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2012年1月4日水曜日

ブリューゲルの動く絵

(The Mill and The Cross)

 一六世紀のネーデルランドが生んだ偉大な画家、ピーテル・ブリューゲルの代表作〈十字架を担うキリスト〉は如何にして誕生したのかを描くポーランドとスウェーデンの合作映画です。
 作曲家や劇作家ばかりではなく、画家もまた映画の題材になることが多いですねえ。

 近年の「画家と名画にまつわる映画」と云うと──
 『真珠の耳飾りの少女』(2003年)とか、『モディリアーニ/真実の愛』(2004年)、『宮廷画家ゴヤは見た』(2006年)、『レンブラントの夜警』(2007年)、『カラヴァッジョ 天才画家の光と影』(2007年)……。
 色々ありますが、どれ一つとして観ておりません。何としたことか。
 アート系なミニシアター向けの映画だと、なかなか観に行く機会も少なくて……。
 過去の記憶を掘り起こしても『赤い風車』(1952年)とか、『炎の人ゴッホ』(1956年)とか、話には聞くが観ておりません。
 ああ、『北斎漫画』(1981年)くらいはTV放映時に観たっけ。でも葛飾北斎の絵より、美女とタコの触手が観たかったという下心で……(汗)。

 しかしこの『ブリューゲルの動く絵』はちゃんと劇場で観たぞ。
 別にフェルメールや、モディリアーニや、ゴヤよりも、ブリューゲルの方が好き……などと云うことは全く無く、主演であるブリューゲル役がルトガー・ハウアーであるという、只それだけの理由なんですけどね。
 つい先日も『ホーボー・ウィズ・ショットガン』も観ましたし。ルトガー・ハウアー主演ならば観に行きましょう。
 でもこの映画は、非常に変わった映画ではありますので(奇妙と云ってもいいか)、万人向けとは云い難いです。独特な映像美を堪能したい方にはお奨めですが。

 監督はレフ・マイェフスキ。ポーランドの映画監督にして舞台演出家であり、詩人でもあるという多彩なアーティスト。本作の製作・監督・脚本・撮影・編集・作曲と一人でこなしています。もうこの映画には、監督個人の作家性が炸裂しまくり。
 マイェフスキ監督はNYのストリート・アーティスト、ジャン=ミシェル・バスキアの伝記映画『バスキア』(1996年)の製作と脚本も手掛けていたり(これも観てないなあ)、アートムービーひと筋な方ですね。

 共同脚本としてマイケル・フランシス・ギブソンという美術評論家の方の名が上がっております。元々はこの人の書いたブリューゲルの〈十字架を担うキリスト〉についての論文に着想を得ておるそうな。
 美術評論家の論文を原作にしていると聞いて納得しました。
 本作には物語らしいところがほとんどありません。まるで教育番組のような美術解説が入るのも、元が論文だからか。
 その意味では、中世美術を専攻している学生にはお奨めか(途中で寝てしまわなければ)。

 ルトガー・ハウアー以外に出演している方というと、マイケル・ヨークとか、シャーロット・ランプリングとか、ベテラン俳優を配しているのですが、全体的な印象は地味です。そもそもあまり重要な役とも云い難いか。
 マイケル・ヨークは、ブリューゲルの友人であるニクラース・ヨンゲリングの役。あまり出番はありませんが、本作はブリューゲルがヨンゲリングに、これから描く新作の構図や、その意図を説明していくという形で進行していくドラマなので、いてもらわねば困ります。
 そもそも〈十字架を担うキリスト〉はヨンゲリングのリクエストにより描かれたそうですから。
 シャーロット・ランプリングの方は、ブリューゲルの妻の役。絵画の中にも登場する「聖母マリア」のモデルにもされています。あまり台詞はありませんが、そこに佇むだけで存在感を示せる女優ですね。

 本作の特徴は、何と云ってもその背景美術でありましょう。元の絵からして、かなりの奇観ですが、よくこんな似た風景を探してきたものだと思います。しかも実在の風景だけではなく、ビミョーにCGと置き替わっていて、遠景はもうブリューゲルの描いた絵になっている。この背景の融合の妙が最大の魅力でしょうか。
 多分、かなりの場面で役者さんたちはブルースクリーンの前で演技されていると思います。
 加えて懲りまくった衣装美術。ブリューゲルの描いた人物通りの衣装の再現度は非常に高いです。〈十字架を担うキリスト〉の絵は、百人以上の人物が描き込まれた大作ですから、これを全部を用意して配置するのは大変でしょう。

 役者さんたちはほぼ全員がエキストラというか、絵の中の人物ですので、台詞なしです。その代わり「絵に描かれた通りのポーズ」をとって静止する必要があるので、そっちの方が大変ですかね。
 皆さん、見事なまでに静止しておられる。まぁ、馬とか子供たちは……やむを得ないとはいえ、逆にほとんどの人物が静止する中で、ビミョーに動物とかが動いている図がなかなか不思議な雰囲気を醸し出しておりました。
 まさに『ブリューゲルの動く絵』という邦題のとおり。
 また、静かな映画ですが、音楽がないわけではなく、これもまた当時の楽器を再現しながら、絵の中の人たちが演奏したりするのも興味深い。

 ルトガー・ハウアーによる説明で、構図の意図やら、各部分の人物配置の意味が語られます。絵の中に様々な人物を配して、ドラマが語られていくという寸法。
 一枚の絵画の中に当時の世相すべてを描き込みたいというのが、ブリューゲルの野望だそうですから、盛り込まれているドラマも様々。
 蜘蛛の巣に朝露が光るところから着想を得たと説明されるように、放射状に様々な人々が配置されていますが、まずは中央で小さく十字架を担っているイエス・キリスト。これが一番大事なのに、かなり小さく描かれています。
 「しばしば大事なものほど見過ごされる」ことの現れだそうで。
 峻厳な岩山の頂上にある風車は天界を表し、下界を見下ろす粉挽きの主人は神だとか。
 他にも「嘆きの聖母マリア」、「捕らえられたシモン」、「パンを売る行商人」、「仔牛売りの若夫婦」、「首を吊るユダ」等のエピソードが紹介されていきます。

 全体としてキリストの受難劇が、一六世紀のフランドル地方の背景の中に再現されているので、キリストを連行していく兵士も、ローマ軍の兵士ではなく、赤い衣の中世の騎士(これは異端審問への皮肉か)。
 絵の中には、ブリューゲルとヨンゲリング自身も描き込まれ、一連の出来事を傍観しているというメタ的な表現もあります。
 構図の左側には都市が描かれ(生命の輪)、右側にはゴルゴダを模した処刑場(死の輪)が描かれるなど、非常に象徴的な絵画であるのが印象的です。

 そして各パート毎に、人々が動き出し、ほぼ無言のままブリューゲルの語りに沿ってドラマを再現していく。当時のフランドル地方の人々の暮らしぶりが一時的に動き出すという趣向。
 見事と云えば見事ですし、一枚の絵の中にこれほどの情報を詰め込んだブリューゲルの才能は素晴らしいと云わざるを得ません。
 そしてそれを映像化した監督の手腕も、高く評価されて然るべきだとも思うのですが……。

 九六分という上映時間がかなり長く感じられます。面白味に欠けるというか、淡々と進行していく絵の解説と、ほぼ無言のまま演じられる再現ドラマは、ぶっちゃけ退屈でもあります。時代考証は精緻を極めているのだろうと、察せられるのですがねえ。
 およそエンタテインメントとはほど遠い。
 アカデミックではありますが。元が論文だし。

 ラストは完成した絵画から、カメラが抜け出してくる。ブリューゲルの絵を展示しているウィーン美術史美術館の館内の様子がちらりと伺えます。
 一枚の絵画をたっぷり九六分かけて鑑賞するという、希有な体験をいたしました。


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