2010年1月23日土曜日

サロゲート

(SURROGATES)

 遠隔操作する身替わりロボットが普及した近未来を舞台にしたSFサスペンスです。
 ロボットはあくまでも操縦される機械であり、自分で考え判断したりはしません。

 はて。「遠隔操作する身替わり」ですか。
 つい最近も、この設定の映画を観たような気がしますよ。あっちは確か全世界的に興行成績の記録を塗り替えまくりの快進撃を続けていると報道されておりましたが……。
 同じネタを使いながら、こうまで違うか(笑)。

 ぶっちゃけ、この映画が『アバター』と呼ばれてもいいような気がします。
 むしろ、こちらの方が『アバター』の題名にふさわしいのでは? 今だってネット上の分身キャラのことを「アバター」と云いますし。

 ジョナサン・モストゥ監督の肩を持つワケではありませんが、遠隔操作できる身替わりが出来たなら、異星人の部族に潜入させるより先に、人類社会に普及していそうなものでしょうにねえ。
 特に軍事利用の方から浸透するという描写には説得力があります。前線から生身の兵隊が姿を消す、というのは実に尤もに感じられます。
 まあ、費用対効果というのもあるのでしょうが。きっとキャメロン監督の世界では、身替わり一体あたりのコストが馬鹿高くて、生身の兵隊を実戦に投入する方が安上がりなのです(笑)。

 一方、『サロゲート』では、身替わりのコストが安上がりだったらしく、瞬く間に世界に普及していったわけで、いつの間にやら〈人類総ひきこもり時代〉が到来してしまいました(笑)。
 出勤するのも遊びに行くのも、すべてサロゲートで行うという世界。右を向いても左を向いても、歩いているのはロボットだけ。実にB級SFらしい。
 演出的にも、ごく普通にエキストラを使いながら「ロボットです」と言明するだけなので楽でいいなあ。『アイ、ロボット』ではこうは行かなかったが。

 そんな中でサロゲートの破壊事件が起きる。いつもなら単なる器物損壊として処理される筈の事件だったが、今回ばかりは違った。絶対安全なはずの操縦者までが命を落としてしまい、久方ぶりの「殺人事件」になってしまった。
 万全と謳われるフィードバック機構を超えて操縦者に危害が及ぼせるとなると、サロゲート産業自体をも揺るがしかねない。
 しかも殺された被害者が、サロゲートを開発した科学者の息子だったというあたりから、社会を揺るがす事件へ発展していく。

 B級には、この手の近未来を舞台にした刑事モノが多いですね。『アバター』より気楽に観ていられるので好きだなあ。
 特に、事件を捜査するブルース・ウィリスも最初はサロゲートなので、あからさまに髪の毛がフサフサしているのがいい。説明されなくても「刑事もサロゲートだ」と判ってしまいます。
 刑事モノの定番展開として、後半は「停職処分になりながらも捜査を続行する」わけですが、停職になるとサロゲートも取り上げられるので、数年ぶりに生身で外出するという羽目になる。
 きちんとした身なりだったサロゲートに比べて、本物はスキンヘッドでヨレヨレのブルース・ウィリスである。ほとんど一人二役に近い。

 ブルース・ウィリスに限らず、この映画に登場する俳優はほとんどが、本物とサロゲートの一人二役。しかも皆、サロゲートの方がカッコいいというのが笑えます。皆さん、見栄っ張りですねえ。
 当然、美人だと思ったら、本体はデブのヲタ野郎だったというネタもある。
 更に他人のサロゲートを乗っ取って、文字通り「なりすまし」するという展開とか、今でもネット上で行われている行為が、現実に拡大されるというのが判りやすいです。

 とは云え、B級らしい大穴も空いています。
 サロゲートの普及により世界が平和になり、殺人事件も激減したと云うが、それは疑わしい。だって本体は家に引きこもっているだけなので、「ひきこもり中の操縦者を殺しに行く」という行為が発生しない筈はないと思うのですが……。
 きっと「世界が平和になった」と云うのも、紛争で命を落とす人間が減ったと云うだけなのかも。
 おまけにこのシステムは出生率が急速に低下して人類滅亡を招きかねないシステムだと思うのですが。特に、誰しも見栄を張ってサロゲートの方をイケメンにしているワケだし。

 SF刑事モノらしく適度にアクションも交えながら、ネット社会への批判ぽい台詞も盛り込まれてます。
 サロゲートを開発した博士──ジェームズ・クロムウェルはB級の常連ですね──が云う。

 「身障者をサポートする為のシステムだったのに、健常者までが常用するようになってしまった。もう人類はサロゲート依存症だ」

 結局、事件解決と同時に、映画は「人間、生身のふれあいが大事なんだよ」という教訓的なメッセージを発して終わるのですが……。
 はて。
 このあたりも『アバター』とは正反対ですね。

 あっちは「生身のふれ合い」がどうとか云う以前に、本体を捨てて「身替わりのまま生きる方が自分らしく生きられるのだ」、みたいなラストだったような。
 同じネタを使いながら結論は正反対か。実に興味深い。

 あと、予告編でもラスト近い場面が流されるので、これはネタばれには当たらないと思いますが……。
 クライマックスでシステムがダウンし、サロゲートへの接続が一斉に切断され、街中を行く人々がバタバタと倒れる場面があります。もはや生身の人間はひとりもおらず、全員ロボットだったという場面。
 諸星大二郎の短編を思い起こしたのは私だけではありますまい。

 しかし生身のふれ合いが大事なのは理解できますが、一概に「サロゲートは悪だ」という結論に飛びつくのは如何なものか。
 開発者の博士が云うとおり、サロゲートは身障者には有益なシステムの筈なのに。ブルース・ウィリスは独断と偏見でシステムを停止させてしまいましたが、その所為で不自由な思いを強いられる身障者の立場は?
 そのあたりの一面的な解決も、B級らしいと云えばそうなんでしょうけどねえ。




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