
 怪しい叔父さんは正真正銘、冷酷な殺人鬼で、まったく平静を装いながら、簡単に人を殺せる男でした。
 世の中には良心の呵責なく、楽しみの為に人を殺せる殺人鬼がいるのである。
 行方不明の家政婦も、親戚の大叔母さんも、すべては自分の秘密を守ろうとした叔父さんがサックリと殺していたのだあッ。そこはヒネリなし。

 途中で殺されてしまう親戚の大叔母様が、ジャッキー・ウィーヴァーです。デイヴィッド・ミショッド監督の『アニマル・キングダム』(2010年)では、犯罪一家の情け容赦ない祖母役でしたが、本作では穏和な子ウサギのようなオバちゃんでした。
 うーむ。イメージに落差ありすぎ。サスガはオスカー・ノミネート歴のある女優さんと云うべきですね。

 ヒネリがあるのは、その後の展開です。
 叔父さんの秘密を探ろうとして、素人探偵の真似事をするミアですが、死体を発見しても警察に届けようとはしない。ナニやら自分で解決しようとしているかのようです。
 そんなことせずに、さっさと通報すれば良いのに……なんて常識的に考えていると、唖然とする展開が待っています。

 父親の遺品の中に発見した手紙の束から、ミアは「外国旅行をしていた叔父さん」が、本当はどこにいたのかを知ってしまう。
 ついでに知りたくもなかった出生の秘密まで。
 母親であるニコール・キットマンと折り合いが悪い原因もそれか。何か理由があるのかと思っていましたが、もっと本質的なところで相容れなかったワケですね。
 ここまで来ると、常識人であるニコールが一番、可哀想です。

 劇中、何度か居間にあるTVが、ネイチャー・ドキュメンタリー番組を流しているという場面がありまして、実はこれが伏線になっております。
 番組では、鷲の雛が育って巣立ちを迎えるまでが解説されており、これがミアの姿と重ね合わされるように描かれております。
 猛禽は巣立てば、自力で獲物を捕らえねばならない。獲物にされるウサギにとっては残酷なようであるが、これは自然の摂理なのである、と云う番組。

 人間の本性はどこまで遺伝子に左右されるのか。
 子供の人生に影響を与えるのは、生みの親か、育ての親か。個人的には育ての親であろうと思いたいところですが、本作では後天的な性格よりも、先天的な本能の方が優先するという描かれ方です。
 「みにくいあひるの子」が、どんなにアヒルであろうとしても、白鳥であると云う事実は覆すことが出来ない。
 この場合は白鳥ではなく、獰猛な鷲ですが。

 一八歳となり、ミアも自らの出自を自覚し、遂に巣立ちの日を迎える。
 しかしこれは何ともショッキングな通過儀礼です。
 冒頭のファーストシーンが謎めいておりまして、ミア自身のモノローグから、回想形式で始まる導入部でしたが、ラストで再び冒頭の場面に戻ってくるようになっています。
 最初は何をしているのか判らなかった場面が、ようやく何なのか判るようになります。
 「人は自分を選ぶことが出来ない」──って、そういうことか。うひー。

 もはや無垢だった頃の自分に戻ることは出来ない。大人になり、ミアは解き放たれる。
 エンドクレジットは、血がしたたり落ちるように「上から下へ」クレジットが流れていきます。クリント・マンセルの静かなピアノのメロディが実に怖ろしいです。


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