2011年10月10日月曜日

BIUTIFUL/ビューティフル

(Biutiful)

 『アモーレス・ペロス』(1999年)や『バベル』(2006年)のアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督作品です。今年のアカデミー賞の主演男優賞(ハビエル・バルデム)と外国語映画賞にノミネートされておりました(惜しくも受賞は逸しましたが)。
 他にも各国の映画賞にノミネートされたり受賞したりしております。凄いもんだ。

 冒頭、父と娘の会話だけが聞こえてくる。父の指輪の由来についての静かなやりとり。
 そして場面はいずことも知れぬ雪山に。ハビエル・バルデムが若者と話している。とりとめのない会話で、太古の昔はこの山中も海の底だったとか何とか。一体、このドラマは何だろうか。

 ──と、云うところで物語は、スペインはバルセロナに暮らすバルデム一家の風景へと移る。社会の底辺で暮らす父子家庭──まだ幼い姉と弟(二人とも小学生)、そしてこの子らを養う父親──の生活はかなり厳しそうである。
 物語はバルデム一家の暮らしぶりを淡々と描いていく。
 しばらく観ていないと、状況が把握できませんが、特にややこしいことはありません。眠くもなりませんでしたし。
 冒頭の幻想的で抽象的な会話の場面だけが意味不明でしたが、それもおいおい判ってくるので御心配なく。

 やはりスペインに於いても、社会の底辺に暮らす人々の生活は厳しい。
 物語にはバルデム一家の他に、セネガルや中国から密入国した人々も登場します。群像劇的なドラマであるのも、『バベル』に似ていますか。
 社会の底辺で不法移民らと共に、非合法な裏家業を営むのがバルデム氏のお仕事。

 でも実はバルデム氏は裏家業だけでなく、表向きには別の仕事もしているのです。しかし正業の収入がサッパリなので、やむなく副業に精を出さざるを得ない。
 実は、バルデム氏は霊能力者なのデス。まさかそんな。
 これもまたイカサマで詐欺の類ではないのかとも思えましたが、本物でした。本当に他人の葬式に呼ばれ、遺族から依頼を受けて、故人の遺体に触れて残留思念を読みとったり、死者の霊魂と会話したりするのです。
 『ヒア アフター』のマット・デイモンと同じか。
 但し、故人の思い残した思念は、決して遺族の耳に心地よいものばかりとは限らない。でもバルデム氏は正直に遺族に打ち明けるので、「死者を侮辱するのか!」と礼金ももらえず追い出される羽目になることもある。
 そんな儲からない商売だから、裏家業で危ない橋を渡らねばならないのだ。
 世の中、報われないことの方が多いですねえ。

 さて、ヤバい仕事でどうにか生計を維持するバルデム氏に、健康上の問題が持ち上がる。
 癌に冒され余命二ヶ月。
 いきなりか。なんと唐突な。
 自分が死ねば幼い子供たちはどうなる。誰が面倒をみるのか。
 もう心残りなことがありまくりな上に、裏家業の方は問題続出で、とてもじゃないが落ち着いて死ぬ準備なんて出来るわけがない。それは万国共通の悩みですね。
 身辺整理して、静かにお迎えを待つなんぞという境地にはほど遠いのが現実。
 いやもう、公私に渡って崖っぷちギリギリな状態が続くという毎日。

 おまけにバルデム氏の離婚した妻(マリセル・アルバレス)にも問題がある。
 精神的に不安定なのである。薬物に依存したこともあって、長く療養所にいたりしたらしい。しかも自堕落なビッチだ。
 親権はバルデム氏が持っているが、今でも母親は子供達に会いに来る。彼女なりに子供達を愛しているというのは判る。
 バルデム氏も彼女を愛してはいるものの、とても子育てを任すことなど出来ないし、容易く育児放棄や児童虐待に走りかねないという危うい状態。
 それでも「もう更生した」という言葉を信じて、共同生活を始めてみれば、やっぱり幼い息子に酷い折檻をする始末。
 元妻に子供達を託すことを断念し、また元の父子家庭に逆戻り。

 もはや誰にも頼れない。事態はどんどん悪化していく一方。
 体調は日増しに悪くなり、血尿は出るわ、死相まで現れてくる。
 絶望的なまでに救いがないっ。
 出来ることと云えば、霊能力者仲間のお婆さんから貰った「お守りの石」に念を込めて子供達に渡してやるくらいか。藁にもすがるとは、まさにこのことですな。
 見た目は只の石コロに、どれほど父の念が込められているのかと想像すると、空恐ろしくなりますわ。

 ところで題名の『ビューティフル』は“beautiful”ではなくて“biutiful”と表記されています。明らかに誤表記なワケですが、理由は劇中にある。
 小学生の娘が自宅で勉強しているときにパパに尋ねる。

 「ビューティフルって、どう書くの?」
 「発音どおりだよ。B・I・U・T……」

 お父さん、スペル間違えてますよ。
 そして子供達は“BIUTIFUL”と説明書き付きで、クレヨン画を冷蔵庫の扉に貼り付ける。これが切ない。切なすぎるッ。

 劇中には、バルデム氏が昔のアルバムを整理する場面があり、そこでやっと冒頭の場面に登場した男が誰なのか判ります。セピア色に変色した写真に写っているのは、バルデム氏の父親の姿。夭折したという、自分が会ったこともない父が冒頭に登場したあの男。
 と、云うことは……。

 物語のラストで、再び冒頭の場面へと回帰する。
 遂に体力にも限界が訪れ、意識も朦朧とする中で床についたバルデム氏に添い寝する娘が尋ねる。パパの指輪の由来を静かに話してあげながら、形見の品として娘に指輪を譲る。
 その一方で、もはや意識は別の場所に飛んでいる。
 いずことも知れぬ雪山で、会ったこともない自分の父ととりとめのない会話をしているバルデム氏。冒頭の場面は臨終のシーンだったのかと気付くも、もはやどうにもならない。
 どんなに心残りであろうと、やり残したことがあろうと、お迎えは容赦なく訪れる。
 準備も心構えも何も出来なくても、「立つ鳥跡を濁しまくり」になろうとも。

 鑑賞後はもう溜息しか出てきません。胸が締め付けられるなんてもんじゃありませんよ。
 我が身を省みれば、子供達に何が残せるだろうかとか、そんなことばかりグルグル考えてしまいます。実にヘビーな映画でした。

● 余談
 そう云えば、先頃他界したアップル社のCEO、スティーブ・ジョブズ曰く。

 「誰だって死にたくないものだ。天国に行きたいと思っている人でさえ、その為に死ぬのは嫌だと思っている。(中略)今は貴方が新しい方だろうが、そう遠くない将来に貴方は徐々に古い方になり、やがては消え去る。こんな云い方で申し訳ないが、全くの事実だ」

 そりゃまぁ、そうなんデスけどね。やりきれないよ、スティーブ(泣)。


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