しかしこれはもう、スリラーと云うよりは、ホラーですね。
やり過ぎ感が漂うほど怖いデス(笑)。
NYバレエ団、新シーズンのオープニングを飾る演目『白鳥の湖』の主役に抜擢されたバレリーナが、大役のプレッシャーから次第に精神的バランスを崩していく。
役になりきろうとするあまり、自身の抑圧された人格が表面に出始め、幻覚を見始めてしまう。
バレリーナの受難の物語か。どこかで見知ったような感じがしますね。
この手の物語は、日本の少女漫画の十八番という感じがするのデスが、ハリウッドでは新鮮なのだろうか。山岸凉子の『アラベスク』とか、萩尾望都のコミックスにも、こんなのあったような。山岸凉子の短編にそのものズバリの『黒鳥』というのもあったが、関係ないですか。
まあ、スリラーの域を超えてホラーにまでなっているあたりが山岸凉子的か。
いやもう、そこまでプレッシャーを感じなくて良いのにと思わざるを得ません。なんでこんなに精神的に弱いヒトを主役に抜擢なんかしちゃったのだろう。
舞台監督はナニを考えているのか。
精神的に抑圧されている原因も、実に判り易い。ナタポーの家庭環境にほぼ全ての原因がある。
母子家庭らしい。母親もかつてはバレエを志していたが、群舞の一人以上にはなれなかった。そうこうするうちに劇団員とデキちゃって、シングルマザーとなり、自分が達成できなかった大望を、生まれてきた娘に負わせているのである。
おそらくは幼い頃からバレエ漬けな日々であったことでしょう。
娘は母親の云うなりである。
バレエ人形。バレエ・ロボットである。ああ、少女漫画的だなあ。
いつまでも娘を自分の手元に置いておきたいという母親の願望からか、ナタポーの趣味も、かなり少女趣味。もう二十歳を超えているであろう女性の部屋とは思えぬくらいピンク色で、フワフワで、モコモコで、ぬいぐるみ満載で、カワイイものばかり置いてある。判り易いが、これは演出過剰なのでは(笑)。
おかげでナタポーはバレエの技量は抜群なのに、気が弱く、いつもオドオドしているような女性になってしまった。子育てを間違えている。
ちょっと帰宅が遅くなっただけで、母親からのケータイ着信が鳴りまくる。
この母親の愛は児童虐待の域に達しているのではないか。
そんなナタポーが『白鳥の湖』の主役に。
『白鳥の湖』と云えば、知らぬ者のないくらい有名なアレですね。バレエ漫画の王道です。チャイコフスキーのテーマ曲はもう耳タコ状態。
魔王ロットバルトの魔法で白鳥に姿を変えられてしまったオデット姫とジークフリート王子の物語。
『白鳥の湖』には悲劇的結末とハッピーエンドの両方があるらしい。本来は悲劇だったらしいが、アメリカでは後者が好まれるのか。今回は悲劇版が採用されましたが。
そしてロットバルトの娘、黒鳥のオディールが王子を誘惑する。
通常、オデット役とオディール役は一人二役となるので、ナタポーもまた両方を演じなければならない。だが、オデットは完璧に踊れるのだが、オディールの方はいまひとつ。
清楚で、可憐で、儚げなオデット役は、いつものナタポーのイメージ通り。
しかし大胆で、官能的で、激しいオディールを踊ることは出来るのか。
白と黒。明と暗。ダーク・オデット(笑)とも云えるオディール役になりきろうとするあまり、潜在意識の底に抑圧されていた「もう一人の自分」がむくむくと……。
そして幻覚が見え始め、記憶に欠落が出始め、混乱していくナタポー。
不安を煽るサイコ・スリラーの定番的演出が実に手堅い。
そして遂には殺人まで……。
ナタポーの脇を固める俳優陣も巧いです。
抑圧的な母親はバーバラ・ハーシー。無言でいても圧力を感じます。
新人にプリマの座を追われて退団する大物バレリーナをウィノナ・ライダー。『白鳥の湖』の配役発表後に、謎の交通事故で入院するという展開もお約束。
舞台監督役がヴァンサン・カッセル。癖のある監督で、腕は確かだが人格的には如何なものかという役にぴったりですな。バレエ団のバレリーナを喰ってるらしいという評判も定番か。『ジャック・メスリーヌ』を見逃しているので、『イースタン・プロミス』(07年)以来です。
そして同じバレエ団員でナタポーにちょっかい出してくるのがミラ・クニス。悪い友達というか、純真な女の子にお酒やドラッグや、色々と「いけないこと」を教えてくれる。うむ、人生にはやはりこういう友達は必要だよな。
かくしてナタポーは今までの優等生的自分から脱皮して、一人の自立した女性へと成長……していく筈なのに、どこで間違ってホラー映画になってしまうのか。
しかもさりげなく特撮映画にもなっている。
暗い地下道で、自分にそっくりな(でも服装は黒い)女性とすれ違う、といった定番的演出に留まらず、次第に画面はCG合成満載になっていく。
楽屋で衣装合わせをしていると、合わせ鏡に映る何人もの自分の鏡像の中で、ひとりだけ動きの違う者がいる、とか。
白鳥に変身するというイメージから、自分の皮膚が文字通りの「鳥肌」になり、眼は「鳥の眼球」と化し、手は羽になって、脚はゴキゴキと逆間接に。
夢ですけどね。ひどい悪夢だ。
鳥の羽ばたく効果音がまた恐怖を誘う。
そこまで見せてくれなくても(笑)。
おかげで特撮専門誌シネフィックスに掲載されるまでになった。同じ号には『エンジェル ウォーズ』とかも特集されているのである。
華麗にバレエを踊るナタポーを観に行った観客は、さぞかし面食らったことでしょう。
しかしナタポーのバレエは見応えたっぷりです。プリマに相応しいと申せましょう。この手のダンサーの映画だと、大抵は舞踏シーンは吹替になるものだと思うのですが、かなりナタポー自身が見事に踊っている場面が多いのが印象的でした。もう大女優ですね。
完璧に踊ることが何よりも大事であるというのは理解は出来ますが、ナニもここまで思い詰めなくても。アーティストの業は深いと云うべきなのか。
アカデミー賞では主演女優賞の他に、5部門にノミネートされてはいました。
でも作品賞の候補にはなったのに、脚本賞にも脚色賞にもノミネートされなかったのは残念でした。現実と虚構が錯綜するという脚本はなかなか巧かったのですが。
まあ、どこまでが現実で、どこからがナタポーの夢だったのかという点については、少し判りづらいところもありましたけど。これは観た者の解釈に委ねているのか。
監督のダーレン・アロノフスキーは『レスラー』の監督でしたか。プロレスの次がバレエとは極端な路線変更──かと思ったら、実は監督の考えでは男女対になる作品なのだとか。
受賞式典では、ナタポーがマタニティ姿で受賞スピーチする姿が印象的でした。
しばらくは出産と子育てに忙しくなるのであろうから、ひとまずはこれがナタポーの姿の見納めとなるのか。
早期の復帰をお待ちしておりマス。
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