でも『英雄の証明』なんて邦題にすると却って判り辛いのでは。何となく往年の角川映画と云うか、森村誠一のミステリ小説のような(例えが古いか)。『テンペスト』(2010年)みたいに、そのままカタカナにしても、これは差し支えなかったような気がします。
本作はレイフ・ファインズの主演にして初監督作品となりました。共演はジェラルド・バトラー。非常にオヤジ度の高い作品ですが、二人を差し置いて印象的なのは何と云ってもヴァネッサ・レッドグレイヴ。
『ジュリエットからの手紙』(2010年)のエレガントでロマンチックなお祖母ちゃんから一転、鬼のような厳しいバアさんを演じて、主役のオヤジ共を喰いまくってくれました。お見事デス。
しかしシェイクスピア原作とは云え『コリオレイナス』って、どんな物語でしたっけ──。
時は紀元前四九〇年代。王政ローマ最後の王、タルクィニウスが追放され、ローマが共和政に移行した頃(帝国化するよりずっと以前ですね)。
ローマの隣国ヴォルサイは何度となくローマに攻め込んでは、名将マーシアス(レイフ・ファインズ)に撃退されることを繰り返していた。ヴォルサイの敵将オーフィディアス(ジェラルド・バトラー)は打倒マーシアスを掲げて今また侵攻を開始したものの、コリオライでの激戦に敗れ、またしても敗北を喫する。
コリオライでの勝利を祝して、マーシアスには英雄〈コリオレイナス〉の称号が贈られるが、次期執政官最有力候補として独裁への道を歩み始めたかに見えるマーシアスに危惧した一部の護民官達は策をめぐらす。
気性も自尊心も強いマーシアスは、その性格を逆手に取られて公共の場で政敵の挑発に乗って失言してしまい、失脚する。そして遂にローマから追放されてしまうのだった。
放浪する失意の元英雄の最大の理解者は、皮肉にもかつての宿敵オーフィディアスだった。オーフィディアスはマーシアスを自軍に迎え入れ、彼の復讐に手を貸そうと申し出る。
かくしてローマの守護者は復讐の鬼と化し、ヴォルサイ軍を率いてローマへの侵攻を開始する……。
大体、こんな感じで、現代劇に翻案されても筋立ては変わりません。
逆に背景設定だけ現代なので、戦闘シーンの描写がリアルな近代戦になってしまいました。もうコリオライでの戦いも、どこかの民族紛争の市街戦かと見紛うばかりで、アサルトライフルをバリバリ撃ちまくり、ロケット弾が飛び交っております。手持ちカメラを駆使したカメラワークも生々しい。
そんなリアルな戦闘シーンに、シェイクスピア劇特有の長広舌なセリフがミスマッチして非常に奇妙な味わいを醸し出しておりました。
前半の見どころは、このコリオライの市街戦。混戦状態となった戦場で相見えたマーシアスとオーフィディアスの一騎打ちも迫力あります。
レイフ・ファインズとジェラルド・バトラーが激突するナイフ格闘という、実に珍しいアクション場面も見ることが出来ます。
しかし本作でのレイフ・ファインズは……。
軍人役なので完全スキンヘッド。眉毛が薄いのは元からか。凛々しいと云えば凛々しいが、どうしても「ハリポタ」を思い出してしまうのが困ったところでした。だってレイフ・ファインズと云えば、名前を云ってはいけないアノ人ですし(汗)。
特にバトラーとの壮絶な戦闘の後では、スキンヘッドな上に血まみれになってしまって、一体この人はどこの〈闇の帝王〉だと云う状態。
もう「鼻のあるヴォルデモート卿」にしか見えません。せめてもう少し髪の毛があれば……。
そんな〈闇の帝王〉状態のレイフ・ファインズに説教できる婆さんがヴァネッサ・レッドグレイヴです。本作ではマーシアスの母ヴォルムニアの役。戦場に送った息子が負傷して帰還しても平然としている。気丈すぎる母親です。
基本的に出演しているのは、しっかりした演技派の俳優さんばかりなので、奇妙なシェイクスピア劇でも堂々と演じておられる。
マーシアスの奥方ヴァージリア役がジェシカ・チャステイン。『ツリー・オブ・ライフ』(2011年)でブラピの妻役だった人ですね。『ヘルプ/心がつなぐストーリー』(2011年)でアカデミー賞助演女優賞にノミネートされていたのも記憶に新しい。
他にもマーシアスの盟友メニーニアス議員役にブライアン・コックス、政敵となる護民官シシニアス役がジェームズ・ネスビット(ちょっとローワン・アトキンソンに似ている気がする)。
現代のローマ──と云うからにはイタリアなワケか──なのに、使われる言葉が執政官だ、護民官だと時代錯誤的用語なので笑ってしまいそうです。でも俳優は皆さん大真面目にシェイクスピア劇を演じておられる。
それにしてもヴォルサイと云うのはどのあたりの国なのかな。スクリーンに映る風景から想像するに、旧ユーゴスラビアあたりのどこかなのか。
と思ったら、撮影はベオグラードで行われたそうな。やはりか。
ローマ軍の兵士は、セルビアの対テロリスト特殊部隊の皆さんが演じているそうですし、ヴォルサイ軍は敢えて民族紛争のゲリラのように描かれています。
だから「ローマに侵攻するヴォルサイ軍」と云うよりは、「イタリアに攻め込むセルビアの民兵」といった趣であるのが、ちょっと笑えました。
その上、衛星放送の中継で「ヴォルサイがローマに侵攻!」なんぞと報じられたり──その前は「コリオレイナス、ローマから追放!」とかやっている──していますが、米軍もNATO軍も介入したりはしません(笑)。
公共の場でのマーシアスの失言も、TV討論会での挑発と暴言という演出になっていて、その結果が「追放の刑」。このミスマッチな感覚がちょっと楽しいです。
放浪するマーシアスが、どこから見ても「ただのホームレス」にしか見えないのも御愛敬。
さて、ローマ支配下の都市を次々と陥落させながら、進軍を続けるマーシアスのもとへ様々な人が訪れ、説得を試みる。かつての部下であったタイタス、そして友人メニーニアス議員。
しかし誰が説得しようともマーシアスの心を動かすことは出来ず、ことごとく失敗して追い返される。
ヴォルサイ軍の侵攻を止める術はなく、ローマが灰燼に帰するのは時間の問題と思われた。
「もはや彼は人ではない。ドラゴンだ」とマーシアスの変貌ぶりに絶望したメニーニアスは自ら命を絶つ。
最後に現れたのは、母ヴォルムニアと一人息子を連れた妻ヴァージリア。
この最後の嘆願シーンが圧巻です。冷酷な侵略者と化した息子に向かって、ヴァネッサ・レッドグレイヴが熱弁を振るいまくる。さすがオスカー女優。
むさ苦しいオヤジ共を向こうに回しての大熱演。レイフ・ファインズのみならず、ジェラルド・バトラーまでもが「俺も心を動かされた」と云うくらいです。
まあね。ちょっとデキスギと云うか、そんなことで侵攻を諦めるのかよとツッコミの一つも入れたくなりますが、そこはシェイクスピア劇ですしスルーしましょう。
ローマには屈辱的なヴォルサイとの和平、と云う形ではありますが、実質的にはローマは守られたワケですから、ヴァネッサ・レッドグレイヴが新たなローマの守護者として栄誉を授けられるのは当然でしょう。軍服を着こなし、ビシッと敬礼するバアさんの勇姿に惚れ惚れします。
もうこの映画はヴァネッサ・レッドグレイヴの一人勝ちと云っても過言ではないでしょう。
一方、何となく言いくるめられた感がして、あとになってジェラルド・バトラーが後悔してももう遅い。しかも部下から「兵達はあなたより、マーシアスの方に心酔していますぞ」なんて云われて、心中穏やかではない。
和平締結後、帰還してきたレイフ・ファインズを一方的に裏切り者扱いして、処刑する。
「両雄並び立たず」と云えなくも無いけど、ちょっとバトラーさん、そりゃあんまりなのでは。
〈英雄コリオレイナス〉の無残な末路はかくの通り。哀れな骸と化して打ち棄てられるのでありました。
ケイアス・マーシアス・コリオレイナスは実在の人物だそうで、プルタルコスの『英雄伝』にも、「コリオラヌス」として登場しております(古代ローマの伝説的将軍ガイウス・マルキウス・コリオラヌス)。でも『英雄伝』を読んでないので、ホントにこんな数奇な運命を辿ったのかはよく判りませんデス。
シェイクスピアの悲劇としては『コリオレイナス』は『ハムレット』にも勝るという評価も一部にはあるそうですが、初監督作品にこれを持ってくるレイフ・ファインズも相当マニアックですなあ。
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