2011年12月25日日曜日

未来を生きる君たちへ

(In a Better World)

 スサンネ・ビア監督と云うと『ある愛の風景』(2004年)の監督でしたか。同作は『マイ・ブラザー』(2009年)としてハリウッドでリメイクされていますね。
 そのビア監督によるデンマーク映画で、昨年(2010年・第八三回)のアカデミー賞外国語映画賞を受賞したのが本作です。
 ノミネートされた五作品の中にはアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の『BIUTIFUL/ビューティフル』(メキシコ)とか、デニ・ヴィルヌーヴ監督の『灼熱の魂』(カナダ)があったのに、それらを押さえての受賞ですから、作品の出来は推して知るべしと云うところでしょうか。
 ちなみにノミネートされた残りの二作品──ラシッド・ブシャール監督の“Outside the Law”(アルジェリア)と、ヨルゴス・ランティモス監督の“Dogtooth”(ギリシャ)──は、まだ日本未公開。全部、観てみたいものです。
 でも外国語映画賞受賞作品って、ミニシアター系の文芸作品が多いですね。バカB級エンタテインメント作品好きの私としては、鑑賞前から相当、気合いを入れて取りかからねばならないのがチト辛い。

 世界は暴力と憎悪に満ちている。暴力は暴力を生み、憎悪は更なる憎悪を呼ぶ。この連鎖を断ち切ることは出来ないのか。
 報復は報復を生むだけと、頭では理解していても、なかなかこの連鎖を断ち切るのは難しいでしょう。無視していても事態は改善しないし。
 このジレンマに直面する「大人の世界」と「子供の世界」を交互に描き出し、きれい事だけでは何も解決しないという冷厳な事実を突きつけてくれるのが本作です。はっきり云って、気が滅入りそうな物語であります。

 「大人の世界」では、アフリカ某国の難民キャンプで医療に当たるデンマーク人医師アントン(ミカエル・パーシュブラント)の姿が描かれます。特に説明はないが「国境なき医師団」の一員なのか。
 日々、キャンプに搬送されてくる病人、怪我人の治療にあたり続けるアントン医師を悩ませているのは、地元の悪党〈ビッグマン〉。面白半分に妊婦を襲っては、腹を切り裂いて胎児の性別を賭の対象にするという極悪非道の悪党。
 腹部を裂かれて大量出血し、手の施しようのない妊婦を診察しては、己の無力を噛みしめるアントン医師。実にやりきれない。

 「子供の世界」では、デンマーク本国でアントン医師の息子エリアス(マークス・リーゴード)が、毎日学校で執拗なイジメにあう様子が描かれます。前歯が大きい上に、歯列矯正のブリッジをしているので、目立つんですかね。「ネズミ」なんぞと呼ばれて耐え続ける屈辱の日々。通学用自転車のタイヤから空気を抜かれるのは日常茶飯事。
 そこへある日、イギリスからクリスチャン(ヴィリアム・ユンク・ニールセン)が転校してくる。たまたま二人は同じクラスの隣同士になり、友達となったことから、イジメの矛先はクリスチャンにまで及ぶ。
 しかしクリスチャンはエリアスのように泣き寝入りするタイプでは無かった。やられたら倍にして返すタイプ。
 校内で暴力沙汰を起こしたことが知れても反省なし。父親(ウルリッヒ・トムセン)に説教されても「やり返さなきゃだめだ」と口応えする。

 大人が「報復は報復を生むだけ」と諭したところで、イジメは解決しない。やり返さねばいつまでもイジメは続くだけ。
 では正論は偽善なのか。暴力には暴力で対抗するしかないのか。
 当初、ある程度の抵抗(と云うか、仕返しの暴力)には効果があるという描かれ方をしています。その日を境にイジメは止み、クリスチャンはイジメっ子から一目おかれ、エリアスは親友に憧れるようになる。

 ドラマは、アントン医師がアフリカとデンマークの両方を行き来することで、交互に語られていくという構成になっています。しかしどちらかと云うと、デンマークでの子供達の物語がメインで、アフリカの難民キャンプの物語はサブ的な扱いです。

 学校での事件の後になって、帰国したアントン医師は子供達と公園に行き、エリアスの幼い弟が余所の子供とケンカしたことが原因で、親同士のトラブルに巻き込まれる。
 幼児同士のじゃれ合いのようなケンカに、口出しする大人の姿というのは、あまり感心しませんなあ。と云うか、見苦しい。
 相手の父親──ガラの悪そうな粗暴な男という描かれ方をしている──から一方的に殴られ、反撃しないアントン医師の姿に、エリアスよりもクリスチャンの方が憤懣やる方ない。何故、殴り返さないのかと問われて、「あんな愚か者と同じレベルに落ちたくないからさ」と答えるアントン医師は実に立派です。
 腹の中が煮えくり返っていても、理性的に平静を装い子供たちを諭す。さすがは難民キャンプで理不尽な暴力を目の当たりにし続けただけのことはある。

 しかし納得できないクリスチャンは、男の職場を探り出し、「親友の父親の為」に報復を計画し始める。パイプ爆弾の製造方法をインターネットで検索するというのが物騒というか現代的と云うか。
 このあたりから次第にクリスチャンの印象が変わり始めるのが興味深いです。
 最初は、友達を助ける為に「体を張って戦ういいヤツ」だったのに、ドラマの後半には「独善的な正義感を振りかざすアブナいヤツ」になっていく。正義が暴走していく有様が、観ていて非常に危うい。

 一方、休暇が終わって難民キャンプに戻ったアントン医師は、息子エリアスがクリスチャンと危険な行為に走り始めたことに気づいてあげられない。
 こっちはこっちで、妊婦殺しの悪党〈ビッグマン〉が怪我人として担ぎ込まれるという事態。殺してやりたいくらいの相手を患者として扱わねばならない。医者の倫理と自身の正義感の板挟みになるアントン医師に同情します。
 この〈ビッグマン〉がもう改心の余地無しというくらいのサイテーな悪党であるという描写が徹底しています。「医は仁術」とは云え、これはストレスが溜まる。
 結局、医者がいくら治療しても、今までの行いから恨みを買いまくっていた〈ビッグマン〉は、自業自得とも云える報いを受けてしまうのですが……。
 これもまたアントン医師にはやりきれない結末でしょう。

 さて、クリスチャンの報復計画が予想通りに運ばないだろうことは、容易く予想できますね。
 「誰も傷つかない。あいつの車を吹っ飛ばしてやるだけさ。ザマアミロだ」なんて計画が上手くいく筈が無かろう。予想外のことはいつだって起きるものだということが思い浮かばない。未熟な少年だからか。
 案の定、無関係な通りすがりの一般人を爆弾で吹き飛ばしかけ、飛び出したエリアスが逆に重傷を負う。誠に「人を呪わば穴ふたつ」です。

 アフリカで〈ビッグマン〉が受ける報いと、デンマークでクリスチャンが行うヤリスギな報復行為の対比が印象深いです。観ている側としてはごく自然に、前者を肯定し、後者を否定してしまう。でも実はどちらも「暴力に暴力で応えている」だけなのですが。
 クリスチャンの行為を取り上げて「親の教育が悪かった」と批判するのは簡単ですが、では翻って自分は「未来を生きる君たち」に、よりよい世界を残してやれるのか。
 どこで一線を画すべきなのか。そもそも一線を画すことは可能なのか。
 答えの出ない問題を突きつけられて、気は滅入る一方デス。

 奇跡的にエリアスは持ち直し、クリスチャンは己の行為を激しく後悔し、取り返しの付かなくなる前に事態は収拾されましたが、いつもいつもこんな幸運が起きるとは限らないでしょう。
 多大な犠牲と損害の上に、子供達が大切なことを学んでくれたと願わずにはおられません。いや、本当に学んでくれたことを切に願います。

 この映画は、子供のいる親は勿論、子供達にも観てもらいたい作品です。いずれ私のムスメらにも観てもらわねばなるまい。
 「つまんない」とか云わずに、ちゃんとパパと一緒に観てよね。良い映画なんだから。


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