2012年1月6日金曜日

永遠の僕たち

(Restless)

 ガス・ヴァン・サント監督の作品では、前作ショーン・ペンが主演した『MILK』(2008年)が良かったので、今回もちょっと観てみようかと。
 加瀬亮が出演しているというのも興味ありましたし。

 しかし恋愛モノで、主役の恋人達は片方が「癌に冒され余命わずか」という設定は、如何なものか。あまりにも「よくあるパターン」すぎるのではないか。
 ガス・ヴァン・サント監督ともあろうお方が、なんでまたそんなネタを。
 前作とは異なるタイプのドラマをやってみたかったと云うのは判りますけどねえ。
 製作にロン・ハワードが名を連ねております。
 脚本はこれがデビュー作となるジェイソン・リュウ。この人の脚本を読んだ大学時代の友人であるロンの娘ブライス・ダラス・ハワードが、自分の父親まで製作に引っ張り込んだという図式のようです。

 主役の恋人達のうち、初主演となるヘンリー・ホッパーは「自動車事故で両親を失い、自らも臨死体験した青年」の役。彼はあのデニス・ホッパーの息子でしたか。存じませんでした。オヤジよりイケメンなのでは。
 そして『アリス・イン・ワンダーランド』(2010年)や『キッズ・オールライト』(同年)のミア・ワシコウスカが「末期癌の少女」の役。設定については難癖付けましたが、ミアの中性的な──余計な色気が無いと云うか──透明感のある演技は印象的でした。
 物語はこの二人の淡い恋を切なく描く……筈なのに、何故か全く場違いなキャラがいます。
 それが「神風特攻隊のパイロットの幽霊」という奇妙な役の加瀬亮。彼はヘンリーにしか見えないという設定。幽霊であるので、当然のことながら既に死んでいる。
 つまりこれは、一度死んだ人と、もうすぐ死ぬ人と、もう死んだ人の物語なのです。
 なんというタナトス臭。

 青年は臨死体験して以来、「死を身近に感じる」と云う理由から、葬式に出席するのが趣味になっている。常に喪服を着て葬儀場に出入りしては、見知らぬ誰かの葬儀に顔を出す。年寄りの葬式ともなれば、列席者も多くなって、誰かの親族だろう程度に思われて怪しまれないと云うのは判りますが、あまり誉められた趣味ではありませんね。
 でも頻繁にあちこちの葬儀に列席するので、葬儀屋のスタッフから目を付けられている始末。
 少女の方は末期癌。治療の効果もなく、もはや残された時間はあと僅か。彼女もまた「自分の死後」を想像して、葬儀場に通い、ヘンリーと知り合う。

 最初から二人の出会いは「死」に彩られていると云うか、「死を前提としたおつき合い」なのです。だから期間限定。なんかスゴく後ろ向きなカップルのような気がするが、いいのだろうか。
 物語の季節も、秋が深まる頃から始まって、ハロウィンを経て、冬が到来するあたりまで。背景が寒々とした景色であるのも、ミアにじわじわ迫ってくる死を連想させます。
 ダニー・エルフマンの音楽も、今回は静かに押さえたピアノの旋律。

 そして加瀬亮。日本人の幽霊を日本人が演じるので、不自然さはありません(でも英語を喋りますが)。お辞儀の作法についてヘンリーに教えたりしますが、やはり仕草の一つ一つが自然です。
 ついでに切腹の作法も教えたりします(外人には興味深いのか)。
 加えて、衣装デザイン等のリサーチが徹底していて、本当に特攻隊員の霊のようです。飛行服の縫い目もリアルだし、所持している遺書もちゃんと日本語で墨で書かれている。
 加瀬亮が特攻隊員の遺書を、英訳して聞かせる場面はなかなか印象深い。
 しかしそもそも何故に特攻隊員の霊なのか。

 ヘンリーは交通事故で両親を亡くし、自分も死ぬ筈だったところを、奇跡的に蘇生しているワケで、死に取り憑かれている。実は自分も死にたいと思っているらしいことは判ります。両親に置いて行かれた気になっている。
 自殺願望がある一方で、死にたくないという気持ちもある。そんな葛藤が特攻隊員の霊を呼んだのだと推察されます。
 劇中では明確な説明はありませんが、ヘンリーが加瀬亮に尋ねる台詞で明らかでしょう。

 「カミカゼは死を怖れないんだろ」
 「怖れるな、と教えられるけどね」

 どうやら加瀬亮は本当に日本人の幽霊であるらしい。最初のうちは、ヘンリーの空想上の友達的存在だろうかとも思っていました。なんせ「二人でレーダー作戦ゲームをしたら絶対に勝てない」ので、こりゃもう超自然的な存在と云うより、ヘンリーの生み出した幻想なんだろうと考えていました。でも妙に日本に詳しいし、ヘンリーの知らないことを知っていたりする。
 そのうちヘンリーの行かない場所にも単独で現れるようになって、本物の幽霊だと判るワケですが、恋愛映画にしては奇妙な物語です。

 他人の葬式で出会ったヘンリーとミアの仲は次第に深まっていくワケですが、まともなデートの場面がありません。
 墓地でデートしたり、病院の死体置き場でデートしたり、ロクな場所に行かない。路上に寝転んで白線で輪郭を描くのも如何なものか。ハロウィンの仮装もゾンビっぽいし。
 でも墓地でヘンリーの両親の墓石に向かって、互いに紹介し合ったりする場面はなかなか面白いです。
 病院の死体置き場と云うのは度が過ぎるが、看護士達に叱られても「もうすぐ私もここに来るから」と云われると、誰も二の句が継げない。ちょっとズルいが、それくらいは許されるか。
 ミアは自分で自分の告別式の演出を考えたり、臨終の予行演習をしたりしている。見かけは楽しそうですが、何ともやるせない。

 そんなミアに次第について行けなくなるヘンリー。仲が深まり、愛し合うようになってくれば当然の反応とも云えます。むしろ遅きに失した感がある。
 今更、何とかしようとしても、もはや手遅れだし、最初からどうにもならないことは判っていたろうに。悪足掻きは見苦しい。
 このあたりのヘンリーの態度が、良く云えば純粋ですが、悪く云えば幼稚に思えます。医者に向かって悪態付こうが、懇願しようが、奇跡は起こらないし、都合のいい新薬も開発されないのです。
 医者が「余命三ヶ月」と云ったら、本当に三ヶ月か。

 まぁ最初から達観したようなキャラではハナシにならないので、ヘンリーは散々、逆ギレし、悪態つき、泣いて喚いて、果ては両親の墓石までハンマーでブチ割り、暴走するのですが、最後には現実を受け止める。受け止めざるを得ない。
 非常に難儀な過程を経て、ヘンリーは少し大人になる。

 加瀬亮が臨終のお迎えとなってミアを連れて行った後、告別式が行われる。友人達が故人の思い出を語っている。そしてヘンリーにスピーチの順番が回ってくる。
 思えばタナトス的イメージに溢れていた登場人物の仲で唯一人、死の淵から引き返してきたヘンリーは、愛を知り、亡き人達の分まで再び生きていくことを誓うように、ミアとの思い出を語り始める。
 二人が共に過ごした時間は僅かではあったが、それは「永遠」にも等しいものだった……。
 非常に明るく穏やかな、後味の良いラストでした。悪くないテイストです。

 最後に「デニス・ホッパーの思い出に捧ぐ」と云う献辞が表示されます。
 かつてガス・ヴァン・サント監督は『マイ・プライベート・アイダホ』にボブ役で出演をオファーしたが断られたそうな。惜しい。もし出演していたら、リヴァー・フェニックスとキアヌ・リーブスとデニス・ホッパーを一度に拝めたのに(ウィリアム・リチャートには悪いけど)。
 生前、デニス・ホッパーは既に完成した本作のDVDを観ていたと云いますから(死去したのが二〇一〇年五月だから、本作はそれより前に完成していたのか)、息子が俳優となり主演を張った作品の感想を詳しく聞いてみたかったですねえ。
 息子ヘンリー・ホッパーの今後の活躍が楽しみです。

 親父のデニスは歳食って味わい深くなってきたら、ヘンテコな役でも構わず演じてくれましたが、イケメンのヘンリーくんはどうでしょうね。


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