主演はショーン・ペンとナオミ・ワッツ。ナオミは産休を終えて仕事に復帰されたようですね。『愛する人』ではバリバリに妊婦姿でしたが、もう元通り。
他にサム・シェパード、デヴィッド・アンドリュース、マイケル・ケリーなんて渋い方々が見受けられます。と云うか、ナオミ以外は全員渋いわ。
二〇〇一年の911テロ以降のアメリカは病的なまでにテロを警戒し、遂に二〇〇三年からイラク戦争に突入していったワケですが、「イラクが大量破壊兵器を所有している」という大義名分がデタラメであったということはもはや周知の事実ですね。
マット・デイモン主演の『グリーン・ゾーン』でも描かれておりましたが、あちらが現場でそれを体験するのに対して、アメリカ国内ではどうであったかというのを描いたのが本作。
これは「プレイム事件」と呼ばれる実話に基づく物語であるそうな。
ついでにマイケル・ムーア監督の『華氏911』とか、オリバー・ストーン監督の『ブッシュ』などと併せて鑑賞すると、イラク戦争開戦は本当に国家の安全保障が理由だったのかと疑いたくなるでしょう(私は全然信じてませんが)。
ショーン・ペンは元ニジェールの大使であったジョゼフ・ウィルソン氏の役。
ナオミ・ワッツはジョゼフの妻ヴァレリー・プレイムの役。実はCIA局員。「奥様はスパイ」か。
関係ないけど、夫婦別姓なんですね。
二人とも個別に回顧録を執筆しており、この映画は双方の回顧録に基づいているとか。題名の “FAIR GAME” とは奥さんの回顧録の題名。意味は「格好の標的」だそうな。
一応、奥さんの職業については旦那も納得しており、秘密にしているわけではありませんが、御近所さん達にはもちろんナイショです。
でも夫婦の間でも職場の話題は御法度。しかも中東担当だと、夜中だろうと「出張」に出かけなければならない。
旦那さんにバレバレな嘘をつきながら出かけていくナオミ。ショーンの方も嘘だと判った上で信じてあげるという描写がなかなか哀しいです。
この理解のある旦那がいてくれるから家庭が維持できているのだというのが、よく判ります。一線で活躍するエージェントに家庭は不向きなのか。
しかしナオミのCIAエージェントとしての仕事内容はあまり好ましいとは云えませんです。家庭にいるときと、仕事をしているときでは、人格が別ですし。
一般人を協力者に仕立て上げる様子が、かなり強引と云うか、ソフトな口調で押しが強いと云うか。ほとんど悪役です。
バグダッド在住の核物理学者の妹が、アメリカで市民権を取得していると知るや、かなり強引に妹さんを協力者にしようとする。兄一家の亡命を餌にする駆け引きの手口が、なかなか汚いというか、やっぱりスパイは非情な稼業なんだと云わざるを得ません。
そして妹をイラクに派遣して、兄から核開発の現状を聞き出してこいと命じる。
このあたりの描写では、本当にバグダッドでロケしたそうで、スタッフは身の危険を感じながら撮影を敢行したそうですが、その成果はあったと申せましょう。
ところでちょっと笑ってしまうのが、アルミニウム配管のエピソード。
イラクがアルミニウム製の配管を大量に輸入している。ウラン濃縮はアルミ容器に入れた天然ウランを遠心分離機にセットして行われる。
すわ、核弾頭の製造だッ──って、なんでやねん。
ちゃんと専門家が、必要な配管の直径とか、厚みとか計算して、この程度の容器では強度が足りないと報告しているのに。
アルミ管はアルミ管だろうとは。またなんと強引かつ短絡的な。
なんと云いますか。つくづく「人間は信じたいことだけを信じる生き物なんだ」と痛感します。
自分が聞きたくないことはスルーして、予め用意した結論に相手を誘導していくのが論理的なのかと、ツッコミのひとつも入れたくなります。もうこうなると何を云っても無駄というか、理性的な会話は期待できません。
本当に君はこれが核弾頭製造には使用されないと一〇〇%確信できるのだね?
可能性は低い? どの程度? 一%でも疑いがあるなら警戒するべきでは?
君はアメリカの人口がどのくらいか知っているかね。一%が何百万人に相当すると思う?
君はそれだけの人命に責任が持てるのかね。
もう理論が飛躍しまくりで、もはや開戦の口実を探しているとしか思えない(いや、そうなんでしょ)。せっかくの調査も、分析も、役に立てようと云う気が政府の側に見られないのでは、何をしても無駄か。
ナオミが協力者から得た情報では、湾岸戦争後、他ならぬアメリカによってイラクの核開発計画は中止の憂き目に遭っている。
また、旦那さんであるショーンにまで協力を仰ぎ、ニジェールからイラクへのウラン輸出の実態を調査してもらうのですが、こちらもシロと結論づけられる。
ここでショーンが、実に論理的に状況証拠から「天然ウラン輸出の実態はない」と結論づける過程が見事です。冴え渡る素人探偵の名推理。
でも、この報告もどこでどうねじ曲げられたものやら。
ブッシュ大統領の演説に唖然とするショーン。観ているこっちも開いた口が塞がりません。
ここからのショーンの反応がいかにもアメリカ的と云うか、「長いものに巻かれる」ことを潔しとしない態度は立派です。立派ですが、それがどんなトラブルを引き起こすか、あまり深く考えていなかったような節も見受けられます。
正義は勝つという信念があるのはいいですよ。堂々と反論する。素晴らしいデス。
でも敵が自分と同じ土俵で戦うと、なんか信じ込んでいたようにも思えます。相手はCIAだし、その上はホワイトハウスなんですけど。
結果として、国家の威信を守る為に政府が、どんな手に出たかと云うと……。
国に尽くしてきた職員の身元をバラして、意図的に人格を否定し、名誉を傷つけ、信用を失墜させ、やりたい放題。世間からは非難ごうごう。遂に夫婦仲にさえ亀裂が入る。
組織がそのつもりになったら、個人の存在なんて……。これは国家によるイジメか。
イジメの「格好の標的」にされてしまった夫婦に強いられる孤独な戦い。
しかしここで悲観的にならないのが凄い。ウィルソン氏役がショーン・ペンである理由が納得できます。さすがは信念の人だ。追い詰められても「大声で叫べば、それが真実なのか?」と堂々と主張する。
一時は心が折れかけたナオミも、何が大切なのかに気づき、夫婦の固い絆を取り戻す。ちょっとクサい演出ですが素晴らしいデス。しかも実話だし。
公聴会が開かれ、証言の為に宣誓するナオミの凛とした姿でドラマは終わります。監督がダグ・リーマンであるとは信じられないくらい、見事な社会派映画でした。
エンドクレジットが流れる中、本物のヴァレリー・プレイムさんの映像も観ることが出来ます。ナオミ・ワッツの役作りは実に見事でした。ショーン・ペンもウィルソン氏にそっくり。
でも情報漏洩の張本人である政府高官のその後の扱いがねぇ。懲役の年数が少ない上に、恩赦とか云われますと、釈然としない部分もあるのですが、そのヘンも含めて「実話」なのか。
ところで一部のクレジットに伏せ字があったような気がするのですが、あれはやっぱり明かすとマズいことがあるんでしょうかね(笑)。
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