2012年2月23日木曜日

おとなのけんか

(CARNAGE)

 『ゴーストライター』(2010年)で良質のミステリ映画を堪能させてくれたロマン・ポランスキー監督が、今度はコメディ映画に挑戦です。御高齢にもかかわらずチャレンジ精神旺盛ですね。
 「子供同士のケンカ」が発展し、双方の親達が泥沼のいがみ合いに突入していくと云うだけの、シンプルなドラマです。
 たったの七九分しかない小品──『ドラゴン・タトゥーの女』の半分しかない(笑)──ですが、非常に緻密な構成で面白かったデス。

 原作があり、戯曲『大人は、かく戦えり(“God of Carnage”)』を映画化したものが本作。オリジナルの方は二〇〇九年のトニー賞(アメリカ)とローレンス・オリヴィエ賞(イギリス)という、演劇界でも権威ある賞を受賞しているそうですが、それも納得でしょう。
 脚本はオリジナルの戯曲を書いたヤスミナ・レザ御本人と、ポランスキー監督が共同で書いています。

 出演する俳優はたった四人しかいませんが、皆さん演技派揃いです。
 ロングストリート家とカウワン家という二組の夫婦によるバトルが描かれるワケで、まずはロングストリート家が、ジョン・C・ライリーとジョディ・フォスターの夫婦。そしてカウワン家が、クリストフ・ヴァルツとケイト・ウィンスレットの夫婦。
 映画では四人の登場人物以外に、隣の部屋に住む人がチラッと映ったり、電話が掛かってきて話す際に受話器から漏れる声が聞こえたりしますが、基本は四人だけ。

 四人のうち、今年(第69回・2012年)のゴールデン・グローブ賞ミュージカル・コメディ部門で、ジョディ・フォスターとケイト・ウィンスレットが二人揃って「主演女優賞」にノミネートされておりました。どちらも「主演女優」と云うのは正しいし、どちらの演技も見事だっただけに、二人で一緒に受賞することは出来なかったのが残念デス(受賞は『マリリン 7日間の恋』のミシェル・ウィリアムズ)。
 しかしそれを云うなら男性陣もノミネートして戴きたかった。ジョン・C・ライリーもクリストフ・ヴァルツも、実にお見事でした。まぁ、同一作品からそんなに多数のノミネートは出せないか。

 今更ですが、本作が今年(第84回・2012年)アカデミー賞のノミネートからスルーされているのが納得いきません。コメディ作品を軽視するなと云いたい。
 『おとなのけんか』もアカデミー賞作品賞や監督賞にノミネートして戴きたかった。まぁ、例え受賞したとしても、例によってポランスキー監督はオスカー像を受け取りに来れなかったでしょうが(汗)。
 それに今年は『アーティスト』の独壇場ですし……。

 ともあれ、この四人がアパートの一室で繰り広げる、リアルタイムの七九分間一本勝負が見どころです。
 一応、本編突入前のオープニングと終了後のエンディングで、アパートの外の様子──NYのブルックリンにある公園──が映されますが、短いシーンですし、全編が密室劇であると云っても差し支えないでしょう。『十二人の怒れる男』(1957年)と同じく、物語は脚本が面白ければ場所など関係ありませんですね。
 物語の舞台はNYですが、撮影は前後の公園シーンのみブルックリンでロケされただけ。室内のシーンはパリのスタジオで撮影されたとか(ポランスキー監督はアメリカに入国すると差し支えがありますしね)。
 制作も、フランス・ドイツ・ポーランドの合作という形になっています。

 事の発端は子供のケンカ。仲間はずれにされて怒ったカウワン家の息子ザカリーが、ロングストリート家の息子イーサンを棒で殴りつけて、顔面に怪我を負わせた、と云う事件。双方共に一一歳の少年。まだ小学生ですね。
 かくしてカウワン家の両親が、謝罪の為にロングストリート家を訪れているところから始まります。

 最初は双方の夫婦は共に「子供のケンカですから」「話し合いで解決しましょう」「本当に申し訳ない」「いやいや、こちらこそ恐縮です」などと和解ムードで談笑しつつ、ドラマは進んでいくのですが……。
 ビミョーな言葉尻や、軽率な発言、思わぬハプニングが重なり、次第に険悪なムードが漂い始める。
 最後はもう、誰もがエゴ剥き出しで怒鳴りあい、泣くわ喚くわ、収拾の付かない大騒ぎになるという筋立てです。
 当初の子供同士のケンカのことなんぞ忘れ去られ、夫婦間の積年の不満や、今まで押さえつけていたストレスが一気に爆発する。
 本当にもう「どうしてこうなった?」としか云いようがない。
 これをリアルタイムで描ききると云う、離れ業。
 撮りようによっては完全ワンカットでも撮影できたかも知れませんが、そのあたりの技巧まではポランスキー監督は求めなかったようで。やったら俳優の方が大変なことになっていたでしょうが。

 本作の教訓はただひとつ。「自分の常識は、他人の非常識である」と云うことに尽きる。
 他人とのトラブルはこのようにして始まるという見本市のような展開は、苦笑するしかありません。内容が内容だけに、大笑いするようなコメディ映画ではなく、顔を引きつらせながら苦笑いするドラマです。
 「これくらいは大丈夫だろう」なんて甘く考えていると、大きく一線を踏み越えていたりします。

 また価値観は人それぞれであると云う、誠に尤もな、当たり前のことも強く感じます。他人を尊重するというのは、結構大変なことなんですねえ(笑)。
 趣味と性格が異なれば、大事にするものもまた変わる。それを蔑ろにされたとき、もはや仲睦まじい夫婦であっても、仁義なきバトルに突入していくのデス。なんと怖ろしい。

 脚本の完成度が高く、ドラマの展開に従って敵味方が変化していくのが面白いデス。
 最初は夫婦と夫婦で争っていたのに、いつの間にやら男同士、女同士に別れて争っている。かと思えば、片方の旦那さんが相手方の奥さんを庇ったり。
 同盟と裏切り(笑)による、四人の男女のバトルロイヤルが、ごく自然な展開で描かれていきます。

 少ない登場人物ですが、皆さんキャラが立ちすぎている。誰一人として、見た目通りではないというのが巧いです。
 ごく平凡な下町の金物屋の亭主。リベラル派でボランティア指向の主婦。沈着冷静な敏腕弁護士。綺麗で優しいワーキングマザー。
 どいつもこいつも一皮剥けばとんでもねー(笑)。

 常識人に見えて、実は動物を虐待しても平気な人とか……。
 ところ構わずケータイで電話し、下品な声で笑う人とか……。
 インテリであることを鼻にかけて内心、人を見下している人とか……。
 ブランド品で武装しているが、中身の無い空虚な人とか……。

 人間、謙虚であることが大事なのだとつくづく思い知らされます。ああはなりたくない──けど、きっと第三者から見れば私も似たり寄ったりなのかも。

 ナニもかもが滅茶苦茶になって、四人とも疲れ切ってヘタリ込む場面でおしまいです。
 まぁ、吐き出すだけ吐き出したから──心理的にも物理的にも──、ここから先は頭を冷やして冷静に話し合い……できるのだろうか。非常に心配デス。
 それにしてもケイト・ウィンスレットがゲロを吐く場面は強烈でした。美人がイキナリ嘔吐するって、インパクトある映像だなあ(笑)。

 ところで双方の両親が修羅場を演じている頃、その原因となった二人の少年はと云うと……なんか仲直りしているように見えるのですが。
 劇中では、ファーストシーンの公園でのケンカは、アップが無いので二人の少年がどんな子供なのかは判りません。セリフも無いし。
 だからラストシーンでも、仲良くしているのが確かにその二人なのかという確信は持てないのですが、多分そうなのでしょう。ケンカしているのは大人だけね。

 ハムスターも無事だし、良かった良かった。

● 余談
 日本で上演された『大人は、かく戦えり』の配役もなかなか興味深いですね。
 ジョディ・フォスターの役は、大竹しのぶ。
 ジョン・C・ライリーの役は、段田安則。
 ケイト・ウィンスレットの役は、秋山菜津子。
 クリストフ・ヴァルツの役は、高橋克実。
 ……これはまた凄そうな配役ですわ(笑)。


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