2011年11月22日火曜日

新少林寺/SHAOLIN

(Shaolin)

 もちろん『1911』と同様、これもまた日本語吹替版で鑑賞しました。ジャッキー・チェンは石丸博也ボイスでないとイカンよね。
 とは云うものの主演じゃ無かった。特別出演か。ジャッキーの出番が少ないデス。あうう。
 本作の主演はアンディ・ラウ。でもアンディも好きな俳優なので、それはそれで。
 『墨攻』(2007年)とか『三國志』(2008年)で俺的好感度あげまくりでしたからね。吹替は藤真秀。
 アンディの敵になるのが、ニコラス・ツェー。真田広之と一緒に『PROMISE 無極』(2005年)に出演しておりましたね。美形の悪役が似合う人だ。吹替は小野大輔。
 『墨攻』でアンディと共演していたファン・ビンビンも出演していて、アンディと夫婦を演じております。吹替は本名陽子でした(キュアブラックと云うか、スメラギさん)。

 題名が『新少林寺』なので、これは『少林寺』(1982年)のリメイクなのかと勘違いしておりました。共通点は「少林寺の僧侶が活躍する」くらいしかない(それで充分なのでは?)、まったくの別物のようであります。
 それにしても私が『少林寺』を観たのはもう三〇年近く昔になるのか(うわぁ)。あの頃、主演のジェット・リーは、まだリー・リンチェイと名乗っておりましたねえ。
 どうせなら本作でジェット・リーがカメオ出演でもしてくれると嬉しかったのですが(当初は主演にという企画だったものの、スケジュールの都合からか断念したとか)。

 蛇足になりますが、『少林寺』で私が覚えているのは──リー・リンチェイの華麗なカンフー技は勿論ですが──、少林寺の坊主達が「犬を食べる」と云う場面です。「心に仏を宿して」いれば、緊急避難的な殺生と肉食も許されちゃうのであるというユーモラスな(?)場面だったと記憶しております。ちゃうちゃう。
 本作でも、この中国の「食犬」と云うか「犬食文化」は描かれるのだろうかと、密かに期待していたのですが、さすがにそれは無かったです。ちょっと残念。
 でも、こういう西洋とは一線を画する食文化の描写は、却って貴重だから残しておけば良いのに。イカンですか。
 ほら、ジャッキーは今回、少林寺の厨房係という役なので、中国文化発信の為に華麗な技で「犬を料理する」場面が用意されているのかと……。
 いや、リメイクじゃないし。そんな場面はありませんッ。ちゃうちゃう。
 でもジャッキーが見事に大鍋を振って大量の野菜炒めを作る場面はあります。

 本作は元の『少林寺』とは時代背景からして異なります。
 あっちは、隋朝の末期。少林寺の僧侶達が、のちに唐の太宗となる李世民将軍と共に圧政に立ち向かう……と云うような物語でしたが、今回は時代も飛んで二〇世紀初頭。辛亥革命時に軍閥が割拠していた時代です。
 戦乱で荒れ果てた中国では、大量の難民が発生し、少林寺の僧侶達はその救済活動に奔走していた……と云うところから始まります。
 そうかあ。辛亥革命の嵐が吹きまくっていた頃、こういうことも裏では起きていたと。
 『1911』の番外編と云うか、姉妹編みたいなものですか。いっそ題名も『1912』とかにしてしまえばいいのに(だって本当に時代は一九一二年だし)。
 本作で民を虐げるのは、地方の軍閥であり、中央で清朝が何をしているのかとか、革命がどうなったのかとかは一切、一言も語られません。政治的な話題は全部スルー。
 しかしそれなら元の『少林寺』と同じ時代背景にして、本当のリメイクにすればいいのだろうに、それはイカンのか。わざと製作が難しくなるような背景設定を選んでいる?
 製作サイドには何か思うところでもあるのでしょうか?

 アンディ・ラウは有力な軍閥の一人として登場し、情け容赦なく対抗勢力となるライバルの軍閥を掃討していきます。血も涙もない男。
 他の軍閥を押し退けるには外国からの武器の援助が必要だが、その為の代償は鉄道敷設の権利だった。アンディは非道な男だが、愛国の士でもあるので、列強諸外国が中国を搾取する足掛かりになる鉄道敷設を頑として認めようとしない。
 外国の援助と鉄道敷設というネタが『1911』のまんまです。やはり同時代を背景にするとこうなるのか。

 冷酷非道だが妻と娘だけには人間的な側面を見せるアンディですが、ニコラス・ツェーの陰謀により失脚してしまう。このあたりのアクションもなかなか気合い充分。
 罠に掛けられ包囲された中から、殺到する暗殺者達を退けつつ、愛娘を抱いて必死の脱出を図るアンディ。
 断崖の狭い道を二台の馬車が併走しながら戦う場面はなかなかスリルあります。
 しかし愛娘を守りきれず、亡くしてしまう。妻からなじられ、去られたあと、抜け殻になったアンディが哀れです。

 物語は非常にオーソドックスな展開と申せましょう。お約束過ぎて逆に新鮮かも。
 改心した悪党が贖罪の為に民を助けて戦うまでになる過程が丁寧に語られていきます。
 いささか丁寧すぎるか。序盤の悪党描写も手抜かり無く描こうとするので、全体の尺が二時間越えになってしまいました。アクション主体にして、もう少し短くは出来なかったものか。
 ジャッキーはアンディが少林寺に身を寄せるようになってから登場するので、随分と遅れての登場です。
 それにしても僧侶達は皆、少林寺拳法の使い手であるのに、唯一、ジャッキーだけは拳法の心得のない素人の料理人であるという設定が笑えます。
 却ってこういう役の方が目立ちますねえ。巧いな。

 アンディの地位を奪い、成り上がったニコラスは、農民達を強制労働に駆り立て、あげくに口封じで殺してしまうという外道っぷり。ニコラスの非道に立ち上がるアンディと僧侶達。
 少林寺の僧侶達のアクションもまた、時にユーモラスに、時に激しくシリアスに描かれ、格闘技目当ての観客もまた納得でしょう。
 クライマックスでは助けた農民達を逃がしつつ、少林寺に立て籠もった僧侶達とニコラスの軍勢が激突する大掛かりなアクション・シーン。
 アンディとニコラスの一対一の戦いもまた見せ場ですねえ。戦いながらもニコラスに改心の機会を与え続けるアンディ。
 「お前はかつての俺と同じだ」という台詞がもう、漢燃えの少年漫画の世界です。

 その一方で、ジャッキーの方はと云うと、オタオタと逃げ回りながら、コミカルに兵士達を倒していくという名人芸を披露してくれます。さすがですわ。
 少林寺の住職である師父もまた慈愛に満ちた聖職者でありながら、弟子がどんどん命を落としていく場面を見かねて駆けつけますが、これがまたメチャ強い(笑)。

 この師父がいかにもカンフーの老師という感じで気に入りました。見た目もそのまんまだし。教訓的な台詞を口にして弟子達を諭すのも巧いデス。
 出家したいと願うアンディに他の僧侶達がこぞって反対する中で、「誰の心にも仏はいる」と師父が諭す場面や、外界と接触した経験がなく、寺にヒキコモリ状態なジャッキーを励ます言葉がいい。

 「金と泥はどちらが役に立つ?」
 「そりゃ金でしょう」
 「種を蒔きたいときも?」

 自分を卑下することなどない。誰でも必ずどこかで必要とされるのであるという教訓ですが、してやられた時のジャッキーの表情がいいデス。

 結局、民を救う為に少林寺の主な僧侶はすべて討ち死にし、生き残ったジャッキーが難民を率いて、共に落ち延びていく。少林寺は破壊され、廃墟と化し、見る影もない。
 だが少林寺を忘れぬ者がいる限り、その者の心の中に少林寺は在り続けるのである──という、それなりに感動的なラストでした。
 エンディングで流れる主題歌がまたいい感じです。
 ♪しょーりん、しょーりん♪ と云う昔の主題歌も捨てがたいのですが(だからリメイクじゃないってば)。


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