2011年1月26日水曜日

ソーシャルネットワーク

(THE SOCIAL NETWORK)

 たまにいまいちなものを撮ってしまうデヴィッド・フィンチャー監督の作品なので、少し心配でした。前作の『ベンジャミン・バトン/数奇な人生』が割と良かったので、次は凡作かとも思っていたのですが、なかなか頑張りました。
 さすが今年のゴールデングローブ賞で四冠達成しただけのことはあります。
 多分、今年のアカデミー賞作品賞と監督賞にノミネートされるでしょう。受賞するかどうかは、ちょっとビミョー。悪くはないのですが。

 これがフィンチャーの最高傑作である、と云い切るほどの自信はないですけど。
 私は『セブン』や『ファイト・クラブ』の方が好きですが。しかし前作『ベンジャミン・バトン』が作品賞も監督賞もノミネートされながら逸してしまっていることを考えると──2009年はダニー・ボイル監督の『スラムドッグ$ミリオネア』が監督賞も作品賞もカッさらいましたからな──、何となく「今年は獲らせてやれ」的な配慮が働くような気もします。

 個人的には「 Facebook ってそんなにいいのかしら?」と疑問を抱くのですが。まぁ、あまりSNSなんてのには興味がないと云うか、 mixi でさえ登録したが、さっぱり使っていない(爆)のであるから。
 とは云え Facebook にハマる、と云うのも判らないではない。しかしあまりにも巨大になりすぎて、今更これに登録しても何をどうすればいいのか……。それに公共の場も同然となると、あまり下手なことは書けなくなるし。
 それにしても今や、チェニジアで市民革命を起こし、アラブ諸国に反政府デモが広がっていく原因ともなっていると伝え聞くと、とんでもないものだなあと思います。

 ドラマとしては、よく出来ています。パターンではありますが。
 型破りであるが故に成功するが、型破りであるが故に失敗もするという、ある意味では教訓話のようである。
 初めは趣味の範疇に留まっていたことが、次第に巨大になっていき、ビジネスとなり、事業を拡大していく過程で変質していく。情熱を持って突き進んでいるうちは周囲のことなんか目もくれない。しかしふと気が付くと最初に自分と事業を興してくれた親友は、いまや自分を告訴していた。どこで間違えてしまったのか。

 ドラマ自体は訴訟の為の宣誓供述で語られていく回想形式である。双方が弁護士を立てて、過去の経緯を質問し、主要キャラ達がそれに答える形でドラマが進行していく。
 始まってすぐに気付くのは、主人公の饒舌なこと。とにかく頭の回転が速い。そしてベラベラとよく喋る。考えていることがそのまま口から垂れ流されていくようにセリフが多く、必然的に字幕も多い(笑)。しかもIT用語のマシンガントークな場面もあるから、これは吹替版で観る方が良いのではないか。

 主人公マーク・ザッカーバーク役はジェシー・アイゼンバーグ。昨年はあのお馬鹿ホラー『ゾンビランド』でアホな若者を演じてましたが、今回はITの天才役か。まるで別人だ。巧いなあ。

 しかし一芸に秀でたヲタ野郎というのは怖ろしい。もう呼吸するようにキーボードを叩きまくってプログラミングしていく。
 集中力が高いと云うか、あまりにも脇目を振らなさすぎる。そして論理的すぎるが故に他人の気持ちを推し量れない──空気読めなさすぎ──である。観ていて非常に危うい。
 まぁ、全ては回想なので観ている側には判っている。もう主人公の自業自得なのである。

 なんですかねえ。
 自分が見ている方向を一緒になって見てくれる友がどれほど貴重な存在なのか判っていないのである。これが若さ故の過ちというものか。
 なんか友達が協力してくれるのが当たり前であるかのように振る舞って、自分はまったく友達のことを慮らない。それじゃイカんでしょ。
 告訴されて当然である。バカめが!

 劇中で主人公が口角泡を飛ばして親友を責める場面がある。
 親友が疎外感を抱いて銀行口座を凍結してしまい、その所為で支払いが滞ってサーバーが止められそうになるのである。
 サーバーが止まったら Facebook は瓦解してしまう。
 主人公は一瞬でもサーバーが止まったらユーザーが離れていき、取り返しが付かなくなると云うことをベラベラベラベラとしゃべり続ける。その危機感は当然だし、論理的だし、非常に尤もなものである。
 しかし、それと同じことが今、まさに親友の心の中で起こっていることにどうして気付かないのか。

 結局、事業が拡大していくことに夢中になりすぎ、親友を差し置いて取り巻き連中の方を大事にし、遂には親友を事業から閉め出そうとする。そんなヤツは訴えられて当たり前だ。
 そして創設者の人間関係がどうなってしまおうと、 Facebook は大成功を収める。
 マーク・ザッカーバークは史上最年少の億万長者となった。
 だが親しいものはすべて去り、孤独に取り残される。告訴は和解となり、多額の和解金を支払うが、億単位の和解金ですら何ほどのこともない。
 腐るほど金儲けして成功したが、それで幸せになれたのか。

 非常に苦いラストシーンが印象的でした。
 誰もいない部屋でパソコンを開いて Facebook にアクセスする。
 かつてケンカ別れした昔のカノジョが Facebook に登録していた。「友達になりたい」をクリックして、リクエストする。
 誰もいない部屋で、いつまでもいつまでもパソコンの画面を更新しながら、昔のカノジョが返信を寄こしてくれるのを待ち続けている。
 これが史上最年少億万長者のすることか。

 なんかもう、あまりにも哀れで、愚かで、こんな映画にしちゃってマーク・ザッカーバーク本人は気を悪くしないのかと心配になります。一応、エンドクレジットに断り書きが出ますけどね。

 ──この映画は実話を基にし、随所に創作を織り込んでいます。

 どこまでが創作なのか判りかねますが、かなり実話ぽい(笑)。
 実話ベースの映画化としては、フィンチャー監督には『ゾディアック』なんてのもありましたが──あれはイマイチでした──、今度はそこそこ行ける。
 骨太なドラマであることは確かですので、お薦めです。結末が割れていても観て損はない──と思います。




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