嘘か誠か──いや、多分実話なんでしょうが──存じませぬが、あまり一般受けしそうにない物語を、よくこんな気合い入れまくりで製作できたものデス。その部分は感心いたしました。
背景描写に手抜きが感じられない上、俳優の演技も素晴らしい。
監督はリー・タマホリ。『007/ダイ・アナザーデイ』(2002年)とか『NEXT ネクスト』(2007年)の監督で、アクション描写は迫力ありますが、大味な作品が多いというイメージがありました。『トリプルX/ネクスト・レベル』(2005年)も、この監督だし。
大体、SF者である私にとっては、あのフィリップ・K・ディックの小説を無茶苦茶にしてくれたスカタンな監督という根深い恨みのある監督です。それほどに『NEXT ネクスト』は……あんまりな出来映えでした。
でも本作でちょっとまた印象が変わりました。
タマホリ監督はニュージーランド出身だそうですが、監督の腕が悪いのではなく、ハリウッドとの相性が悪かったのでしょうか。ハリウッドに進出してからの作品にはイマイチなものが多い。
でもニュージーランド時代の作品は高く評価されているみたいだし、ハリウッドから離れてヨーロッパで監督した本作も、なかなかの出来映えでした。
とは云え、製作スタッフの熱意は買いますが、やっぱり本作は一般受けするのか甚だ疑問な感じデス。
ラティフ・ヤヒアがウダイの影武者を務めていたという時期は、一九八七年から一九九一年まで。丁度、イラン・イラク戦争(1980-1988)が終わりかけの頃からですね。
映画の冒頭にも、当時のニュース・フィルムが使用されて時代を思い出させてくれます。もうこの戦争を知らない人も多いのか。
同時に字幕で、独裁者には常に影武者が用意される旨の説明が入ります。かつてスターリンには十二人もの影武者がいたと云う。サダム・フセイン大統領もまた然り。
だからその息子であるウダイにも影武者は用意されていた──というところから、イラン・イラク戦争の帰還兵であるラティフが首都バグダットの宮殿に召喚される。
ラティフはウダイの高校時代の学友でもあり、当時から背格好が似ていると評判だった。
しかし久しぶりに再会したかつての学友は、学生時代よりも更に常軌を逸していた。
非道の限りを尽くし、暴力とセックスに明け暮れるウダイの影武者役を強制され、自由を奪われたラティフ。家族には戦死したと通知され、存在を消されてしまった男が目の当たりにする狂気の世界──。
ここでラティフ・ヤヒアとウダイ・フセインを一人二役で演じるのが、ドミニク・クーパー。瓜二つだが性格的にまるで別人な男を見事に演じ分けておりました。
しかしドミニク・クーパーって、あまり知名度ありませんよね。『マンマ・ミーア!』(2008年)の、と云われるよりも、私にとっては『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー』でハワード・スターク役を演じたことの方が印象深いです。
ドミニクは監督の「知名度が高すぎず、それでいて役に入り込めるほどの役者を」という要求に見事に応えております。
ぶっちゃけ、本作はドミニク・クーパーの熱演、怪演「のみ」の映画であると云い切って差し支えないほどです。
本当にドミニク・クーパー「だけ」は凄かった。一世一代の名演技とはコレでしょう。
いや、他の俳優の皆さんも良かったんですけどね。ドミニクの演技が凄すぎただけで。
配役の妙で云うと、親父のフセイン大統領を演じたフィリップ・クァストも似てましたねえ。オーストラリア出身の英国俳優だそうですが、舞台とTVで主に活動されているので存じませんでしたが、この方もなかなかに芸達者。
本作では、フセイン大統領が独裁者とは云え、かなりマトモな人に見えます。いやもう威厳の漂う統治者であるようにも感じられる。
それほどに息子のウダイが常軌を逸して異常であるからなのですが、無軌道な息子の振る舞いに頭を痛める悩める父親でもあり、こんな息子を持ってしまった悲哀さえ感じられました。でもそれって自分の子育ての方針が、どこか間違っていたからなのでは……。
「生まれたときに殺しておくべきだった」って、悔やまれてもねえ。
フィリップ・クァストもまた、フセイン大統領とその影武者の一人二役を演じております。
今更ですが、最近の合成技術は見事なものデス。
ウダイの側近役を演じるラード・ラウィも印象的でした。中近東的な顔立ちから『キングダム/見えざる敵』(2007年)や『グリーン・ゾーン』(2010年)にも出演されていたそうですが、いまいち憶えていない……。
本作では、職務上ウダイの命令を遂行する為に、ラティフの障害となる手強い男を演じております。根は善人なのに、自分のモラルに反する行為に手を染めねばならない葛藤が押さえた演技から滲み出ておりました。
ラティフとも恋仲になるウダイの愛人役がリュディヴィーヌ・サニエ。セクシーな上に大胆な演技で、最後までラティフを本心から愛しているのか判らない謎めいた女性を演じております。
それからラティフの父を演じるナセル・メマジアも、反骨精神に溢れる善良なイラク人を体現しておりました。
総じて日本では知名度低い人役者さんばかりと云う感じデスが、演技派ぞろい。
それにしても、ウダイの品のない成金趣味と異常なまでの暴力指向に辟易しました。実話に基づくとは云え、これはかなりフィクションが入っているのではあるまいか。
──と思いましたが、ラティフ本人に会って話を聞いた脚本家マイケル・トーマスによると「脚本に書いた以上に酷い事実もあった」というから、まだ映像化されたこれは可愛いものなのか。
ちょっとでも自分の意に染まない輩は問答無用で射殺してお咎め無しなんですけどね。拷問も平気でするし。未成年者でも拉致してレイプしてポイ捨て。
極悪非道っぷりが突き抜けており、観ていてゲンナリします。タマホリ監督のバイオレンス描写は凄いデスが、そこまで克明に描かなくても。
やがて湾岸戦争が勃発し、兵士の士気を鼓舞する為に戦地へ派遣されたのはラティフの方。反体制派の襲撃で重傷を負うのもラティフ。影武者の姿をTVで見ては、自分がそこに行った気になっているウダイ。
ウダイのナルシズムを満たす為だけの道具にされ、もはや自分の人生は無きに等しい。
自殺を図り失敗しても、今度は国外逃亡を図る。しかしウダイは執拗なまでに追っ手を差し向けてくる。この粘着質な性格も勘弁してもらいたい。
人生を奪われたラティフは、果たして自由を取り戻せるのか。
結局、半ば家族を見捨てるようにして──と云うか、覚悟を決めた父親の意思を無にしない為にも──国外逃亡を果たすラティフ。
そのまま数年が経過し……。
一九九六年にバグダット市内でウダイ暗殺未遂事件が発生し、銃撃されたウダイは瀕死の重傷となる。暗殺の実行犯はウダイと瓜二つだった、というところでこの映画は終わります(事件は本当ですが、ラティフが関与していたというのはフィクションでしょう)。
最後にラティフを追い詰めたウダイの警護官が、ラティフの顔を見て無言で見逃してくれるという描写に、ちょっとだけ救われました。悪魔の手先でも、人として良心は残っていたか。
史実では、瀕死の重傷を負ったウダイは、それでも生き延びるそうです(しぶとい)。
そしてウダイは二〇〇三年、イラク戦争下で米軍により殺害される。
ラティフ・ヤヒアが真に自由を得るまでには随分とかかったものです。だからこの年、自伝が出版されたんですかね。
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