本作の主演はウィレム・デフォー。実に渋い。
デフォーは役作りの為か、いつもより頬が痩けており、鋭い眼光がヒゲ面と相俟って、味わい深く印象的な風貌です。燻し銀の漢の貌ですなぁ。
ワイルドかつハードボイルドな漢の魅力が炸裂する良質のサスペンス映画と申せましょう。
デフォー演じる主人公は、一匹狼のベテランのハンター。家族もおらず孤独に生きてきた男に、大手バイオ企業から依頼がある。内容は、ある野生動物の生体サンプルを入手すること。
標的は既に絶滅したとされている動物、タスマニアタイガー(昔はフクロオオカミと呼ばれていたと思いましたが、この呼び名は廃れたんですかね)。
最後の一頭と目される個体の目撃情報を掴んだバイオ企業は、喉から手が出るほどその生体サンプルを欲しがっているのだった。欲しいのは生きた個体ではなく、その血液、内臓、体毛のサンプル。
有袋類であるタスマニアタイガーは、体内に特殊な毒素を備えて狩りをすると云われており、新薬開発にはそのDNAが必要不可欠なのだと云う(このあたりの生態についてはフィクションぽいです)。ひとつの種を絶滅させようとも、そのDNA情報を独占しようという、大企業の傲慢さが窺われるが、ストイックなデフォーはそれを引き受ける。
そして単身でオーストラリアのタスマニア島へ。
実は原作があって、本作はオーストラリアの女流作家ジュリア・リーの同名小説(処女長編)の映画化だそうな(翻訳はされていないのか)。ジュリア・リー自身も映画の脚本を書いたり、監督もするそうですが、本作では原作者としてのみクレジット。
監督はダニエル・ネットハイム(本作が初監督作品)、脚本はアリス・アディソンというオーストラリアの方々なオーストラリア映画です。一〇〇%オージーか。
本作の魅力は、何と云ってもタスマニア島でのオールロケを敢行して撮影された雄大で過酷な大自然の圧倒的な描写でしょうか。広大な原野と大木の生い茂る森林。この世界遺産にも指定されている原生林の風景は素晴らしいです。
オーストラリア南端の島なので、南極にも近く、結構厳しい環境です(冬は雪も凄いらしい)。
そう云えば邦画でも同様の映画がありましたっけ。田中邦衛が幻のタスマニアタイガーを探すという、父と子の人情ストーリーみたいな……。そうそう『タスマニア物語』(1990年)。
しかしアレと本作を比較しては、本作に対して失礼でょう。あんな上っ面の風景だけ切り取って貼り付けたような邦画と一緒にしてもらっては困ります(でも久石譲の音楽だけは……)。
大体、観光旅行に来た一般人がホイホイ目撃できるようなら苦労せんわい──と云う旨の台詞が本作の劇中で語られております(笑)。
描かれるタスマニアについては、環境保護一辺倒なだけではないのが興味深いです。
現地の主な産業は林業ですが、環境保護団体が森林伐採に反対しており、デフォーは伐採業者達に絡まれたり、悪質な嫌がらせを受けもします。ハンターであることを隠し──そりゃ原生林は国立公園だし、世界遺産指定地域内で狩りは出来ないか──、大学の教授であると偽っているので、なおのこと環境保護派の手先に勘違いされているワケです。
しかし林業でしか生きていけない人達に「木を伐るな」というのは、生活手段を取り上げるに等しい。
「環境よりも仕事を!」と云うのは地元住民の切実な願いでありましょう。
このあたりの、一部なりとも伐採が進んで荒れ始めている地域と、原生林に踏み込んでからの壮大な景色の落差が印象的です。環境保護を口実に島民に貧困を強いるのか、というのも難しい問題です。
バイオ企業の紹介で、現地でデフォーをサポートする男として登場するのが、サム・ニール。環境保護派にも、伐採業者らにも顔が利く人ですが、企業の手先にもなるちょっと怪しい男。
デフォーがタスマニア滞在中に世話になる家には、母親と幼い姉弟がいる。この母親役がフランシス・オコナー。『A.I.』(2001年)とか『タイムライン』(2003年)とかでお見かけしておりますが、今でもお若いですね。
父親不在の母子家庭状態であり、旦那は数ヶ月前から行方不明になっている。
「パパは山にタイガーを探しに行ってるの」と語る幼い娘。
この姉弟を演じる子役がなかなか可愛い上に達者な演技です。おしゃべりで人見知りしないお姉ちゃん(モルガナ・デイヴィス)と、無口な弟(フィン・ウッドロック)の対比が面白い。特に弟の方が一言も口をきかないのに、重要な役だというのがいいですね。
少年の描くヘタウマなクレヨン画に手掛かりが、というのもミステリーとして巧い伏線です。
実は父親もまたバイオ企業に雇われタスマニアタイガーを探していたという。どうやら自分は後任者であるらしい。しかし種の絶滅を危惧する子供達の父親は、バイオ企業の方針に逆らっていた節があり、その後の探索からは戻らなかった。彼の身に何があったのか。
タスマニアタイガーの探索は長期間に及び、デフォーはフランシスの家をベースにして、数週間出掛けて原生林の中でキャンプし、また戻ってくると云うことを繰り返しています。当初、探索に出掛けたら、もう見つけるまでは戻ってこないのかと考えておりましたが、そんなに簡単でも無かったですね。
なんせ幻の生き物ですから、ちょっとやそっとで見つかるわけが無い。
そうやって何度も人里と大自然の中を行き来するので、子供達もデフォーに懐いてきて、孤独な男の心境にも少しずつ変化が生じていく。
思っていたよりも、デフォーと子供達の交流が描かれますが、必要以上にベタベタしない演出がいいです。当然、デフォーとフランシス・オコナーのラブシーンも無し(ハードボイルドですし)。
明示はされませんが、劇中の時間軸は圧縮されているらしく、いつの間にやら寒風吹きすさび、雪さえ舞い始める厳しい環境の中で、孤独に耐えて獲物を待ち続けるデフォーの姿が渋いデス。ナレーションやモノローグを一切廃している演出も好ましいです。
これが自然と闘う孤高のハンターの姿でしょう。
タイガーをおびき寄せる為に、ウォンバット等の動物を狩って、内臓をエサに罠を仕掛ける場面が何度も出てきます。今日び、撮影に本物は使用できないでしょうから、作り物の筈ですが、結構リアルな描写です。
そしてデフォーは山中で白骨死体を発見する。装備から行方不明になっている子供達の父親であることは明か。頭蓋骨には銃弾による穴。
標的を発見しながら、種の保存を優先させた為に殺されたのだろうというのが推察されます。
一方、デフォーに契約履行の意思がないと見たバイオ企業は、更なる後任者──ほとんど刺客のような──を送り込んでくる。
山中で命を狙われるデフォー。もはや敵は大自然だけでは無い。
刺客を返り討ちにして、帰還してみると子供達の家は焼け跡に。すべては企業の手先となっていたサム・ニールの仕業だったと判明してもあとの祭り。
大企業に一矢報いる為に、デフォーなりの反撃が始まる。
山に戻ったデフォーは、厳しい環境に耐えて耐えて耐え抜いて……遂にタスマニアタイガーと対峙する。CGの映像だと判って観ても、実にリアルな映像でした。
孤独なハンターと、種の最後の一頭。
劇中で女の子から「タイガーは山の中で何をしているの?」と問われたデフォーが応える台詞が思い出されます。
「一人きりで狩りをして、そして死ぬときが来るのを待っているのさ」
無言で引き金を引き、仕留めた獲物の亡骸を抱いて号泣するデフォー。
そして一片のDNAも遺さず亡骸を焼き、骨は埋め、灰を山頂から散布する。自らの手でひとつの種を絶滅させてしまった男の姿が実に哀しい。
国際電話で「お前達の探すタイガーはもういないよ」と告げるデフォー。僅かに溜飲が下がりますが、やりきれなさも感じます。
火事から一人生き残ったという弟を迎えに施設を訪れるデフォー。無言のまま抱き合う少年と男の姿に、孤独なハンターはもういないのだと、少しだけ安心できるラストでした。
アンドリュー・ランカスターの抒情的な音楽が心に沁みます。
● 余談
二一世紀になってもなお、タスマニアタイガーの目撃情報は散発的に寄せられているそうですが、本当に絶滅を免れていたりするんでしょうか。──と考えていたら、世界的に絶滅したと思われていた希少な海鳥「ブライアンズ・シアウォーター」が、小笠原諸島で発見されたと取り沙汰されておりました。あながちフィクションとは云い切れないのか。
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