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2013年4月30日火曜日

ハッシュパピー/バスタブ島の少女

(Beasts of the Southern Wild)

 今年(第85回・2013年)のアカデミー賞で、作品賞、監督賞、主演女優賞、脚色賞と主要四部門にノミネートされた幻想的なドラマです。特に主演女優賞に最年少でノミネートされたクヮヴェンジャネ・ウォレスちゃん(9歳)のことが話題になりました。でも発音しづらい名前デス。
 対抗馬が、『愛、アムール』のエマニュエル・リバ(86歳)で、最高齢ノミネートであると云うのも対照的でした。でも結局、主演女優賞は『世界にひとつのプレイブック』のジェニファー・ローレンスだったワケですが。
 アカデミー賞の方も各部門とも受賞は逸しておりますが、本作はサンダンス映画祭で審査員賞、カンヌ国際映画祭で新人賞を受賞しております。

 監督は本作が初長編監督作となるベン・ザイトリン。低予算で撮った作品がアカデミー賞にノミネートされるというのは凄いデスね。まぁ、制作費二〇〇万ドルは、ホントに低予算なのかよと云う気がしますが、アメリカ的には低予算でしょうか。
 ザイトリン監督の活動拠点はルイジアナ州ニューオーリンズであるようで、本作もまたアメリカ南部のルイジアナを舞台にしたドラマです。

 南ルイジアナ沿岸にあるバイユーの島、バスタブ島に住まう人々が描かれます。
 特に説明はされませんが、メキシコ湾に面した沿岸一帯の低湿地帯が背景になっており、なかなか興味深いです。ミシシッピ等の河口付近の三角州地帯にある細かい川をバイユーと呼ぶそうで、バスタブ島もそういった川によって区切られた島の一つであるようです。
 しかし画面上では、隣の島まで結構な距離があるように見受けられます。全然、「小さな川」であるように見えません。まったくアメリカは広大です。

 そういったバイユー地方に住んでいる人をケイジャン(フランス系移民の子孫)と呼ぶそうな。文化的にも独特のものがあるそうですが、個人的にはケイジャン料理と云えば「ジャンバラヤ」……程度の知識しかありません(汗)。
 ディズニー作品『プリンセスと魔法のキス』(2009年)に、ガンボ・スープなる香辛料利きまくりのスープが登場しますが、あれもケイジャン料理のひとつだとか。
 本作でもザリガニや、ナマズ、アリゲーター、カエルといった土着の食材を使った料理が登場します。ワニの唐揚げもケイジャン料理か。

 さて、そんなバスタブ島に住んでいる人々は、どう見ても低所得層な人達です。住んでいる家もバラック同然。プレハブと云えば聞こえはイイが、もはやあばら屋でしょう。
 テキトーに廃材を組み合わせて小屋にしているだけのように見えます。
 なんかもう、これ以上ないくらいの貧困層によるコミュニティのようですが、不思議と不幸な感じはしません。
 主人公の少女ハッシュパピー(クヮヴェンジャネ・ウォレスちゃん)も楽しい毎日を過ごしています。ここは世界一祝日が多い島で、ほぼ毎日がお祭りだとも云われている。
 確かに、小さな女の子にとってはそういうものなのか。
 アバンタイトルの、両手に花火を持って走り回る姿が幻想的で美しいショットでした。

 ある日、しかしハッシュパピーの父親ウィンク(ドワイト・ヘンリー)が不意にいなくなる。父子家庭でありますが、残された六歳の少女が数日間、一人で暮らしているのが凄いデス。ワイルドだなぁと云うか、野生児そのものです。
 やがてふらりと父親が戻ってきますが、どう見ても病院から脱走してきました的なスタイルです。入院患者が着せられる寝間着もそのまま。
 どうやら昼間、どこかで心臓発作を起こして病院に担ぎ込まれ、強制的に入院させられたらしいことが伺えます。
 幼い少女を抱えた父子家庭の父親に健康上の重大な問題がある、と云うのは何ともイヤな伏線です。
 そして六歳児であろうと「ナニかおかしい」と感じるだけの洞察力もある。詳しい事情は判らないにしても、世界が壊れていく予兆におののくハッシュパピー。

 バスタブ島は貧困層の島でありますが、学校くらいはあり、数人の子供達にも教育が施されている描写があります。
 あるとき授業中に、古代の生物についての話題になり、先生が絶滅動物オーロックスについて語ったことがあった。それが少女の中で、太古の怪物が南極の氷の中に閉じ込められていると云うイメージになる。世界が崩壊するとき、オーロックスは再び現れるのかも知れない。
 以後、オーロックスは少女の不安の象徴のように描かれることになります。

 そこへ、このバスタブ島──と云うか、南ルイジアナ一帯──に、百年に一度と云われる大きな嵐がやって来る。このあたりはハリケーンの被害も大きい地域だと云うのは、二〇〇五年のハリケーン・カトリーナの件もあって存じております。
 もう低気圧が接近する前から、住民には避難勧告が出されております。しかしハッシュパピーの父親ウィンクはこれに従わない。
 それどころか、周辺の知人にも避難しないことを薦めていたりします。

 閉鎖的なコミュニティであり、よそ者とは関わらないのがポリシーらしい。同時にそれが「政府の世話になんかならん」という態度になって現れております。
 元より、命の危険があるとしても、病院での治療を拒んで逃げ出してくるほどの男ですから、やむを得ないものとは思いますが、幼い娘も危険に晒しておることについては如何なものかと思わざるを得ません。
 ほとんどの住民は避難してしまったが、ごく僅かは残った者もいる。
 そして遂にハリケーンが島を直撃します。

 凄まじい嵐はまさに世界が壊れていくかのように少女には思われ、イメージの世界では南極の氷が割れて、オーロックスを閉じ込めた氷が氷山となって漂い始める。
 そしてドラマの中ではハリケーン来襲後の現実世界でのサバイバル生活と、少しずつオーロックスがバスタブ島に向かって近づいてくる様子が交互に語られます。
 氷山の中から現れる太古の絶滅動物オーロックスの描写が、怪獣映画さながらです。
 どう見ても家屋よりも大きく、街並みを蹴散らしながら、大怪獣オーロックスの群れが進撃を開始します。これはなかなか迫力のある場面ですよ。
 監督は怪獣映画が好きなのかしら。

 このオーロックス、実在した絶滅動物とは思えぬ怪獣ぷりです。
 絶滅動物図鑑等によると、オーロックスとはウシ科の動物で家畜動物の祖先であるとか。完全に絶滅したのは十七世紀のことらしいですが、一万五千年前のラスコー洞窟の壁画にも描かれていた由緒正しい動物ですよ。そう云われれば「原始人がウシみたいな動物を狩る壁画」には憶えがあります。

 しかるに本作に登場するオーロックスは、どう見てもブタです。
 ブタに毛皮を着せたり、角を付けたりしてメイクしている。動物にメイクを施す腕前はそれなりに見事ですが、ウシ科の動物をブタで再現するあたりに、予算上の都合を感じてしまいます。
 個人的には、幼少時に観た「トカゲに角と背ビレを付けて恐竜であると云い張っていた某特撮映画」を思い起こしてしまうのですが……。まぁ、チャチなCGで再現されなかっただけ、マシと云うものか。
 それにイメージの世界ですからね。ハッシュパピーちゃん的には、あれでいいのか。ひょっとして彼女はブタには馴染み深いが、ウシを見たことが無かったのかも知れません。

 ハリケーン一過、周辺一帯が水没してしまった中を、イカダで見て回る父娘の図が、『崖の上のポニョ』(2008年)と云った趣です。トラックの荷台にタイヤの浮き輪を付けてイカダにしているのが面白い。
 生存者を探して探索し、食糧を確保しつつ、生き延びた島民達によるサバイバル生活が始まります。そんな中で父ウィンクは、娘にナマズの捕り方を教えたり、生き残る為の知識を授けていく。
 礼儀作法よりも、生存が最優先なワイルドな教育方針です。

 しかしどう考えても、この父親の教育方針は、自分がいなくなった後でも、娘が生き残れるようにしているようにしか思えません。
 間をおいて挿入される「オーロックス進撃の図」は、幼い少女なりに父の死期が近いことを悟っていたことの現れなのか。世界崩壊の象徴であるオーロックスが、バスタブ島に到達したとき、何が起こるのか。何となく予想が付くのがやるせないです。

 そしてそれなりに楽しいサバイバル生活にも邪魔が入る。政府のヘリがやって来て、生き残った島民を強引に避難民収容施設に連れて行ってしまう。
 まぁ、なかなか島の水が引かないことへの対策として、本土の連中が築いた堤防を爆破して、内陸の地域を水浸しにしたりしているわけですから(おかげでバスタブ島の水は少し引く)、役人達が素っ飛んでくるのも当たり前というか、これも自業自得というべきなのか……。
 施設に収容された父ウィンクの容態も悪化し、もはや余命幾ばくもない。

 それでも施設からの集団脱走を企むあたりが、筋金入りです。島の連中をかき集めて脱走させるが、自分は残ろうとするウィンク。明らかに自分の死に様を娘に見せたくないと云う考えでありますが、ハッシュはピーは承諾しない。
 脱走計画をブチ壊しかねない娘の態度に、やむなく覚悟を決めた父も同行する。どうせ死ぬなら島で死のうと考えたのか。

 ドラマの終盤で、死期の迫った父の様子と平行して、島の子供達だけが海を渡ろうとする小さな冒険行が描かれ、非常に幻想的な味わいでありました。父の死を目前にして、母親を探しに行こうとするハッシュパピー達ですが、不思議なボートに拾われ、何処とも知れぬ水上レストランに誘われる。
 このシークエンスは、現実の出来事ではないかのように描かれております。水上レストランも、一種の天国か何かのようです。そこに集う不思議な男女、厨房で働く女性は果たしてハッシュパピーの母親だったのか……。

 「人生は素晴らしいと大人達は云うけど、そんなのはウソよ」と六歳にして悟ってしまうあたりが、哀しいと云うか、逞しいと云うか。
 そして島へ戻ってきた子供達の元へ、遂にオーロックスが現れる。巨大な怪物と対峙するハッシュパピーちゃんの図がファンタスティックです。しばしの間、少女を見つめ、やがて無言のままオーロックスは踵を返して立ち去っていく。
 少女は世界と折り合いを付けたのか。
 その様子を見届けるようにして、父ウィンクは息を引き取る。

 「私は大きな世界の中の、小さなカケラ」と語るハッシュパピー。これからもバスタブ島で生き抜いていくことを決意したようです。
 困難な人生を受け入れる少女の姿と、オーロックスと対峙する場面に、あまり関連が感じられなかったのが惜しいところではありましたが──もうちょっとオーロックスが象徴するものが明確であったなら良かったのに──、実に幻想的で、虚実入り交じる不思議なヒューマンドラマでした。
 エンドクレジットで流れる南部アメリカらしいジャズぽいピアノの劇伴も味わい深いです。




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