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2013年5月29日水曜日

カルテット! 人生のオペラハウス

(Quartet)

 引退した音楽家達が余生を過ごす高齢者向介護施設が経営難に陥り、そこに暮らす老人達がホーム存続の為にコンサートを企画する──と云う、イギリスの劇作家ロナルド・ハーウッドの舞台『想い出のカルテット/もう一度唄わせて』が映画化されました。原作者であるハーウッド自身が本作の脚本も書いております。
 音楽イベントで経営難の施設を救済しよう、と云うストーリーは割とよく見かけるパターンであります。
 本作は、クラシック音楽版『ブルース・ブラザース』(1980年)といった趣です。

 ロナルド・ハーウッドは映画の脚本もよく書いておりまして、『戦場のピアニスト』(2002年)、『オリバー・ツイスト』(2005年)、『潜水服は蝶の夢を見る』(2007年)と、名作傑作ぞろいの脚本家でもありますね。
 でもたまに『オーストラリア』(2008年)なんてのも書いちゃうようですが、あれはバズ・ラーマン監督がイカンかったのか……。

 本作の監督はダスティン・ホフマンです。あのオスカー俳優の。へえ。
 初監督作品になるそうですが、題材の選び方がなかなか渋いデスね。本作では監督業に徹して、劇中にカメオ出演とかはしておりません。ちょっと残念。
 出演している配役がなかなか豪華でしたので、ダスティン・ホフマンもどこか片隅にでも登場していてくれれば良かったのに。

 「カルテット」と題されるだけありまして、本作の主演は四人の爺さん&婆さんです。
 マギー・スミス、トム・コートネイ、ポーリーン・コリンズ、ビリー・コノリーの四人組。かつてオペラ歌手として名を馳せた四重唱の歌い手達という設定です。いずれも味わい深いベテラン俳優さん達です。
 最近は妙に高齢者達が主役の映画をよく観るようになった気がしますが、単なる偶然でしょうか。

 マギー・スミスは、『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』(2012年)でのジュディ・デンチとの共演も記憶に新しいです。相変わらず元気なお婆ちゃん役が板に付いていますね。
 トム・コートネイは、『モネ・ゲーム』(2012年)で、飄々とモネの贋作を描いておられました。
 ポーリーン・コリンズは、『アルバート氏の人生』(2011年)で、グレン・クローズを雇っているホテルの女主人役でした。あの強突く張りのマダムが、本作ではちょっと天然なお婆ちゃんに。
 ビリー・コノリーは、トロイ・ダフィー監督の『処刑人』シリーズに登場した、ショーン・パトリック・フラナリーとノーマン・リーダスが演じた兄弟の親父──伝説の殺し屋〈イル・ドゥーチェ〉──が忘れ難いデス(いや、本作では単なる好々爺ですけど)。

 四人の中でもメインとなるのは、マギー・スミスとトム・コートネイ。かつて短期間ながらも結婚して夫婦だったこともあったのに、アッと云う間に離婚し、今では疎遠になっている。
 物語は、かつてのカルテットのうちの三人が暮らす介護施設〈ビーチャム・ハウス〉に、コンサートの助っ人としてマギーが呼ばれてくることから始まる、ちょっとした騒動が描かれております。
 いかに施設を救う為とは云え、別れた元妻とまた歌わねばならないのかと、心穏やかではいられないトム。高齢者メインのラブコメですね。

 加えて、施設の中で老人達のリーダーになる仕切り屋のガミガミ爺さんが、マイケル・ガンボンでした。イギリスの映画で、イギリスのベテラン俳優を起用すると、高確率で〈ハリポタ〉俳優さんが入ってくるのは当然か。
 本作ではダンブルドア校長と、マクゴナガル先生(笑)。

 劇中ではダンブルドア校長……じゃなくて、マイケル・ガンボンは盛んに「このガラを成功させないと、半年後にはホームは閉鎖だ!」と危機感を募らせておりましたが、音楽方面には疎い私は、「ガラ」と云う用語がよく判りませんでした。
 調べると「ガラコンサート」と云う用語がありまして、一般的には「特別公演」とか、「記念演奏会」といった意味になるのだそうです。だったら字幕ではフツーに「コンサート」とか「演奏会」にしてくれた方が判り易かったような。多分、コンサートのことなんだろうと予想は付きますけど。
 それとも「ガラ」とは、そんなにポピュラーな言葉でしたか。

  マギー、トム、ポーリーン、ビリーの四人はかつて一世を風靡したオペラ歌手であり、一番有名な演目は、ヴェルディの中期の傑作とされる歌劇『リゴレット』。
 本作は、特にジュゼッペ・ヴェルディ生誕二〇〇周年を記念して製作された……と云うわけではないようですが、劇中ではヴェルディの作曲した歌曲──『椿姫』の「乾杯の歌」や、『オテロ』の「暗い夜の深まりに」など──が流れます。
 もちろん、『リゴレット』からも、アリア「女心の歌」、「慕わしき御名」なども。クラシック音楽ファンにはお薦めの作品でありましょう。

 しかし始めのうちはカルテットの復活にはマギーは否定的です。往年のような声はもう出ない。今、歌ってもファンを失望させるだけだ、と云うのはよく判ります。
 そこで「あの頃の私らのファンは皆、もうとっくに墓の下だよ」と返すトム。なかなかブラックです。
 かつて人生を共に過ごすことよりも、歌うことの方を選んで破局した二人は、再びヨリを戻せるのか。
 演奏会のトリに指定された、『リゴレット』の四重唱「美しい恋の乙女よ」は甦るのか。

 劇中に登場する施設〈ビーチャム・ハウス〉の名称は、イギリスの有名な指揮者トーマス・ビーチャムにちなんで名付けられたそうですが、音楽家だけの老人ホームというのがなかなか特異な設定に思われました。本作はフィクションなので、〈ビーチャム・ハウス〉は架空の施設のようです。
 でもイタリアには本当にそういう施設が実在すると、パンフレットの解説記事にありまして、劇中で描かれる日常の風景はそれを参考にしているようです。
 ちなみに、その実在する「音楽家の為の老人ホーム」を、私財を投じて建てたのが他ならぬジュゼッペ・ヴェルディであったそうです。本作でヴェルディのオペラがフィーチャーされているのは故無きことではなかったようデス(観ている間はそんなこと全然、判りませんが)。

 音楽家達ばかりなので毎日が音楽会と云う、なかなか優雅な日常。
 本作では、朝から施設の敷地の至る処で、爺さん婆さん達が何人か寄り集まっては、演奏していたり、合唱していたりする光景を紹介してくれます。クラシック音楽の愛好家にとっては、天国のような施設でしょうねえ(無粋なSF者にはイマイチ、ピンと来ませぬが)。
 もう毎日が「名曲アルバム」のような生活ですよ。本作は音楽映画としても、なかなか雰囲気のある仕上がりになっております。
 多分、クラシック音楽ファンの方が本作を観たら、背景で演奏されている様々な曲に、選曲の妙を感じることが出来るのではないか……と思いマス(よく判らんですが)。
 ヴェルディの他にも、シューベルトとか、バッハとか、ハイドン、サリヴァン、ロッシーニと名曲揃い。

 ただ、やはり高齢者の施設でありますので、劇中ではクラリネットを吹いていた爺さんが「指が現役時代のように動かない」ことを嘆いたり、孫の世代とハナシが通じない──ラップも、レディ・ガガも知らない人達ですから──などと云う場面はありまして、老いと世代の格差なども描かれているのが印象的でした。
 大体、いまだに「ワシはビートルズもまだ認めていない」なんて化石のような発言も飛び出しますからねえ。レディ・ガガは遠いですねえ。

 ストーリーのメインはマギー・スミス達、ベテラン俳優によるものですが、実はエキストラとして登場している〈ビーチャム・ハウス〉の老人達は、いずれも本物の演奏家であり、歌手であった人達ばかりと云うのが上手いです。
 おかげで演奏はほぼ生演奏。実にリアルな風景が出来上がりました。
 エンドクレジットでは、主演俳優たちをもう一度、一人ずつ紹介していく演出になるのはよくあることですが、本作ではエキストラの人達もまた紹介されていきます。
 バックに登場していた爺さん、婆さん達の「現在の肖像」(カラー写真)と、「現役時代の肖像」(モノクロ写真)を並べて、所属していた楽団や歌劇団、得意としていた楽器や演目なども字幕を付けて紹介するエンディングが楽しいものでした。

 クライマックスが当然、施設救済の為の演奏会になるのは当然として、ホームの老人達が様々に得意の演目を披露してくれる場面があります。
 劇中で、ある婆ちゃん達が歌劇『ミカド』の中の三重唱を歌う為に和服を着て楽屋をうろうろしている場面などもあって、なかなか面白かったのですが──そりゃ、ガイジンのバーちゃんが和服着て白粉メイクで登場しますから──、エンドクレジットではその人達の現役時代の得意な演目がその『ミカド』であったと紹介されて、思わず納得。
 演奏会のシーンは、エキストラの皆さんの「昔取った杵柄」だったワケですね。

 そしてラストは、紆余曲折の末に和解した四人が舞台に立ちます。音楽によって進むべき道を違えた四人が、再び音楽によって結集する。誠に音楽の力は偉大であります。
 ところが、幕が上がり、いよいよ……と云うところで、エンド。あれえ?
 そのままエンドクレジットに突入してしまうので、マギー・スミスらが歌う場面はありません。そりゃ、無理だろうと云うのは判りますが、吹替でもいいからちょっとくらい見せてもらえなかったものか。

 朗々と『リゴレット』の「美しい恋の乙女よ」を歌いあげるマギー・スミスや、トム・コートネイの図、と云うのも観てみたかったのですが……。
 ワザとらしい吹替になるから、見せない方が逆に良いだろうと云うダスティン・ホフマン監督の判断でしょうか。
 ともあれ、名曲の数々と共に展開する笑いと涙のドラマに、ダスティン・ホフマンの手堅い手腕を感じました。次回作も期待したいです。




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