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2016年1月20日水曜日

ブリッジ・オブ・スパイ

(Bridge of Spies)

 監督スティーヴン・スピルバーグ、主演トム・ハンクスによるサスペンス映画です。この二人の組み合わせはもはやテッパンですね。
 スピルバーグ監督作品としては『リンカーン』(2012年)以来となりますが、SF者としては本作より先に製作が発表されていた『ロボポカリプス』が観たかったデス。アン・ハサウェイとクリス・ヘムズワース主演の予定だったのにィ。
 でも近年のスピルバーグ監督のSF映画と云うと『マイノリティ・リポート』(2002年)や『宇宙戦争』(2005年)。それなりの出来ではありますが、たまに『A.I.』(2001年)みたいなものも混じってしまうので、『ロボポカリプス』が製作無期延期でお蔵入りしてしまったのは、却って喜ぶべきなのかも知れません。

 本作は東西冷戦下の時代を背景にした実話に基づくストーリーです。最近はこの時代が流行っているのかしら。エドワード・ズウィック監督の『完全なるチェックメイト』(2015年)も、同様に冷戦下の実録ものでしたからね。
 但し、『完全なるチェックメイト』は専ら七〇年代が背景に描かれており、本作の六〇年代よりも緊迫感は薄らいでおりますね。本作では米ソの緊張が一触即発で核戦争勃発の可能性が本気で語られていた時代が背景です(「冷戦」自体は1945年から1989年まで44年間続きましたが)。
 劇中では子供たちが小学校の授業で原爆についての怪しげなプロパガンダ映画を観ている場面などもありました。ドキュメンタリ映画『アトミック・カフェ』(1982年)でも似たようなものを観た憶えがあります(記憶が曖昧なので同じものだったか不明デス)。

 さて、本作ではキューバ危機の二年前になる一九六〇年の「U-2偵察機撃墜事件」と、その後のスパイ交換の顛末が主に描かれておりますが、そもそもの発端は更にその三年前の一九五七年。片方の交換対象となるルドルフ・アベルがアメリカで逮捕される場面からです。
 冒頭に、一九五七年は冷戦の緊張が頂点に達していた旨の説明が入ります。
 何の変哲もないアマチュア画家のように見える男性が、公園で絵を描きながら何やらベンチの下に貼り付けられた容器を回収したりして、怪しさを醸し出しております。帰宅後、FBIの捜査員がアパートの部屋に雪崩れ込み身柄を拘束される。

 序盤は、この逮捕されたルドルフ・アベルの裁判が描かれます。スパイの弁護というあまり乗り気のしない仕事に抜擢された──押しつけられたとも云う──ドノバン弁護士役がトム・ハンクス。今回も「アメリカの良心」を体現するような誠実な男を演じております。昔はこういう役はジェームズ・ステュアートでしたが今はトム・ハンクスか。
 ルドルフ・アベルを演じているのはマーク・ライランスです。ローランド・エメリッヒ監督の歴史劇『もうひとりのシェイクスピア』(2011年)や、ジェイソン・ステイサム主演の刑事もの『ブリッツ』(同年)に出演していますが、かなり脇役すぎて憶えがさっぱりありません(汗)。
 しかし本作に於けるマーク・ライランスの抑えた演技はなかなか素晴らしく、今年のアカデミー賞(2016年・第88回)でも助演男優賞にノミネートされています。まさに燻し銀。

 ちなみに本作はアカデミー賞には作品賞、助演男優賞、美術賞、脚本賞、作曲賞の五部門でノミネートされていますね。でも、スピルバーグ(監督賞)やトム・ハンクス(主演男優賞)はスルーされたようです(一緒にノミネートしてあげてもいいのよ)。
 代わりに脚本賞ではイーサン&ジョエルのコーエン兄弟、作曲賞ではトーマス・ニューマンの名前がノミネートに挙げられておりました。スピルバーグ監督作品なのに音楽がジョン・ウィリアムズではないのが解せませぬが、これは健康上の問題からジョン・ウィリアムズが降板した所為なのだとか。
 うーむ。ジョン・ウィリアムズにはもう少し元気で居てもらいたいのですが(『スター・ウォーズ』のエピソード9までは)。

 この序盤の裁判は、「最初から被告の負けが確定している不毛な裁判で、弁護したって国民から怨まれるだけだ」と云われていますが、一度弁護すると決めたら手を抜かないトム・ハンクスの姿勢がいいです。負けると判っていても全力を尽くす姿を見て、マーク・ライランスが「あんたは不屈の人だね」と評します。
 この「不屈の人」のフレーズはラスト・シーンでも効果的に使われておりました。
 そしてトムは被告に対する裁判手続き上の不備を発見してしまうが、判事にそれを訴えても聴く耳持ってはくれません。被告は原爆の機密を盗んでいたスパイであり、それを庇い立てするのかと呆れられてしまう。いや、それが「弁護」と云うものなのでは……。
 はて。この「国民感情が法に優先する」と云う描写は、つい最近も隣のK国であったような。
 「誰であれ権利は守られねばならない」とか「我々のあり方をこそアピールするべきだ」といったトムの信念の弁護が奏功し、判決は死刑から減じられて禁固刑三〇年になりますが、途端に傍聴席から怒号と野次が飛び出すのが見苦しい。

 一方、裁判と並行してソビエト領内への偵察作戦が着々と進行していく様子も描かれております。パイロット達には、敵地で撃墜された場合の機体の破壊方法のレクチャーから、自決のための毒薬まで支給されています。
 本作に登場するミリタリ関係のメカニックは実にリアルです。U-2偵察機に始まり、六〇年当時の東ベルリン市内では戦車が何台も背景に映っています。おかげで実に重厚な画面になりました。
 やはりスピルバーグ監督の趣味でしょうか。『戦火の馬』(2011年)でもミリタリ考証にやたら力を入れておりましたね。リアルな戦車があまり意味なく背景に登場していますので、戦車道を嗜む人には目の保養かも知れません。

 また、本作は全体としては静かなサスペンス映画ですが、途中で一箇所だけ物凄いアクションシーンが入ります。それがU-2偵察機の撃墜シーン。
 高度二万メートルで撃墜されるとはどういうことなのかを執拗に描いております。
 一体、サスペンス映画にここまでの描写が必要なのかと疑いたくなるくらいの、大迫力かつ大音響です。役者をワイヤーで吊ってCG合成している筈なのにリアルです。これもまた監督のコダワリか。ここだけ戦争映画の趣でした(笑)。

 撃墜されるパイロット、フランシス・ゲーリー・パワーズを演じているのがオースティン・ストウェルです。デミアン・チャゼル監督の『セッション』(2014年)で、主人公のマイルズ・テラーに対するライバル役のドラマーでした。スティーブン・ソダーバーグ監督の『恋するリベラーチェ』(2013年)にも出演していたそうですが、こちらは憶えが無いです。
 自決の機会を逸してしまい、ソ連の官憲に捕らえられて裁判にかけられます。こちらの裁判もまた出来レースであることがミエミエですね。判決と同時に傍聴席の全員が立ち上がって、万雷の拍手を送ります。米ソ共にどっちもどっちです。

 かくして米ソ双方が相手の国の捕虜を手中にするワケで、「民間人であることが逆にいい」と依頼を請けたトム・ハンクスが交換交渉に趣くのは「ルドルフ・アベルとフランシス・パワーズ」のことなのだろうと思っておりました。
 史実をよく存じませんでしたので、もう一人いたのだと本作で初めて知りました。
 それが東ベルリンで拘束された米国人留学生、フレデリック・プライヤー。演じているのは若手のウィル・ロジャースです。バリー・レヴィンソン監督のホラー映画『ザ・ベイ』(2012年)に出演していたそうですが、未見でした(いや、公開規模も小さかったし……)。

 劇中では、その頃はベルリン市内に「壁」が築かれていく時期だったと描かれているのが興味深いです。まだ壁に塞がれていない箇所や、アパートの窓から飛び降りるなどして「西側」に逃れようとする人々も沢山おりました。
 そんな中、東側の市内に恩師を訪ねた留学生が、帰ることが出来なくなり拘留されてしまう。
 当初は一対一の交換を念頭にベルリンを訪れたトム・ハンクスでしたが、その事件を知って捕虜交換には留学生も含めようとします。交換交渉を依頼したCIAから「一般人の学生なんかどうでもいいだろ」と云われても頑として譲らない。依頼された仕事の仕様を独断で変更しているように見受けられます。人道的ですがエエんかいな。

 当時の状況として、「直接米ソによる国家間での交渉が出来ないので民間人の弁護士を仲介役にする」だとか、「東ドイツはまだアメリカから独立国家として承認されていない」といった複雑な国際情勢が描かれております。
 また、終戦から十五年経過しているのに完全復興には至っていないベルリン市内の建造物の様子も痛々しい。日本人からするとちょっと信じられませんが、冷戦の最前線で米ソの犠牲になっているからだと語られております(ドイツにとってはいい迷惑なのか)。

 ただでさえ複雑な状況なのに、パワーズ飛行士を捕虜にしているのはソ連だが、プライヤー留学生を拘留しているのは東ドイツである、と云うのもややこしい。この難しい状況を前にして、一歩も引かずに何としてでも「二対一の交換」に応じるよう策を講じるトム・ハンクス。
 一見すると二股をかけているようですが──事実、東西両陣営からそのように指摘されます──、トムの中ではそうではない。
 これは序盤のトム・ハンクスの登場シーンでも語られていたことですね。

 損害保険担当の弁護士としてトム・ハンクスが保険金支払の問題でゴネる相手を説得するという場面があります。
 ここでトムは「五人がはねられた自動車事故でも、保険金の支払としては一件の事故として処理されるのだ」と説明します。被害者が五人だからといって、支払が五倍にはならない。
 この考え方を捕虜交換にも適用しようとしているワケで、「二対一でもこれは一件の交換なのだ」と主張しております。かなり危うい綱渡りのような交渉です。保険会社のルールは国家間にも通用するのか。

 史実では交渉はたった六日間の出来事であったそうですが、逆に云うとあの難しい交渉内容をよく六日間でまとめることが出来たものです。実に有能な弁護士です。まさに敏腕。
 クライマックスはベルリン市内にかかるグリーニッケ橋上での捕虜交換です。題名通り、この橋の上でルドルフ・アベルとパワーズ飛行士が交換されますが、プライヤー留学生はグリーニッケ橋ではなく、チェックポイント・チャーリー検問所で解放される手筈になっている。
 果たして約束は守られるのか。相手の心理を読み合うギリギリの駆け引きがスリリングでした。

 橋の上で初めて自分が帰国できる手筈を整えてくれたのが、裁判で弁護してくれたトムであると知ったマーク・ライランスの表情がいいですね。そして言葉数は少ないがトムを称賛する言葉が「不屈の人」。ロシア語では「スタンディング・マン」の意味だそうで、まさに橋の上に立つトム・ハンクスのシルエットがそれを体現しておりました。
 若干、史実を脚色している部分もあるそうですが、ドラマとしては盛り上がります。
 実は本作の前に観た『完全なるチェックメイト』が、史実を優先するあまりにちょっと拍子抜けしてしまうラストでありましたので、本作のようにまとまるのであれば、これもアリかなと思わぬでもないです。まぁ、ちょっと共産主義国家の暗黒面が強調されて、自由なアメリカはいいよね的な自画自賛が漂う演出ではありましたが。

 実話に基づく映画にありがちな、関係者のその後を字幕で紹介しながらエンディングです。
 長生きした人もいれば、事故で亡くなる人もいる。思わぬ業績を残した人もいます。
 ドノバン弁護士はどうなったのか。

 どうやら政府から捕虜交換交渉のエキスパートと見做されてしまったようで、今度は「ピッグス湾事件」で捕虜となった米兵一二〇〇名の交換交渉にキューバへ趣き、多数の人命を救った旨が紹介されておりました。「ピッグス湾事件」の大失敗については、ロバート・デ・ニーロ監督による『グッド・シェパード』(2006年)でも少し触れられておりましたね。
 すると今度はフィデル・カストロを相手に例の理論をぶったのでしょうか。
 「千人いても一件の交換なんですよ!」とか何とか。カストロ議長、トム・ハンクスに丸め込まれたのかしら(そのあたりの事情も映画化してもらいたいものですわ)。




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