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2012年12月6日木曜日

あの日 あの時 愛の記憶

(Die Verlorene Zeit)

 近年、よくユダヤ人受難なホロコースト関連映画を観るようになりました(戦争映画とはちょっと違いますね)。製作される本数が増えているのでしょうか。
 この前は『ソハの地下水道』(2011年)を観ました。あちらはポーランド映画でしたが、本作はドイツ映画です。
 この手のドラマは大抵が実話に基づくリアルなもので、本作もまた実話ベースであるそうな。

 ナチスの強制収容所で出会った男女が、共に収容所からの脱走を図るものの、生き別れてしまう。三〇年後に、男がTVのトーク番組でインタビューを受けたことがきっかけになり、奇跡的な再会を果たす。

 ドラマとして脚色されておりますが、大筋は実話であるそうです。
 物語は一九四四年のパートと、一九七六年のパートに分けられ、交互に進行していく形式になっております。したがって主役である恋人同士──ハンナとトマシュ──も、四〇年代の若者と、七〇年代の中年の二組が配役されています。
 一九四四年のハンナ役はアリス・ドワイヤー、トマシュ役はマテウス・ダミエッキ。
 一九七六年のハンナ役はダグマー・マンツェル、トマシュ役はレヒ・マツキェヴィッチュ。
 どちらの組も、ハンナ役にはドイツ人俳優、トマシュ役にはポーランド人俳優を起用しております。馴染みのない人達ばかりですが(汗)。
 監督にも馴染みがないです。アンナ・ジャスティス監督はドイツではTV映画を多く手掛けておられるそうですが。

 どちらかと云うと、脇役の方に見覚えがあります。
 一九四四年のパートでは、ナチス将校役で、フロリアン・ルーカスが出演しています。フィリップ・シュテルツェル監督の『アイガー北壁』(2010年)で、トニー・クルツの相棒ヒンターシュトイサー役でしたね(あの滑落シーンは思い出すのも惨い)。
 また、トマシュの母親役がスザンヌ・ロタール(またはズザンネ・ロータ)。ミヒャエル・ハネケ監督作品に多く出演しておられるようで、『ファニーゲーム』(1997年)の奥さんを演じた人でした。他にも『愛を読む人』(2008年)にも出演しておられましたか(観た筈だが覚えがない……)。

 しかし何と云っても、一番見覚えのある人は、一九七六年のパートに登場する、ハンナの夫ダニエル役のデヴィット・ラッシュでしょう。スレッジ・ハマーがこんなところに!
 うーむ。やはりデヴィット・ラッシュの代表作は『俺がハマーだ!』になるんですかねえ。本作の日本語吹替は当然、羽佐間道夫にお願いしたいです(それ以外は許さん)。
 デヴィット・ラッシュは、近年も『メン・イン・ブラック3』(2012年)のエージェントX役とか、『バーン・アフター・リーディング』(2008年)のCIA局員役等で時々お見かけしておりましたが、まさかこんな文芸作品にも出演するなんて。
 似合わないのではと、思っておりましたが、なかなか落ち着いた渋い演技を披露してくれます。黙っていれば渋い人ですね(いかん、どうにもエキセントリックなイメージが染みついて)。

 さて、物語は一九七六年のハンナが手紙を綴るシーンから始まります。
 手紙と云うよりも手記であり、映画全体がハンナの回想になっているという趣向です。

 まずは一九四四年のポーランド。場所は明示はされませんが、どうやらアウシュヴィッツであるらしい。
 序盤からユダヤ人への惨い仕打ちが炸裂しております。収容所は男女別に分けられているので、もっぱらハンナ視点のドラマとしては、女性が収容されている側の描写になるのですが、男性側に負けずに酷い扱いです。
 中年女性の看守によるイジメと云うか、暴行。フツーのオバチャンぽい人でも、ナチスの制服を着ると人が変わってしまうように見えるのが怖いデス。健康状態が悪く、整列中に倒れた女性に対して、オバチャンが容赦なく蹴りを入れる。うーむ。
 戦争映画じゃよく観る場面ですが、女性がやると尚のこと衝撃的です。

 男と女を完全に分離しているわけではなく、労働の内容によっては男女に接点が無いわけではない。特にデスクワークはそのようです。
 ここでトマシュが登場しますが、ちょっと挙動が不審です。収容所の内部を探っているように見受けられる。実はトマシュはポーランド国内軍の密偵であり、わざと収容所に送られ、その内部の様子を記録し、連合国側に報告する任務を帯びていたのだった。
 これは実際にそう云うことをやったポーランド国内軍の兵士がいたそうで、そのエピソードを戴いているようです。

 だから収容所からの脱走も、予め準備している。ちゃんと脱獄の準備をしてから投獄されているので、スリリングではありますが不自然ではないです。
 当所は自分一人で脱走する予定でしたが、収容所内で知り合ったハンナと愛し合うようになり、トマシュは独断で計画を変更してハンナを連れて逃げようとする。
 このあたりのサスペンス・タッチの演出はなかなか手堅く進行していきます。
 特にトマシュは近眼でメガネをかけているのに、ドイツ軍将校に変装しているときは眼鏡を外さねばならず、視界が悪くなってよく見えないと云う演出が巧い。
 結構、ハラハラさせてくれますが、首尾良く脱走には成功です。

 一方、一九七六年のアメリカ。NYでは中年になったハンナが幸福に暮らしている。学者である夫が何かの賞を受賞し、それを祝うパーティの準備の最中です。
 たまたまTVから流れてきた音声を耳にしてハンナは硬直する。TVでは初老の男性が戦争体験を語っているところで、その男性こそがトマシュであった。TV局に電話し、ポーランドで製作された番組が放送されていたのだと知る。

 ドラマは現在と過去を交互に行き来するので、一緒に収容所を脱走したのに、いつの間にか生き別れ、別々に家庭を築いている状況が先に語られます。
 一体、どこで生き別れてしまったのか、と云うのが中盤からのドラマの焦点になっていくわけで、戦時中のポーランドの状況が背景に描かれております。一九四四年のポーランドですので、「国内軍はワルシャワで一斉蜂起する」なんて台詞も飛び出します。
 このポーランド国内軍の状況は、特に明確に説明されない──多分、ヨーロッパの人には自明のことなのか──ので、ちょっと判り辛いところもあります。

 ポーランド国内軍は、ナチス・ドイツに対する抵抗組織としては、ユーゴスラビアのパルチザンに次ぐ大きな組織だったそうな。しかしポーランド亡命政府の組織だったので、戦後の共産圏に組み込まれた状況では、ソビエト側は国内軍を快く思っていなかったとは、鑑賞後にあとで知りました(ナチスに対しては共同して戦っていたのに)。

 劇中で、二人が首尾良くトマシュの兄の家に身を寄せる場面があります。しかし兄弟はそろってワルシャワでの蜂起に参加してしまい、ハンナは兄嫁と二人で暮らしている。
 なかなか帰ってこない兄弟の身を案じる女性達ですが、「ワルシャワ蜂起は二ヶ月くらい続いた後に鎮圧される」と云うことを知っていると、尚のこと切ないのでしょう。
 結局、兄弟のうち兄が先に帰ってくるが、蜂起中に兄弟は別行動になり、その後の消息は判らない。そうこうするうちに、今度はソ連軍が押しかけて来て、トマシュの兄夫婦を連行して行ってしまう。
 何故、ソ連軍がそんなことをするのか、劇中では説明されずよく判りませんでしたが、国内軍は反共組織と見なされていたと知って納得しました。すると兄夫婦はシベリアの収容所送りになって、最終的に処刑されてしまうのか……。

 また、一九七六年のパートでは、ポーランドで暮らすトマシュには大学生になる娘がおり、「教科書から国内軍の記述が削除されるなんて許せない!」なんて息巻いている場面も描かれます。時代は冷戦中でしたからねえ。
 歴史教科書の問題はどこの国にもあるのかと、興味深く感じました。ソビエトが崩壊し、冷戦終結後の現代ではポーランドの歴史教科書に国内軍の記述は復活しているのでしょうか。

 結局、兄夫婦が不在の家でトマシュの帰りを待つハンナでありましたが、息子がユダヤ人の娘と結婚することを許さない母親の介入で、ハンナは自分から出て行ってしまう(居づらいしねえ)。書き置きを残していくものの、これまた母親の妨害で遂にトマシュの手には渡らず。
 そしてどうやらそれっきりになってしまったようです。
 兄より遅れてワルシャワ蜂起から生還したトマシュは「ハンナは死んだ」と云う母の言葉を信じ、遂に双方共に相手は亡くなっているのだと思い込む。
 割とオーソドックスなすれ違いのドラマでしたね。あまり劇的なことはなかったか。

 一九七六年では、やっとトマシュの居所を突き止めたハンナですが、会うべきか会わざるべきかで迷い続けている。
 ここでハンナの背中を押してあげるデヴィット・ラッシュが実に渋いです。
 「会わないと過去の追憶がいつまでも追ってくる。会いに行くべきだ」
 実は旦那さんはハンナが隠している過去も、とうにお見通しだったと云うわけで、あのデヴィット・ラッシュがこんな優しい御亭主を演じていることに軽く驚きました。いい人だ。
 そしてやっと決心するハンナは、出発前に夫に宛てた手紙を書き始める。
 これが冒頭のシーンと繋がる仕掛けで、実はドラマ全体が夫に宛てた手記の内容だったと云う次第。

 しかしケジメだとしても、会ってからどうするのだろうかと、ちょっと考えてしまいました。よもやヨリを戻すことはあるまいが(あの優しい旦那さんに対してそんな仕打ちは裏切りですよ!)、トマシュの方も離婚している設定だし、まさか……。
 ドラマはそこまでは描きませんので、そこから先は各自が想像するより他はありません。
 連絡を受けてハンナを迎えに行くトマシュですが、三〇年ぶりに対面し、双方共に硬直したように動かないまま、エンドです。うーむ。
 ちょっと唐突な感じもしましたが、静かなピアノの劇伴が余韻を残すエンディングでした。




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