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2012年10月24日水曜日

伏 鉄砲娘の捕物帳

(Fuse)

 曲亭馬琴(滝沢馬琴)の『南総里見八犬伝』はあまりにも有名すぎて、何度も映画化されたりアニメ化されたりしておりますね。個人的に一番、馴染み深いのはNHK人形劇の『新 八犬伝』でありました。坂本九が黒子姿で進行役を務めたアレ。
 有名作家もインスパイアを受けたり、オマージュ捧げたりで、かの山田風太郎だって『忍法八犬伝』と『八犬傳』の二作も書いている。
 九〇年代にはアニメ化された『THE 八犬伝』なんてのもありましたねえ(LDで買ったなぁ)。

 本作は桜庭一樹の小説『伏 贋作・里見八犬伝』を基にした劇場用アニメ長編時代劇です。
 しかし今や桜庭一樹も直木賞作家ですか。SF者としては桜坂洋と並んでリアル・フィクション作家と云われていた頃が懐かしいです。
 本作では基になった『南総里見八犬伝』が原形を留めぬまでに解体されております。「大胆にアレンジ」しすぎな感じですが、あちこちに残された元ネタを探すのも、ひとつの楽しみ方ではありましょう。

 ここでの犬士は、もはや侍ではない(いや、人間でもないか)。仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の八個の霊玉もありません。玉梓の怨霊も出番無し。
 犬士は〈伏〉と呼ばれ、人間に変身する犬の化け物で、人を襲い、その生珠(いきだま)を喰らう怪物です。早い話が狼男、人狼ですね。
 「身体のどこかに牡丹の花のようなアザがある」という設定はそのまま。

 主人公は浜路。原典では犬塚信乃の恋人で、主人公ではありませんでした(扱いも小さかったしね)。本作では名前が同じだけの別人です。
 陸奥の山奥に暮らす腕利きの猟師の娘が、江戸の街を騒がす怪物に挑む。
 人狼ハンター浜路。このコンセブトにクラクラしました。

 江戸に出てきた猟師の娘が知り合うイケメンの男が信乃。歌舞伎一座の役者であり女形というあたりにちょっとだけ原典の香りが残っております。
 好意を感じて惹かれあう男女が、実は狩る者と狩られる者だったと云うのは、お約束のロマンス展開ですね。

 本作は信乃と浜路メインな物語なので、他の犬士に出番はありません。そもそも浜路が江戸に出てきた時点で、八匹いる〈伏〉も六匹までが既に狩られ、市中でさらし首。
 最初から「あと二匹だ」と云われている状態です。
 おおう。現八も、小文吾も、荘助も、みんなヤラレてしまったのか。変わり果てた姿に(泣)。

 あれ。でも確か浜路の兄貴は犬山道節の筈ですが、よもや実の兄も〈伏〉であり、兄と恋人が倒すべき敵になるのか……。
 と思ったら、道節はフツーの人でした。侍になりたくて故郷を飛び出した、怪しいところなどカケラもない、ちょっと間抜けな浪人です。江戸を騒がす〈伏〉を退治し、その手柄で仕官の道を探ろうという魂胆。
 しかし端から妹の猟師の腕前を当てにしているあたり、あまり頼りになりそうにない。寂莫道人肩柳と名乗り火遁の術を駆使した男が、こんなお人好しの浪人として描かれるとは。
 でも苗字も「犬山」ではなく「大山」だし。

 登場人物の名前に、原典の名残が見て取れますが、全くの別人ですねえ。
 奉行所の役人の名前が「網乾」だったり(さもしい浪人じゃナーイッ)、その部下が「大角」だったり。長屋の仲間で、一膳飯屋のお姉さんが「船虫」だったりします。
 うわ。悪女船虫が、何やら気っぷの良いおねいさんになって、道節に気がある素振りを見せている(笑)。

 登場人物の人間関係もクラクラしますが、本作はビジュアル面での描写がまた独特で、そちらも印象深いです。背景美術が実にカラフルで美しい。
 江戸城のデザインも凄いが、吉原の街がまた凄い。これは一見の価値ありでしょう。
 でも時代考証は二の次です。
 キャラクターの服装やヘアスタイルに、どう見ても江戸時代では無い人がチラホラ見受けられる。黒澤明もやっていたことですが。
 浜路の扱う「鉄砲」も、まるで鉄砲に見えない独特なデザインです。ほとんどバズーカ砲。
 一番気になるのが、瓦版を売る少女でして。瓦版が同人誌のように見えてくるのが笑えます。しかもこの少女の名前がメイドちゃん(ホントに「冥土」と書くのか)。

 時代考証が二の次なのは、音楽にも現れていて、大島ミチルの音楽がまるきり時代劇らしくないのが却って斬新に思われました。
 バンドネオンを使ったタンゴ調のメインテーマは忘れ難い曲調です。劇中に流れる挿入歌や、エンドクレジットで流れる主題歌もまた然り。
 ここまで時代劇から懸け離れてしまえば、特に気にならなくなりますねえ。

 本作の監督は宮地昌幸、脚本は大河内一桜です。
 本作はビジュアル面での出来は素晴らしいのデスが、ちょっと原作からの脚色に難があるように思われます。
 原作を未読のまま鑑賞しておりますが、本筋以外の部分の描写が、ちょっと省略されすぎているような気がします。いや、何から何まで説明しないとイカンと云うわけではありませぬが、ビジュアルの奇抜さで押し切ろうとしている部分が目立ったのが残念でした。

 例えば将軍である徳川家定が「伏狩り令」を発した背景、紛い物を排除することに対することに異様な執念を燃やす理由がよく判りません。また掛け軸に描かれた村雨丸を拝んでいると、村雨丸が実体化したり、里見義実が顕現する理屈もイマイチ明確ではない。
 桜庭一樹の原作にはそのあたりはきちんと描かれているのでしょうか。
 でもやっぱり村雨丸のビジュアルは奇抜です。「抜けば露散る」とは云うが、完全に液状の刀身では露散りすぎデス。

 劇中には滝沢馬琴までも登場して、『南総里見八犬伝』を執筆していたりするのもメタ的です。しかも実はメイドちゃんは馬琴の孫娘だったのだ。
 物語の中に馬琴が登場するのは、山田風太郎の『八犬傳』へのオマージュかしら。他にもあるか。
 また、信乃が演じる歌舞伎の演し物が『贋作・里見八犬伝』と題され、〈伏〉の起源を説明していたりします。この劇中劇の体裁で説明される因縁話が、なかなか面白かったです。

 『南総里見八犬伝』とは異なる物語ですが、実はこちらの方が事実で、滝沢馬琴はその物語に哀れを催し、せめて虚構の中では〈伏〉をヒーローとして活躍させてやりたかったと語ります。正伝と贋作の逆転と云う描かれ方が興味深い。
 虚構と現実、本物と紛い物、と云う対比が何やらフィリップ・K・ディックの小説のようでありますが、人間に化けて市中に紛れている〈伏〉を探して、これを退治するという筋立てが、「大江戸ブレードランナー」と云った趣にも感じられます。〈伏〉はレプリカントか。
 割とコメディ調の演出が随所にあるので、シリアス一辺倒では無いですが、狩られる〈伏〉の悲哀も描かれるあたり、SF者としてはどうしても連想してしまいます。

 それから配役にも触れておかねばなりますまい。
 主演の二人にはまったく問題なしです。信乃が宮野真守、浜路が寿美菜子ですが見事にハマっております。
 個人的には船虫に坂本真綾というのが素晴らしすぎる。道節の小西克幸もコミカルです。
 他にも神谷浩史、野島裕史、水樹奈々、藤原啓治、江原正士、納谷六朗……と、脇役に至るまで錚々たるものです。安心ですね。

 芸能人を起用することもしておりますが、巧い人は巧い。
 例えば、冒頭に登場する寺の住職が竹中直人です。もはやアニメの吹替も数多くこなしておられるし、違和感など微塵も感じられません(八犬伝で住職なのだから、ひょっとしてこの人が「ゝ大法師」なのかしら)。
 劇団ひとりも長屋の住人を演じていますが、問題なし。
 滝沢馬琴役の桂歌丸も、割とそつなくこなしておられる。やはり噺家ですからね。ところどころ気になる部分もありますが、出番も少ないし許容範囲内でしょう。

 でもやっぱり、どんなに出番が少なくても、脇役に過ぎなくても、気になってしまう人はいるものでして……。
 馬琴を手伝う滝沢家の嫁(つまりメイドちゃんの母親)である、お路がね。ものすごいハスキーボイスで違和感バリバリでした。しかも演技も浮きまくっている。もう残念などと云う生やさしいものではないデス。
 一体、この江戸時代のハスキーボイスの主は誰なのか。エンドクレジットを見てビックリ。
 Chara か!

 Chara は本作の主題歌「蝶々結び」を歌っておりますが、それだけにしておけば良かったのに。いや、歌は本当にいい感じで素敵なのですが、やはりその、声優はやめた方が良かったのにと思わざるを得ませんデス。
 まぁ、珍しいと云えば珍しいので、一聴の価値は……ファンならあるか。私は勘弁してもらいたかったが(汗)。

 〈伏〉の最後の一人となった信乃が「伏狩り令」の元凶である将軍家定の命を狙い、クライマックスは芳流閣ならぬ江戸城の天守閣で、浜路と対峙する。
 相手と「つながる」ことにこだわったり、「生き残ったことを後ろめたく思わないで」なんて台詞が飛び出すのは、東日本大震災後の世相を反映させたイマドキの演出でしょうか。

 一応、ハッピーエンドではありますが、人間を喰らわずとも〈伏〉は生存可能だなんて設定は、ちょっとイキナリ過ぎるし、御都合主義ぽく感じられます。もう少し伏線が敷かれていれば良かったのに。
 一件落着後、浜路の元を去った信乃の行動もよく判りません。ラストで信乃から手紙が届くのは、二人はちゃんと「つながっている」と云いたいのでしょうが、もう少し判りやすくてハッピーな結末もあったのではないか……。

 エンドクレジットが縦書きになっているのは、日本の時代劇らしくてよろしいのですが、左から右に流すのではなく、下から上に流していく。
 和洋折衷と云えなくもないが、縦書きクレジットを縦に流すのは、ちょっと読み辛かったデス。




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