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2012年12月4日火曜日

007 スカイフォール

(007 : SKYFALL)

 007シリーズ生誕五〇周年記念作にして、シリーズ第二三作です。六代目ボンドであるダニエル・クレイグの三作目となりました。
 六代目ボンドの前二作は連続したドラマでしたが、今回は独立したエピソードとなりました。
 あれ、巨大犯罪組織〈クォンタム〉はどうなったのだ。ミスター・ホワイトはどこへ行ってしまったのか。その辺は全部スルーです。
 前作『慰めの報酬』(2008年)は興行成績はイマイチだったらしいから、あまり前作に拘っていると、ロクなことがないと云う判断でしょうか。

 タイトルにもなっている「スカイフォール」とは何を指すのか、と観る前から疑問でしたが、あまり本筋に絡んだ題名では無かったですねえ。
 「空が落ちる」と云うと、SF者としては『機動戦士ガンダム』を連想してしまうのですが、本作は別にジェームズ・ボンドがコロニー落としを阻止するとか、そんな破天荒なストーリーではありませんでした(ロジャー・ムーアじゃあるまいし)。

 これはボンドの出生地がスコットランドであると云う設定に基づいたもので、劇中に登場する「ジェームズ・ボンドの生家」の名前が「スカイフォール」でした。「スカイフォール館」とでも呼ばれるのでしょうか。
 シリーズ中に登場するジェームズ・ボンドのプライベートな設定はごく僅かですが、本作で生家が登場したのは興味深いです。
 そうかー。あれが「ワールド・イズ・ノット・イナフ」を家訓としていたボンド家かあ。

 アデルの歌うオープニング主題歌のバックにも、雄鹿のシルエットが出てきたりしましたが、それもこれも皆、クライマックス前に登場するボンド邸を観れば納得です。スコットランドですから、鹿をモチーフに使うのもケルト的。
 恐らく、館の名前である「スカイフォール」もケルトからの引用でしょうか。
 ケルト神話に於けるゲッシュ(誓約)の文言に「蒼天落ち来たりて、もの皆すべて押しつぶさぬ限り(中略)、この誓い、破らるることなし」と云うのがありましたからね。
 他に「スコットランド」と「空が落ちる」で連想できるものが思い浮かびませぬ。

 さて、六代目ボンドは歴代ボンドの中でも最もリアル路線寄りなボンドですが、本作に於いてもそのスタンスは変わることはありません。前作があまりにも地味だったので、どうなることかと思いましたが、いきなり無茶な方向転換はしませんでしたね。
 秘密兵器も最小限。と云うか、アレでは無いに等しいのでは。
 「指紋認証装置付ワルサーPPK」と「小型無線発信器」だけ。なんじゃそりゃ。
 ボンドカーも支給してくれない。
 Q課の怠慢だッ。

 まぁ、本作では序盤でMI6本部ビルが爆破されてしまうので、仕方ないことではありますかね。きっとQ課の装備品はそのときに全部、吹っ飛んだのでしょう。
 本作では本部ビル再建までのつなぎとして、ロンドン市内にある防空壕跡地に引っ越しております。防空壕内のMI6本部のセットはなかなか凝っていて、「対テロ戦争を遂行するMI6」と云う設定が「今は戦時なのだ」という台詞に填まっておりました。
 逆に余分なスペースが無いので、ボンドとQの顔合わせも本部では無く、美術館の中と云う変わったシチュエーションで行われます。
 新たなQ役はベン・ウィショー。「Qと云えばデスモンド・リュウェリン」のイメージの強い私としては、この歴代最年少のQが気に入りました(ジョン・クリーズには悪いけど)。「マッチョなオヤジ」ボンドの対極にいるような「ITヲタク青年」のQが並んだ図は実に微笑ましい。

 大した装備も無いままボンドは任務に就くわけですが、前作のように地味な展開にはなりませんです。やはり監督と脚本で随分と印象が異なるものです。
 監督はマーク・フォスターからサム・メンデスに交代。サム・メンデスと云えば『アメリカン・ビューティー』(1999年)とか、『ロード・トゥ・パーディション』(2002年)くらいしか存じませぬが、キャラを立たせた演出が巧いので観ていて実に楽しいです。
 脚本からも前作のポール・ハギス色が消えたので、社会派に偏ったストーリーで無くなったのが良かったのか。

 そして本作でボンドの敵となるミスター・シルヴァ役が名優ハビエル・バルデム。この存在感は今までの歴代悪役の中でも出色と申せましょう。
 まぁ、ちょっと金髪に染められて、見た目がヘンになっちゃってますケド。『ノーカントリー』(2007年)の殺し屋役と云い、どうしてバルデムさんは髪の毛をイジられることが多いのであろうか。本作でも別に金髪にしなくても充分存在感をアピールできると思うのデスが。
 でもってバルデムさんの演技力も素晴らしいが、キャラクターの設定にもまた意表を突かれました。なんと歴代悪役の中で、一番スケールの小さい人です。世界征服も、人類絶滅も企まない。国家的な陰謀もなし。
 まったくの個人的な恨みを晴らす為だけに行動する悪役。なんとまあ。
 これが本作中でのM(ジュディ・デンチ)の主張する「不透明な世界」を体現しております。もはや国家の安全保障を脅かすのは、他の国家などではない。個人が国家の安全保障に対する脅威となり得るのである。
 個人または個人の集合であるテロ組織こそが、これからの敵となるのだ。

 そのMの言葉を裏付けるように、サイバーテロを起こし、ロンドンの地下鉄で爆破テロを起こすバルデムさん。すべてはMに復讐する為だけにやっている。
 元はMの部下であり、ボンドの先輩諜報員でもあったのに、MI6に裏切られ、使い捨てられ、自決までしたが死にきれずに蘇生してしまい、以後の人生をMへの復讐に捧げると云う、凄まじい生き方をしております。
 だからボンドにも、なかなかフレンドリーに接してくれますが、ニコニコ笑いながら「調子はどう?」と古傷の具合を尋ねるのもなんかコワいッ。

 ところで本作では、ダニエル・クレイグはアクションに次ぐアクションを披露してくれるのですが、バルデムさんのアクションはありません。ボンドがバイクで屋根を上を走り、列車の上で格闘し、高層ビルのエレベータにぶら下がったりしているのに、バルデムさんには何も無し。
 一度は捕らえたバルデムさんが脱獄する場面も、策略に気付いたボンドが急行すると、警備員がバタバタ倒れていてバルデムさんの姿が無い、と云う演出になっている。どうやったのか説明はありません。
 同じような演出は随所にあって、Mを助け出したボンドが、バルデムさんをおびき寄せるエサをネット上にバラ撒くようにQに依頼するのですが、具体的にどうやっているのか説明は無し。このあたりの省略した演出が巧いです。

 敵の狙いがMであるなら、M自身を囮に使ってバルデムさんをおびき出そうというボンドの策略です。ここでロンドンからの脱出に使うボンドの私物が、アストンマーティンDB5。なんだ、ちゃんとボンドカーも登場するじゃなイカ。
 しかもこのアストンマーティンは、座席に脱出装置が付いていたり、前面にマシンガンが装備された『ゴールドフィンガー』仕様になっているのが楽しいです。
 本作では随所に過去作品へのオマージュが小ネタとして仕込まれていて、ファンであれば幾つ見つけられるか競ってみるのも一興でしょう。

 そして物語は、最終決戦の場であるスコットランドのスカイフォール館へ。
 本作は、序盤のトルコ(イスタンブール)、中盤の中国(上海からマカオ)以外は、イギリス国内(ロンドンからスコットランドへ)で進行していく筋立てなのも珍しいです。
 実はマカオの場面のあとで、バルデムさんのアジトである「マカオ沖の無人島」が登場するのですが、ここは日本人にはちょっと嬉しい場面です。
 「住民を追い出して無人にした島を独占している」と云う設定ですが、見た目がまるで「長崎の軍艦島」です。へえ、マカオにも軍艦島みたいな島があるんだ──と思ったら、エンドクレジットで「長崎市軍艦島」と表示されたのでタマゲました。
 そこだけ日本かよ! でもあまりロケされたようでもなく、島の外観イメージからセットとCGで再現されているようで、次回作ではちゃんと日本に来てロケしてもらえぬものかとお願いしたいデス。

 一旦、敵の手から逃れたボンドが、逆にエサを巻いて、罠を仕掛け、敵が来るのを待ち構える図も、今までのシリーズには無かった展開ですね。大体、今までは、手掛かりを追って敵の本拠まで辿っていき、敵の策略を阻止するのがほとんどでしたが。
 罠を仕掛けて待ちの姿勢になるボンドと云うと、『女王陛下の007』(1969年)でチラっと描かれたくらいしか記憶にありません。

 そして(どうやってだか判らぬが)ボンド達の居所を突き止めたバルデムさんが手下と共にスカイフォール館へ襲撃を仕掛けてくる。結構な大人数に、武装も豊富なところが、とても個人の組織した勢力には見えませんねえ。
 ひょっとして、やはり本作にも〈クォンタム〉が関係しているのでは無いかと思ってしまいます。
 多勢に無勢のまま、敵を迎え撃つボンドとM。MI6のサポートがサッパリ無いのが腑に落ちませぬが、サスペンス的な盛り上がりは素晴らしいです。手下共を一人また一人と片付けていくボンド。
 結構、敵味方共に疲弊していく様子がリアルです。

 そして遂にMを追い詰めるバルデムさん。この場面は実に壮絶で、ハビエル・バルデムの鬼気迫る演技が圧巻でした。ジュディ・デンチの方も素晴らしいのは云うまでもありませぬが。
 かつての部下として、Mへの愛憎半ばする感情を吐露し、Mを殺すだけで無く、自分も一緒に心中しようとするのが怖ろしい。
 こんな悪党は007シリーズ中、初めてです。
 間一髪、遅れを取っていたボンドが最後には駆けつけるのですが、本気で心中が成功するのでは無いかと思われました。

 実はジュディ・デンチのMは、本作が最後になります。
 劇中でも、序盤の作戦失敗や本部爆破のこともあって、引責辞任を勧められ、審問にもかけられる。しかも本作では敵役との因縁も深く、今までに無くMの出番が多いエピソードになっています。
 実は本作のボンドガールは、ジュディ・デンチなのです。これまた歴代最高齢のボンドガールですね(最高のボンドガールでもあるか)。
 一応、若い女性でナオミ・ハリスや、ベレニス・マーロウも共演しておりますが、大した役では無い。

 そしてMを辞任させようとしているのが、レイフ・ファインズですよ。しかもレイフ・ファインズは悪役では無く、それなりに立派な人物であると描かれている。ダメ押しに役名が「マロリー中佐」ときた。頭文字がMか。
 ひょっとしてMも交代してしまうのか、という予想は的中し、ラストシーンでは新生MI6のボスとなったレイフ・ファインズが、ダニエル・クレイグに任務を与えるところでエンドです。
 ナオミ・ハリスはレイフ・ファインズのアシスタントと云う役柄で、そのまま秘書となるので、まさかと思ったらラストで苗字が「マネペニー」であると明かされる。
 すると次回からは、レイフ・ファインズのM、ナオミ・ハリスのミス・マネペニー、ベン・ウィショーのQという新体制になるわけか。
 色々な意味でシリーズ五〇周年記念に相応しい、面白い作品になりました。

 でもダニエル・クレイグが今後も続投するなら、次回作では〈クォンタム〉と決着を付けてもらいたいです。ミスター・ホワイト(イェスパー・クリステンセン)の再登場をッ。




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