2009年5月2日土曜日

グラン・トリノ

(GRAN TORINO)

 『チェンジリング』と同じく2008年のクリント・イーストウッド監督作品。一年の間に2本も完成させちゃったのか。しかもどちらも凄い傑作ではないか。
 ところが二作品ともアカデミー賞作品賞にも監督賞にもノミネートされていない。
 一応、『チェンジリング』の方は主演女優賞、撮影賞、美術賞にノミネートされていましたけどね(結局、どれも逸してしまいましたが)。

 二作品とも凄すぎて票が割れてしまい、オスカー候補から漏れてしまったとしか考えられぬ。傑作を量産しすぎる監督というのも困ったものです(笑)。

 さて、グラン・トリノと云うと、私は往年の──と云うほど昔ではないか──海外TVドラマの『刑事スタスキー&ハッチ』でスタさんの愛車が〈真紅のグラン・トリノ〉だったことを思い出します。よもやクリント・イーストウッドが自分でスタスキー役を演じて劇場版化……するワケないね。
 それにアレはベン・スティラーが先にリメイクしちゃっているし。
 これは刑事ドラマではないです(笑)。

 グラン・トリノとは一世を風靡したフォードの名車ですが、バカでかくて燃費の悪そうな車ですね。でもだからこそいかにも「アメリカの車です!」と云う風情。
 多分、ガレージの中でピカピカに磨いて眺めて楽しむのが一番、よろしいのではないでしょうか。

 実際、劇中でもイーストウッド演じるコワルスキー爺さんはそうしている。日常、運転するのはどうでもいいようなオンボロのピックアップトラック。
 グラン・トリノとは時代の象徴であり、コワルスキー爺さんにとっては若かりし日々の古き良きアメリカを思い出すよすがなのである。
 まぁ「アメリカがアメリカであった頃」と云われても日本人にはピンと来ませぬが、何となく雰囲気くらいは判る。
 アジア系やヒスパニック系の移民が住み着くようになり、英語が通じなくなる前の時代。そして社会の格差が広がって治安が悪化し、街が荒廃していく前の時代と云うことか。
 男は自分の家を守り、手入れをし、前庭の芝生はきちんと芝を刈られ、手入れをされているべきである──それが当たり前だった時代か。

 しかし人種を云々する以前に、これはモラルの問題である。
 だからコワルスキー爺さんはピアスをしておちゃらけている自分の孫にもキレそうになる。
 時代に取り残された──と云えばそのとおりであり、何もピアスした若者が悪いわけではないだろうに。きっと孫の態度が真面目なら、爺さんとてピアスにも寛容なのだと思うのですが。
 まぁ、私も孫がお祖母ちゃんの葬儀の席でもケータイをいじっているのは如何なものかと思いますがね。
 この映画では爺さん主観で世の中を見ているので、これに合致しないものはすべて悪となる。

 だから家の外壁のペンキが剥げているのを放置したり、玄関に国旗を掲揚しない隣人は悪なのである。厳しいなあ。そんなこと云われてもなぁ。
 現実にそんな口うるさい人が隣人だったら困ってしまいますね。
 だから孤立してしまうのだが、頑固な爺さんは自分の生き方を決して変えようとしない。
 古くさいが、一面の真理もある。特にモラルの荒廃は目に余る。
 極端から極端に振れるのも如何かと思いますが、女子供が安心してストリートを歩けないのは問題だろう。

 隣家のモン族の少年タオが悪い友達にそそのかされてガレージに忍び込んだことがきっかけで、コワルスキー爺さんと少年の間に関係が生じる。まぁ、爺さん的には「近所の悪ガキを懲らしめる」程度のことだったのでしょう。何となく、自分の若い頃もそうだったんじゃないのと思ってしまうのですが(笑)。
 タオに雑用を言いつけることが、結果的にタオを不良仲間から抜けさせ、更生させることになる。
 偏屈な爺さんとタオが親密になっていく過程で、双方に変化が現れる。タオが女の子をデートに誘う際に、アドバイスしてやる爺さん。そして門外不出のグラン・トリノを貸し出してやる。コワルスキー評価が相当、高くなっているという証明ですね。

 ところでモン族って、よく存じませんでした。タイ、ベトナム、ラオスあたりに分布する民族だそうな。劇中では触れられておりませぬが、明らかに難民の受け入れで米国市民になっているのでしょう。
 最近の映画では『ランボー/最後の戦場』にも、ミャンマーのカレン族という少数民族が登場しておりましたが、アジアの少数民族を扱うのがトレンドなのか。

 言葉の通じないモン族のおばちゃん達が、爺さんの家のポーチに料理をどんどん運んでくる場面が笑えました。さすがの爺さんも、この善意の攻撃にはお手上げですね。

 さて、そうやって更生していくタオを見て、不良仲間──と云うか、こいつらはもうストリート・ギャングですな──が快く思うはずがない。嫌がらせが始まり、爺さんの方もこれを受けて立つ。そりゃチンピラにやられて、この爺さんが黙っている筈ないし。報復に報復が連鎖し、遂にタオの姉がレイプされるという悲惨な事件が発生する。
 この「女性に対する暴力」の描写は胸が悪くなります。容赦なしだわ。

 堪忍袋の緒が切れたコワルスキー爺さんはギャングの巣窟に乗り込んでいくのだが……。
 うーむ。フツーの映画なら、ここで勧善懲悪なアクション場面になるのでしょうが、この映画はそうはなりませんね。

 色々と伏線は敷いてありましたが……。
 健康診断を受けたコワルスキー爺さんが、疎遠にしていた息子に電話したり。診断結果がどうであったかなど、劇中では触れられていないが、どう見ても良い結果であった筈がない。
 この時点で既に、コワルスキー爺さんは覚悟を決めていたのであろう。

 無骨で一徹な漢の生き様には、涙せずにはおられませぬ(泣)。
 クリント・イーストウッドが自分で監督した作品だと、こうなるのは必然か。間違っても服の下に鉄板を仕込んで助かりました、という展開にはならぬか。


 間違っていると云うと──。
 これがハワード・ホークスとか、ジョン・フォードあたりの監督作品であったならと考えずにはおられませぬ。その場合の『グラン・トリノ』とは──

 堪忍袋の緒がちぎれ、朝鮮戦争時代からの愛用ライフルを掴んで立ち上がるコワルスキー爺さん。
 ガンベルトを巻いてコルトの二丁拳銃で武装するタオ。
 ついでにショットガンを背負って追いかけてくる神父さん。
 三人で悪党共の巣窟に殴り込み。
 壮絶な銃撃戦の末、悪党共を一掃するも、神父さんが撃たれてお亡くなりになる。
 ラストは無関心だった街の人々も啓蒙され、荒みきったストリートも再生するのであった……。

 そんなの『グラン・トリノ』じゃねえ。アリエナイ。



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