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2012年10月26日金曜日

アルゴ

(ARGO)

 ベン・アフレックが製作、監督、主演を努めたサスペンス映画デス。色々と浮き沈みはあるものの、近年のベンは『ザ・タウン』(2010年)とか『カンパニー・メン』(同年)とか良作を連発しておりますね。ゴールデンラズベリー賞最低主演男優賞を三作連続受賞という輝かしい経歴──『デアデビル』、『ジーリ』、『ペイチェック/消された記憶』ね──は、もう忘れてあげてもいいか(でもヘッポコなベンも好き)。
 また、監督としても確かな力量をお持ちのようで、監督業をメインにした方がいいのでは。

 さて、本作では近代国家イランは如何にして誕生したのかを冒頭でサラリと説明してくれる演出がなかなか巧いです。
 かつてはペルシャ帝国と呼ばれていた国も、一九世紀以降は押し寄せる近代化の波に洗われ国名を「イラン」に統一する。更に一九五〇年代以降、米英の強い支持の元にパフラヴィーが国王(シャー)の地位に就いたが、独裁の色彩が濃く、石油の利権で好き放題やらかした為に民衆の怒りが頂点に達し、遂に一九七九年、アヤトラ・ホメイニ師の元にイラン革命が勃発し、「イラン・イスラム共和国」が誕生するのだった。
 ハリウッド製映画ではよく冒頭の数分間で、ざっくり歴史的な背景を手際よく説明してくれる演出がありますが、本作の説明も短くまとまっていて面白いデス。
 同様の説明では『キングダム/見えざる敵』(2007年)で、サウジアラビア王国の成立についての歴史的レクチャーがあったことを思い出します。

 余談ながら「イラン」とは、ペルシャ語で「アーリア人の国」であると云うことを知って軽く驚きました(いや、映画本編とはまったく関係ありませんけどね)。ナチスドイツの宣伝していたアーリア人とは随分とイメージが異なります(あっちはどうも民俗学的にもトンデモらしいし)。
 ついでに革命のお陰で亡命を余儀なくされた国王は正確には「パフラヴィー」だそうですが──「パフラヴィー朝イラン」と云われても、どうもしっくりこないです──、個人的には当時の報道でも呼ばれていた「パーレビ国王」と云う呼び名の方が馴染み深いです。
 本作でも一貫して字幕では「パーレビ」で押し通しています。

 本作は一九七九年のテヘランで起きたアメリカ大使館人質事件を背景に、運良く人質とならずにテヘラン市内に潜伏できた六名の大使館員(カナダ大使の厚意で匿ってもらっていた)を無事にイラン国外へ連れ出すべく、CIAが仕掛けた奇想天外な救出作戦の顛末を描いたものです。
 あの当時、世界情勢について丸きり理解の足りなかった私は「国王が革命で国を追い出される」という状況に、同情の念を抱いたりもしたことを思い出します。

 なので、本作の冒頭で語られる独裁者パーレビの悪行の数々が非常に興味深かったデス。いやぁ、そんなことしてたら革命だって起きるだろう。自業自得ではないか。
 でも自業自得と云えば、本作の出来事はかなりCIAの自業自得的な側面が感じられます。
 そもそもパーレビを国王にするに当たって、当時の民主的指導者モサデクを失脚させたのがCIAですよ(お得意の謀略でクーデターを起こさせて)。モサデクの石油国有化政策や、ソ連への接近が欧米にとって都合が悪かったのは判りますがね。
 それで権力の座につけてやったパーレビが好き勝手した挙げ句、革命が起こるってのはどうなんでしょね。本作ではそのあたりのCIAの責任にまでは言及されませんが。
 ベンの上司として副長官補佐(ジャック・オドネル)が登場しますが、そのあたりにまで言及する方がより公平な描き方になったような気がします。尺が足りんか。

 ただでさえアメリカ人に対して警戒しているイランに入国して、大手を振って出国できる手段はナニか。考えついたのがハリウッドの映画撮影。イランの砂漠地帯でSF映画の撮影をすると偽り、撮影スタッフを装い大使館員を国外に連れ出そうという作戦。
 当時は『スター・ウォーズ』(1977年)が当たって空前のSFブームが巻き起こっていた頃ですね。SFとは「スペース・ファンタジー」の謂であると云われておりました。やたらと物語が大宇宙に出かけていった頃です。
 まあ、『スター・ウォーズ』だって、チュニジアの砂漠でロケしたのだから、あながちデタラメとも云い切れませんね。そう云えばあの頃のSF映画は大抵そんな荒れ地で撮影されていましたっけ(低予算で済むし)。
 しかし「事実は小説よりも奇なり」と云いますが、天下のCIAがこんな『スパイ大作戦』紛いの作戦を本当に実行したのか。

 「奇想天外な」とは云われますが、当時CIAの会議で検討されていた他の救出作戦よりかは、遥かに現実的で、理にかなった作戦でしょう。
 あの「自転車で国境の山を越える」と云う作戦のどこが現実的なのか。現場の気候にも疎いし(十一月のイランには雪だって降る)、地理にも疎い(テヘランからトルコ国境までの四五〇キロを自転車でか!)。まさに机上の空論。実行されなくて良かったです。

 CIA局員であるベンが息子と一緒に観ていたTVの洋画劇場を観て救出作戦を思いつく場面が笑えます。オンエアされていたのは『最後の猿の惑星』(1973年)。
 スクリーンにもチラリと映りますよ。
 あれは丁度、シーザーが仲間達と核戦争で荒廃した都市を訪れようとしていた場面ですね。いやぁ懐かしい(笑)。
 「SF映画の大半は奇妙な土地で撮影されている」と云うのは、概ね正しいか。

 題名の『アルゴ』とは、この救出作戦の為にデッチ上げられた架空のSF映画のタイトル。
 それらしい脚本も用意されますが、これがもう箸にも棒にもかからない正真正銘のB級映画なのが笑えます。あからさまに『スター・ウォーズ』のパチモン臭く、『フラッシュゴードン』のテイストも混ぜ込んだ、絶対に金と時間の無駄遣いのような作品です。でもちょっと観てみたかったような……。
 ベン・アフレック主演で製作してもらえぬものか。
 でもこの『アルゴ』の元ネタは、ロジャー・ゼラズニィの傑作SF小説『光の王』だと云うのが信じられませぬ。嘘だーッ。

 映画製作に協力するプロデューサー役がアラン・アーキン。ジョン・グッドマンは特殊メイクの専門家の役。本作のコメディ描写はほぼこのふたりの漫才によるものです。
 フェイクなので、ポシャることを前提に映画製作の準備が進められていく。「サイテーの脚本が必要だ」と云うあたりが、メル・ブルックスの『プロデューサーズ』(2005年)のようでした。
 本気で製作発表までして、本物の映画雑誌に取材させると云う念の入れよう。敵を欺くにはまず味方からと云うわけですが、雇われたエキストラ達がちょっとだけ可哀想でしょうか。
 それとも企画が流れるのはハリウッドではいつものことだと気にもしないのか。
 でも当時、そんなSF映画の製作が話題になりましたかねえ。記憶に無いです。
 撮影所内の風景として、エキストラさん達が『宇宙空母ギャラクティカ』のサイロン兵のキンキラ装甲服でウロウロしているところが映ります。妙なところで時代考証に力を入れてます(笑)。

 映画の撮影を利用して国家が嘘をつくと云う筋立てに、少しだけ丹波哲郎と藤岡弘が出演した『東京湾炎上』(1975年)を思い起こしました。
 あれは確か人質を取って立て籠もったテロリストの「コンビナート爆破要求」に、ミニチュア特撮のフェイク映像で欺こうとするサスペンス映画でした。イマドキはCG全盛ですから、こんな手に引っかかるヤツはいないか。
 あるいは、ロバート・デ・ニーロとダスティン・ホフマンの『ウワサの真相/ワグ・ザ・ドッグ』(1997年)にも少し似てますか。
 大統領選挙のスキャンダルをもみ消す為に、映画のプロデューサーがアルバニアでの架空の戦争を演出してみせるというストーリーでした。

 作戦にゴーサインを取り付け、いよいよトルコからイラン入りするベン。テヘラン空港着陸前に白く雪を被った高い山脈が背景に映ります。ひょっとして、自転車作戦で越えようとしていた山があれかしら(イヤ絶対無理だろ)。
 イランに入国してからは、緊張感は増す一方。それまでのユーモラスな準備風景から一転して、命を賭けたシリアスな場面が続きます。
 このサスペンスの盛り上げ方は実に見事です。

 言葉の判らない異国にいると、もうそれだけで相手がナニを考えているのか判らなくなると云う演出が巧いです。実はペルシャ語で他愛の無いバカ話をしていても、こちらの正体に気付いているのでは無いかと疑いたくなる。
 ロケハンに随行してくるイラン文化省の役人の言動も実に怪しい。こちらにカマをかけてくるような台詞があったりで、気が抜けません。
 また、如何に政治には無関係な映画撮影だと云ったところで、一般市民の反米感情は抑えきれない。西洋人と見るや見境なしに詰め寄ってくるのが怖いです。
 このあたりはもうヒッチコックばりに緊張する場面ですね。

 そうこうする内にも、世界情勢は容赦無く進行していく。ソ連のアフガン侵攻が始まり、モスクワ・オリンピックのボイコットが取り沙汰され、カナダ大使にも帰国命令が出てこれ以上は匿っていられなくなる。
 「ジョン・ウェインが死んでからこっち、ロクなことがないな」と云うジョン・グッドマンの台詞に苦笑しました。そうかー。デュークの逝去もこの頃でしたか(1979年6月11日)。

 紆余曲折の末、六名の大使館員を叱咤激励しつつ、アルゴ作戦は最終局面を迎える。空港でのチケットの手配から、出国審査の過程が実にスリリングです。
 また、イラン当局がジワジワと「行方不明の六名の大使館員」の所在に気づき始める下りや、処分されたシュレッダーの顔写真が少しずつ復元されていく過程にも緊張感が漂います。
 そんな中で、最初は非協力的だった大使館員の一人が、SF映画の絵コンテを片手に熱弁を振るう場面に感心しました。
 飛行機が飛び立つまでの展開には、一時たりとも気が抜けません。
 作戦は成功すると判って観ていても、なかなか安心できない。安堵の溜息が付けるまで引っ張りまくります。これは疲れる。

 エピローグで、作戦を公に出来ない事情や、その後のこともサラリと流されます。
 とりあえず六人は救助されたが、大多数の大使館員が解放されるまでには実に四四四日が必要だった(丁度この日がカーター大統領がホワイトハウスを去る日だったそうな)。
 エンドクレジットでは、当時の報道写真や、救出された大使館員御本人の写真を紹介してくれます。しかも劇中の場面と比較できるように並べてくれるので判り易い。当時のニュースフィルムとアングルまで似せて撮った劇中の場面は実に見事です。
 如何に本作がリアル指向であったかを然り気なく強調しています(ドヤ顔のベンが目に浮かぶようデス)。
 また俳優さん達が出来るだけ本人達そっくりに役作りしていたのかも判ってなかなか楽しい演出でした。

 そして極めつけがラストのナレーション。
 なんとジミー・カーター元大統領御本人が「あの当時、この作戦を公表することは出来ませんでした」などと当時を回想して証言してくれます(声だけで映像はありませんでしたが)。
 御本人はまだ存命中ですからねえ。これにはちょっとタマげました。


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