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2012年11月24日土曜日

ドリームハウス

(Dream House)

 ダニエル・クレイグ、レイチェル・ワイズ、ナオミ・ワッツらの共演によるサイコスリラー映画です。
 郊外の戸建て住宅に引っ越した幸せな一家の身の回りに頻発する不審な事件。やがて、このスウィートホームが、数年前に一家惨殺事件が発生した、いわく付きのワケアリ物件であったと知る(ホラーやサスペンス映画にはアリガチな定番設定ですね)。
 家の周辺に跋扈する怪しい人影。何か知っていそうなのに口をつぐむ隣人。殺人鬼が再び街に舞い戻ってきたのか。

 ──と云う筋立てだけだと、よくあるパターンのサスペンス映画のような感じデス。しかし監督が名匠ジム・シェリダン。
 『マイ・レフトフット』(1989年)とか『父の祈りを』(1993年)の監督であると聞けば、なんか妙な感じデスね。『イン・アメリカ/三つの小さな願いごと』(2002年)なんてのもありました。寡作な監督です。
 私が観たのはジェイク・ギレンホールとトビー・マグワイアが主演した『マイ・ブラザー』(2009年)か。
 しかしそのどれもが感動的なヒューマン・ドラマ(全て観ているわけではありませぬが)。
 それが今度はサイコスリラー映画の監督とは、いかなる心境の変化によるものか。

 でもやっぱり、ヒューマン・ストーリーの名匠らしくフツーのスリラーには、なっておりませんでした。
 脚本がなかなか捻っていて、シェリダン監督が興味を惹かれたと云っておられるのも納得です。本作の脚本はデビッド・ルーカ。
 最近ではジェニファー・ローレンス主演の『ボディ・ハント』(2012年)も、この人の脚本だそうで、スルーしてしまったことが悔やまれます(でもあちらの方は正統派B級スリラーらしいですけど)。
 本作は序盤がサスペンス展開、中盤でオカルトホラー色が入り、終盤にはスリラー映画となって、家族愛あふれる感動的結末を迎えると云う、一粒で二度も三度も美味しい不思議なテイストの作品に仕上がっております。ただのサイコスリラーじゃないところが、流石はジム・シェリダンと云うべきなのでしょうか。
 逆に定番B級スリラーを期待していると、ちょっと肩透かしを食らうことになるのかも。
 音楽がジョン・デブニー。少女の歌声や、オルゴールの音色を使ったスコアが、いやが上にもホラーっぽくて緊張感を高めてくれます。静かで抒情的な旋律が逆説的にホラー映画ぽいと云うのもお約束ですねえ。

 冬のある日、NYの企業でバリバリ働くビジネスマン、ダニエル・クレイグが退職する場面から幕を開けます。
 今まであまりに家庭を顧みてこなかったことを反省してか、退職して郊外に引っ越し、家族と共に暮らしながら、作家への転身を図っているらしい。
 職場の仲間達からは「ここに住んでいるのかと思っていたわ」と云われるほどの会社人間だったようです。
 よくある導入部のようですが、後半にこの場面が伏線として効いてくるのが面白かったデス。細かい部分に伏線があるのが、ミステリ映画のようです。
 ダニエル演じる主人公の名前──「ウィル・エイテンテン」とはまた一風変わっています──にも理由があったりします。

 ダニエル・クレイグとレイチェル・ワイズの仲睦まじい夫婦の様子が印象的ですが、本作での共演を機に二人は本当に結婚してしまったそうで、それも納得の演技です(いや、もはや演技じゃなかったのか)。
 本作では、ダニエルとレイチェルの夫婦には娘が二人いるという設定になっており、出演しているのはテイラー・ギアとクレア・ギアと云う本当の姉妹です。この女の子達がまた可愛いらしくて、序盤のダニエルのリア充っぷりが堪らんです。
 この女の子らは『インセプション』(2010年)にも出演しておりました(レオナルド・ディカプリオの娘の役で、各々が三歳児の時と五歳児の時の役でしたが、ほぼチョイ役です)。

 通りの向かいにある隣家の奥さん役がナオミ・ワッツです。
 何か知っていて、云いたそうにしているのに教えてくれないと云う、思わせぶりな奥さん。年頃の娘さんと旦那さんとの三人家族のようですが、夫婦仲はあまりよくない様子が見受けられます。
 この旦那の役はマートン・ソーカス。つい先日も『リンカーン/秘密の書』(2012年)で、奴隷商人でヴァンパイヤと云う役を演じておられました(リンカーンに最初に倒されるヤツね)。総じて悪役が多い人なのか。『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズではケレボルン(ガラドリエルの夫君でエルフの王様ですヨ)を演じていたのに……。

 やがて過去の事件の経緯が明らかとなり、一家惨殺犯人はまだ逮捕されていないと云うことを知る。警察に掛け合っても、捜査資料を見せてはもらえず、家族を守ろうとするダニエルの行動も、ちょっと焦りの色が濃くなってきて、少しばかりアブなく見えてくる。
 このあたりまではサスペンス映画としては手堅く演出されていますが、ここから脚本は第二段階に移行です。
 いつまで経っても犯人らしい奴が現れないから、もしやと思っていましたが……。

 自分こそがその探している殺人鬼であった──となるワケで、ここからちょっとオカルト気味になってきます。
 今まで自分と話していた奥さんや娘達は、既にこの世にはおらず、他の人の目には映っていなかったのだとなる。果たして、彼女達はゴーストなのか、それとも幻覚に過ぎないのか。
 新しく買ったと思っていた家も、自分の記憶を都合良く改ざんしていたことが明らかになり、ダニエルが少し正気に返り始めると、家の様子がガラリと変わるのが巧い演出でした。スウィートホームが廃屋も同然の有様に(背景美術がイイ仕事しています)。

 愛する家族を自分が殺す筈など無いのに、世間的には自分が殺したことになっている。真犯人が他にいる筈だが、記憶が失われて、何があったのか思い出せない。
 警察によると、狂気に囚われた亭主が娘二人を殺害し、妻も殺そうとしたが、奥さんの最後の抵抗で瀕死の重傷を負わされ、病院に収容された──ことになっている。
 やがて回復したダニエルは、自分の凶行を認めず、妻子が死んだことに耐えられず錯乱し、記憶を改ざんして別人になってしまった。
 警察も「犯行はダニエルの心神喪失によるもの」として不起訴にしたので、退院することになったが、既にダニエルは別人として生き始めていたと云うのが真相。

 「エイテンテン」と云う奇妙な苗字も、精神病院に於ける自分のカルテの番号「8-10-10」から取って、自ら名乗っていたに過ぎない。冒頭の退職するシーンに登場していた会社の同僚達も、実は病院の患者仲間だったのだ。
 隣家の奥さん、ナオミ・ワッツは最初からダニエルが「精神病院を退院してきた」ことを知っていたのだが、ダニエルに調子を合わせて黙っていてくれたのだ。不審な態度はダニエルの思い過ごしで、怪しいどころかとても思いやりのある親切な人だったワケですね。

 主人公の主観描写が後半になってひっくり返されるという展開はよくありますが、本作はそれをオチにして終わってしまわないのがいいです。大抵の映画はここまでなんですけどね(これをどんでん返しと勘違いしている脚本の何と多いことか)。
 オカルト展開もここまでで、経緯が明らかになったところで、更に第三段階が用意されています。
 本当は何があったのか。真犯人は誰なのか。
 ミステリ風の展開となり、ラストで遂に真犯人が姿を現しますが、なかなかよく考えられており、ちゃんと伏線も敷いていたのが見事です。殺人の動機がありがちではありますが、「よくあるネタ」でも丁寧に演出されています。
 真犯人を前にしてダニエルの記憶が完全に甦り、そうだったのか的な説明回想シーンもきちんと描写され、実に判り易い。しかも辻褄を合わせるだけで無く、そこから更に危機的状況が出来します。

 真犯人はナオミ・ワッツの命をも狙っており、それを阻止できるのはダニエルだけという状況。真犯人はダニエルの狂気を利用して、今度の殺人の罪もダニエルに被らせようとしているのだが、精神的に不安定なダニエルに勝ち目はあるのか。
 意識が朦朧としたダニエルが見ると、勝ち誇った犯人が得々として語る傍らに、殺された奥さんレイチェルがことの顛末を見守っているが手も足も出せない(幻覚ですから)。
 しかし幻覚の叱咤激励でダニエルは死力を振り絞って立ち上がるワケで、ここはなかなか感動的な場面です。しかもここでレイチェルがダニエルにしか見えない幻覚のようで、ちょっとゴーストっぽい演出も見せてくれるのが巧いです。
 真犯人の注意を一瞬だけそらせた物音は、果たして偶然だったのか、ゴーストであるレイチェルの仕業だったのか。解釈のしようによっては、『ゴースト/ニューヨークの幻』(1990年)のように、愛する者を救おうとしたゴーストの仕業のようにも思えます。
 ウィンドベルの使い方がなかなか巧くて、小物の存在もきちんと伏線になっておりました。
 さすがは名匠ジム・シェリダン。そして名匠が見込んだ脚本です。

 全ての企みは暴かれ、危機を脱した後に、ダニエルが妻子に別れを告げる場面は泣けます。一瞬、そのままダニエルが妻子の後を追ってしまいそうにも思えましたが、エピローグでその後について触れられていました。
 再び、NYの街を歩くダニエル・クレイグ。通り過ぎる書店のウィンドウには、ベストセラーとなった新刊が展示されており、作者ダニエルの近影が掲示されている。本のタイトルは『夢の家』。
 本当に作家に転身できたようで、ハッピーエンドですが寂寥感漂うエンディングでした。流れるメインテーマがまたもの悲しいデス(だから少女の歌声とオルゴールは、反則的なまでに切ないようッ)。




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