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2011年12月31日土曜日

聯合艦隊司令長官 山本五十六

(ISOROKU)

 「聯合艦隊」とはまた難しい字を使うなあと思ったら、過去に『連合艦隊司令長官 山本五十六』(1968年)という同名の戦争映画がありました。そちらは三船敏郎が山本五十六の役。
 同名ですがリメイクではないのか。「連合~」は東宝ですが、「聯合~」は東映(とバンダイビジュアル等の製作委員会方式)ですから。
 しかし三船敏郎版の方も「山本五十六を対米戦には反対しつつも、いざ開戦となれば大胆に戦った人物として描く映画」であるそうなので、あまり変わらないのかしら。かなり昔に観た(かも知れない)が、記憶が朧なので比較できません(汗)。

 ただ、三船敏郎版『山本五十六』の戦闘シーンは日本の特撮技術の精華である(そりゃ東宝だもの)とか、部分的に他の戦争映画のフィルムを流用しているとか云うデータ的なことは、戦争映画関係の本で読んだ記憶があります。
 今般の『聯合艦隊司令長官 山本五十六』の方はと云うと、やはりイマドキの特撮であるので、ミニチュアとCGの合成になっているのが新しいか。どこまでがミニチュアで、どこからがCGなのかよく判りませんが、大和や長門や赤城と云った艦艇が波を立てて航海していく様子は、なかなかリアルで迫力もありました。
 真珠湾攻撃の場面も、かなりの部分がCGなんだろうなあと思うのデスが、なかなか良く出来ていたと申せましょう。マイケル・ベイ監督の『パールハーバー』よりは地味ですが──あっちの方が史実無視でド派手すぎるのか──、本作の方がリアルで好ましく感じる……と云うと、判官贔屓ですかね。

 本作は半藤一利の『昭和史』を原案にしており、半藤一利は映画の監修も勤めております。
 どちらかと云うと、激しい戦闘シーンよりも開戦前後の世相の描写の方が興味深いです。
 特に印象に残るのは、日独伊の三国同盟に関する部分ですね。山本五十六は決して三国同盟には賛成しなかった。そんな同盟を締結すれば、国力が十倍以上の米国との戦争は避けられないのが自明であるからですが、軍参謀達の頑迷な声にはちょっと呆れてしまいました。

 「戦はやってみないと判らない」──いや、そんなバクチはやめて下さいよ。
 「日露戦争でも国力十倍のロシアに勝った」──当時のロシアは革命前夜でしたが。

 アドルフ・ヒトラーの『我が闘争』を読み込んでいると豪語する士官達もいますが、黄色人種について侮蔑的な記述部分が削除された翻訳本だけ読んでドイツに親近感を抱いているあたり、一面的にしかものを見ない現代の風潮も風刺しているように思えます。ネットの記事を鵜呑みにする現代人と大差ないか。
 山本(役所広司)は何度も、物事の判断には多角的な検証が必要だ、ある事象を信じるには明確な根拠を示す必要がある旨の発言を繰り返しますが、まさに現代にも通じる内容ですね。
 根拠無くドイツを信じていたり、米国と開戦しても勝てると信じている連中が多すぎる。およそ科学的では無く、ほとんど宗教の域ではないかとさえ思えます。人間とは信じたいことだけ信じる生き物ですからねえ。
 根拠のない意見(または思いつき)だけの議論と云うと、『マネーボール』のスカウトマン達の会議も似たようなものでしたね。

 当時の世相が現代とあまり変わるところがないと云うのも、興味深い。
 経済状況は低迷し、不景気で、短期間で首相がコロコロ交代しているというのは、まさに今の日本と同じです。そこへ三国同盟への参加の是非が問われる。

 「同盟に乗り遅れるわけにはいかん」
 「バスに乗り遅れるな」

 はて。どこかで聞いたようなフレーズが……(笑)。
 あからさまにTPP(環太平洋経済連携協定)でモメている現代を皮肉っていますね。しかしこの場合、乗ってしまったバスは日本をとんでもないところに連れて行ってしまったのですが、TPPの場合もそうなると云いたいのでしょうか

 「もうバスは動き出しているんだ。行くところまで行くしかない」──頼むから降りてくれ(泣)。

 軍部よりも市井の人々の方が開戦を望んでいるという描写もあります。
 戦争になれば景気が良くなると信じている。実際、その前の大戦ではそうでしたが、その際には戦争の当事国では無かったということを忘れているような……。
 米国への宣戦布告の報を聞いて万歳を叫ぶ人々。大多数の人々がそんな意見だったのでは、もはや諦めるしかないのか。
 「これで何もかも巧くいく」って、どうして素朴に信じられたのか不思議でなりません。
 戦争とは常に海の向こうで行われるもので、本土に戦火が及ぶことなどピンと来ないというあたり、現代のアメリカに通じるようなところもあります。
 まぁ、こちらは後の歴史を承知した上で観ているので、外野から好き勝手論評できるのですけどね。その時代の当事者でいると、流されてしまうのはやむを得ないのか。

 そう云うことを考えると、マスメディアの影響は怖ろしいものだと思いますねえ。
 本作では新聞記者として香川照之が登場し、実に小憎たらしい演技を披露してくれます。ちょっと演技過剰なところがあるのも、逆に判り易くていいか。
 新聞社の主幹であるので、社説はこの人が書いている。世論を煽って操作していながら、自分の責任をまったく感じていないという様子に恐怖を感じます。正義を信じている人って怖い。
 これは『コンテイジョン』でジュード・ロウが演じた無責任なブロガーと同じですね。
 あるいは『インサイド・ジョブ/世界不況の知られざる真実』に登場する無責任な格付会社の幹部と通じるものがあると云うか。
 
 香川照之の部下として玉木宏が若き記者として登場し、こちらの方は多少は改心の余地があると云うか、山本の助言を聴いてくれそうな描写に救いを感じます。

 「この世界をよく見ることから始めたまえ。目と、耳と、心を、大きく開くことだ」

 この台詞が一番、制作者の伝えたいメッセージであるのか。
 何事も先入観に囚われた思い込みではイカンと云うことでしょうか。
 観賞前は、役所広司の山本五十六というのも如何なものかと思っておりましたが、不自然なところは感じられず、なかなか良かったです。人間的でもあり、難局に毅然と立ち向かう立派な軍人であるとも描かれておりました。
 主人公だから、結構、美化されているところがあるとは思いますが。
 真珠湾やミッドウェイで、作戦が裏目に出てしまっても、部下を叱責したりしないという、理想的な上司の姿ですね。特にミッドウェイ海戦の後で、南雲忠一(演じるは中原丈雄)とお茶漬けを一緒に食べるシーンがいいです。でも南雲にしてみれば、一言も触れてこないので、逆に居たたまれないでしょうねえ(こういう態度を取られる方が辛いか)。

 物語は開戦前から始まり、真珠湾、ミッドウェイ、ガダルカナル、ラバウルと続いていきますが、海軍メインの描写なので陸上の戦闘シーンはまったくありません。描いていたらキリがないでしょうし、ガダルカナルなんぞ描いたひにゃ悲惨極まりないことになりそうです。その前に予算が尽きるか。
 もっぱら戦闘は空戦の方に力点がおかれて、零戦が大挙して飛んでおります。戦争映画として、それなりにスペクタクルな大作感があるのも、CGの威力ですねえ。
 また他にも、柄本明、柳葉敏郎、阿部寛、伊武雅刀、等々の豪華配役も見どころです。
 ここしばらく邦画の戦争物には、イマイチなものが多いと感じておりましたが、本作は合格点をあげられるのではないでしょうか。悪くない出来であると思います。

 山本は状況がどんなに悪化しても、講和への道を探り続けたという見上げた人でありますが、やっぱり「暗殺を避ける為」とは云え、艦隊司令になったこと自体が間違いだったと思えてなりません。
 そしてブーゲンビル島上空で搭乗機が撃墜され、遂に最期を迎えるワケですが、ここでの役所広司の無言の演技が凄いデス。眼力にちょっと圧倒されました。

 本作には「太平洋戦争七〇年目の真実」と云う副題が付いておりますが、特に七〇年が経過して新たな史実が明らかになったというワケではありませんでしたね。


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