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2012年4月4日水曜日

マリリン 7日間の恋

(My Week with MARILYN)

 今年(第84回・2012年)のアカデミー賞主演女優賞レースは「マーガレット・サッチャーとマリリン・モンローのそっくりさん対決である」と評されていたのも宜なるかな──というくらい、本作のミシェル・ウィリアムスがマリリンに生き写しです。
 オスカーは惜しくもサッチャーを演じたメリル・ストリープに持って行かれましたが、ゴールデン・グローブ賞の方はミシェルが主演女優賞を獲得です(ミュージカル・コメディ部門)。
 ミシェルは『ブロークバック・マウンテン』(2005年)や、『ブルーバレンタイン』(2010年)でもオスカーにノミネートされながら逸しておりますが、次こそは受賞できると信じたい。
 個人的には『スピーシーズ/種の起源』(1995年)の少女も成長したなあと感慨深いデス。

 過去、マリリン・モンローを登場人物にした映画と云うと、『マリリンとアインシュタイン』(1985年)とか、『ノーマ・ジーンとマリリン』(1996年)がありますが、それらでマリリンを演じたテレサ・ラッセルや、ミラ・ソルヴィーノに比べても、ミシェルはダントツに似ている(と、思う)。
 あまりにも似ているので、日本語吹替版の制作が心配になるほどです。これは是が非でも向井真理子さんにお願いしなければならぬでありましょう。
 他の声優さんに「ぷぷっぴどぅ!」が出来るでしょうか(いや、本作では云いませんケドね)。

 冒頭さっそくにスクリーンの中で歌い踊る──『紳士は金髪がお好き』(1953年)のミュージカル場面が再現されている──ミシェルの成りきり振りは、お見事と云う他はありません。

 永遠のセックス・シンボル、ハリウッドのアイコン、マリリン・モンロー。
 これはマリリンが『王子と踊子』(1957年)出演の為にイギリスに招かれた際の一週間の出来事を、そのスタッフの一人であったコリン・クラークの回想録を基に映画化したと云う、実話に基づく物語です。ときに一九五六年の英国パインウッド・スタジオでの出来事。
 コリンは当時、第三助監督──ぶっちゃけ何でも屋の雑用係──であった為に、主演女優の雑用をこなしながら、次第に親しくなっていったという。何と云う羨ましい体験を。
 後年、コリン・クラークはドキュメンタリ監督となるそうで、その観察眼はこの頃から培われていたのか。

 物語の語り手であるコリン役が、エディ・レッドメイン。『エリザベス : ゴールデン・エイジ』(2007年)とか、『ブーリン家の姉妹』(2008年)に出演していたそうですが、印象に残っていないです。でも若手の演技派というのは当たっていますか。
 一方、もう一人の主役でもあるケネス・ブラナーが、『王子と踊子』の監督兼主演であるローレンス・オリヴィエの役。ケネスはこのオリヴィエ役でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされておりました。
 本作では他にも当時の有名人を、現在の俳優の皆さんが堂々と演じておられます。
 オリヴィエの奥さんであるヴィヴィアン・リー役が、ジュリア・オーモンド。
 『王子と踊子』で共演するシビル・ソーンダイク役が、ジュディ・デンチ。
 マリリンの夫──三人目の旦那さん──作家のアーサー・ミラー役が、ダグレイ・スコット。
 マリリンのマネージャー役が、ドミニク・クーパー。どうにも『デビルズ・ダブル/ある影武者の物語』(2011年)以来、悪役顔に見えてしまいます。
 他に、撮影所の衣装部の女の子で、エマ・ワトスンが出演しています。コリンとちょっといい仲になりかけるが、コリンがマリリンにべったりな様子に、面白くない顔をするのが可愛らしい。

 冒頭にチラリと一曲披露した後、マリリンはしばらく登場しません。序盤はニート状態なコリンの職探しに費やされます。資産家の息子ではあるが、兄に比べて落ちこぼれな弟という図式。映画に対する情熱だけはある弟は映画業界で職にありつくべく、オリヴィエ・プロに日参してアピールし続け、ようやくアシスタント的な職を得る。
 丁度その時、マリリン・モンロー渡英の報が届き、宿舎の手配を任されるや、機転を発揮してローレンス・オリヴィエに気に入られ、第三助監督に。

 そしていよいよヒースロー空港に到着した飛行機からマリリン・モンローが夫アーサー・ミラーと共に下りてくる。コリンの「関係者の一員になれたファンの心情」はよく判ります。羨ましい。
 しかしあまりにも人気のありすぎるスターは、どこへ行っても人目について心安らぐ暇も無いというのが可哀想です。
 特にこの頃、マリリン・モンローは精神的に不安定な状態が続いていたそうで、睡眠薬やら何やら薬漬けな生活を送っていたという描写があり、後に精神病院に入院する羽目になるという事実を予感させる演出になっています。

 最初は、アメリカのトップスターを迎えてニコニコ顔だったローレンス・オリヴィエも、台本読みの段階から、思うように事が運びそうに無いことを知って次第に険悪になっていく。
 英国側の俳優さんは当然、劇団出身者だし、若い頃から修行を積んできた人達なのに対して、マリリン・モンローの方はモデルから業界に入ってスターになったので、演劇の手法やら常識が欠けている。素人同然のマリリンにやがて周囲は失望の色を隠せなくなる。
 「あんな女、劇団に放り込んでやればいいんだ!」と苛立つオリヴィエ。
 劇団が一種の矯正施設のように云われていますが、ある意味、正しいのですかね。

 期待していたような人材では無かったとは云え、カメラの前で時折見せる天性の才にはやはり光るものがあったりするので、諦めきれないというのがもどかしいです。
 撮影は遅々として進まず、現場に遅刻するわ、セリフはトチるわ、挙げ句に楽屋に引き籠もるわと、スタッフが振り回される状況には同情したくなります。

 しかし一方的にマリリンが悪いのかと云うと、そうでもないか。
 大スターだと持ち上げられても、演技が大根であるのは本人が一番よく知っている。加えて初の海外撮影で、相手役が「あのローレンス・オリヴィエ」とくれば重圧に押しつぶされそうになるのも理解できなくはないです。

 このときベテラン女優シビル・ソーンダイクの見せる優しさに打たれます。出番は少ないけれど、ジュディ・デンチの演じるシビルは印象的です。
 NGを出したマリリンに優しく声をかけ、自分も一緒に勉強していこうという姿勢を見せる。
 「どうしてこんな簡単な台詞が言えないんだ」なんて上から目線で叱りつけるオリヴィエとは真逆の態度です。
 シビルは他にも、第三助監督に過ぎないコリンの身を気遣ったりもしてくれます。大物になっても謙虚な姿勢を崩さない。本作中で唯一、尊敬に値する人物と申せましょう。

 実はローレンス・オリヴィエの方にも人には言えない悩みがあったりするというのが面白い。
 シェイクスピア劇で名を馳せた役者ではあるが、ハリウッドの大スターほどの知名度はない上に、もうそろそろ若くはないのだと老いを感じ始めている。
 マリリン・モンローを起用したのも、彼女を利用して若さを取り戻し、映画スターとしての知名度アップを狙っていたという、下心ありありの企画。

 悩むマリリンに、コリンは冷静で公平な立場からアドバイスする。それが気に入られて、マリリンはコリンを専属の付き人のように扱い始め、会社もそれで万事丸く収まるならと、業務命令を下す。
 あこがれの女優と一緒にいられることで舞い上がるコリン。
 まぁ、天下の大女優に気に入られたからと云って恋人になれるでもなし、第一相手は既に人妻なのだし、撮影が終わればアメリカに帰国するわけだし、端から見込みのない恋であるのは一目瞭然なのですが、そこはもう「若さ」としか云いようのないイキオイで突っ走るコリン。
 恋は盲目とはよく云ったものです。「深みにはまるな」と云う忠告も馬の耳に念仏。

 ミシェル・ウィリアムズの演技も見事です。精神的に不安定でも一生懸命。無邪気で無垢な笑顔を振りまいている。自分が誘っていると云う自覚は皆無なのでしょう。
 男が勘違いするほどサービス精神が旺盛なのも困ります。しかもその所為で自分の意に添わない虚像を作り上げているのに、やめることが出来ない。
 天使のようであり、一番始末に負えない悪女のようでもあります。

 なんだかんだで波風立ちまくりでしたが、撮影も無事完了。ラッシュ・フィルムには輝くばかりのマリリンの姿が納められている。ラッシュを観ながら、シェイクスピアの『テンペスト』の一節を引用するオリヴィエ。

 ──我々は夢と同じもので作られており、我々の儚い命は眠りと共に終わる。

 ローレンス・オリヴィエもケネス・ブラナーもシェイクスピア俳優なので、実によく似合う。
 下心で企画した映画製作に懲りて、オリヴィエは舞台への復帰を決意する。一応、いい薬にはなったのか。
 そして当然、マリリンは帰国。コリンの恋は儚くも破れてしまうわけですが、後味は明るく爽やかなテイストで、一抹のビターな味わいが効いています。
 「大人になったようだな、坊主」なんて周囲から云われるくらい見違える。

 エンドクレジットで、マリリンとオリヴィエのその後の活躍についてが、字幕で解説されます。
 帰国後のマリリンは次作のビリー・ワイルダー監督の『お熱いのがお好き』で大ヒットを飛ばした、と出ます。
 でも『お熱いのがお好き』のメイキング映像とか見ると、マリリンはここでもNGを連発しまくり、共演のジャック・レモンとトニー・カーティスをほとほと困らせたそうな。特にトニーには災難だったようで、「もうあいつとのキスシーンは二度と御免だ」とまで云われたとか。
 さもありなん。




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