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2016年1月21日木曜日

クリムゾン・ピーク

(Crimson Peak)

 ギレルモ・デル・トロが一人で監督・脚本・製作と三役こなしたゴシック・ホラー映画です。実に古風なゴースト・ストーリーでして、一九世紀の怪奇小説をそのまま映像化しているような趣であります。
 ギレルモ・デル・トロによる監督・脚本・製作作品は、『デビルズ・バックボーン』(2001年)、『パンズ・ラビリンス』(2006年)、『パシフィック・リム』(2013年)に続いて四作めです。本作もまた、トロのトロによるトロの為の映画と申せましょう。

 嫁いだ先の屋敷にまつわる血生臭い噂だとか、何かを訴えかけるように夜毎に現れる幽霊だとか、屋敷に隠された秘密だとか、もういちいち題材が古典的でオーソドックスです。
 ネタは古風ですが、それを手の込んだビジュアルで映像化してくれておりまして、本作の美術は『パンズ・ラビリンス』や『ダーク・フェアリー』(2011年)に勝るとも劣らぬ印象的な出来映えです。時代がかった衣装もまた実に煌びやかです。
 『パシフィック・リム』のような豪快なSFも大好きですが、本作のような雰囲気たっぷりの怪奇譚も良いですね。

 本作はもう古色蒼然とした怪奇小説を堂々と映像化した作品でありまして、デル・トロ監督が開き直って楽しみながら制作しているのが観ている側に伝わって参ります。
 出演しているのは、ミア・ワシコウスカ、トム・ヒドルストン、ジェシカ・チャステイン、チャーリー・ハナム、ジム・ビーヴァーといった皆さん。
 アメリカの資産家の娘イーディス(ミア・ワシコウスカ)が父(ジム・ビーヴァー)の事故死により遺産を相続し、英国貴族の末裔シャープ準男爵(トム・ヒドルストン)の元に嫁ぐことになるが、夫となった男の屋敷には秘密が隠されており、発生する怪奇な現象に新婦が悩まされる──と云うのが大筋です。

 劇中で描かれる怪異現象を抜いてしまうと、ヒッチコック監督の『レベッカ』(1940年)を思わせるようなシチュエーションも伺えました(例えが古い?)。
 しかしそこはギレルモ・デル・トロですから、手を抜くことなく怪奇現象を映像化してくれます。いや、それこそが本作の肝。幽霊を描かずしてどうする。

 ミア・ワシコウスカは久しぶりです。パク・チャヌク監督の『イノセント・ガーデン』(2013年)とジム・ジャームッシュ監督の『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』(同年)以来でした。『奇跡の20000マイル』(同年)も、『マップ・トゥ・ザ・スターズ』(2014年)もスルーしてしまいまして。特に後者はデヴィット・クローネンバーグ監督作品だったのに(残念デス)。
 本作では作家志望の気丈な主人公を演じております。幼い頃から霊視能力を身につけており、文芸方面でも才能を発揮しますが、まだまだ時代は女性がすんなり活躍できる世の中ではない(時代は20世紀初頭のようです)。

 トム・ヒドルストンは『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』でミアとも共演しておりましたが、何と申しましてもマーベルのアメコミ映画でロキ神を演じているのが馴染み深いです。次の『アベンジャーズ』にもまた顔を出してもらいたい。
 本作ではミアに求婚する謎めいた貴族の当主の役です。機械工作が得意でエンジニアの才能があるらしく、領地内の地下資源採掘に情熱を燃やしております。貴族の当主とは云え、左団扇で暮らせるようなセレブではないのが哀しい。
 機械いじりの好きな貴族の若き当主と云う、ちょっと変わった役ですが似合っております。
 劇中で、明かりを灯した燭台を持ったままミア・ワシコウスカとワルツを踊るシーンが印象的でした。

 トム・ヒドルストンの姉役を演じているのがジェシカ・チャステインです。トム以上にミステリアスな雰囲気を漂わせており、ぶっちゃけ本作一番の悪党です。ネタバレしておりますが、本作は実にオーソドックスなストーリーを何の衒いも無く堂々とぶちかます構成ですので、ほとんど隠し事はありません。怪しい奴が本当に怪しいのです。
 本作のミステリは「誰が」ではないのがヒッチコック的です。
 劇中でもミア・ワシコウスカにあからさまに怪しげな紅茶を飲ませ、次第にミアが体調を崩していく過程が描かれます。誰がどう見てもジェシカ・チャステインが一服盛っている。
 本作のサスペンス描写は、ミアがいつそれに気付くのか、と云う点に重きが置かれています。観ている側が「そのお茶には毒がッ」と判っているところが、ヒッチコック監督の『断崖』(1941年)を彷彿とします(例えがいちいち古くてすんません)。

 見知らぬ土地で孤立無援なヒロインが危機に瀕している。誰か助けるものはいないのか──と云うところで、駆けつけるのがチャーリー・ハナム。序盤からしてあまり出番のない印象薄い優男でしたが、後半になって急に出番が増えてきます。
 かなり予定調和的でありますが、ミアが謎めいた屋敷で謎解きをしている間に、並行して事件の背景を探る場面が挿入される演出になっています。実に手堅い。
 次第にミアを取り巻く状況が悪化していく中、救出に向かうわけですが、当然のことになかなかすんなり辿り着くことが出来ないと云うのも超お約束のテッパン展開ですね。
 チャーリー・ハナムは『パシフィック・リム』では、イェーガー〈ジプシー・デンジャー〉を駆る主人公でしたが、本作ではガラリと雰囲気を変えております。明朗快活なところはそのままですが。

 まずは冒頭からミアのモノローグで、幽霊は存在するのだと語るところから始まります。何やら背景のハッキリしない雪景色の中で、怪我をしているのかところどころ流血しております。どこに立っているのか、何故そうなったのかと云うのは、観ていけば判るようになっております。
 すべての事件が片付いたあとで、主人公の回想でドラマが進行していくのが古典的です(最近、この手の演出が多くなっているような気がするのは気の所為ですかね)。

 まだ一〇歳の少女だった頃に母をコレラで亡くして以来、母の幽霊が見えるようになったのが発端です。しかし母の幽霊は生前の姿を留めていなかった。
 本作に登場する幽霊の皆さんは、「死後でも見た目が肉体の変化に左右される」らしいです。だから墓の下で肉体が朽ちていけば、当然のことに現れる姿もまたグロいものになる。日本的な儚げな幽霊とはかなり趣きが異なります。
 髑髏が黒衣を纏って現れるようなイメージでありまして、そのあまりの不気味さは子供が泣き出すレベルです。少女もいかに自分の母とはいえ悲鳴を上げてしまう。
 しかし母の幽霊は「クリムゾン・ピークには気をつけなさい」と謎めいた警告だけ残して消え失せる。

 しかしこの導入部以後、再び怪奇現象に遭遇するのは後半に入ってからです。本作の前半はごくフツーのサスペンス・ミステリー仕立てになっております。ドラマをきちんと描こうというデル・トロ監督の丁寧な演出のおかげですが、その所為で「別に幽霊が出てこなくても面白いのでは」なんて感じてしまいました。
 準男爵を名乗るトム・ヒドルストンとジェシカ・チャステインの姉弟がミアの父ジム・ビーヴァーの元を訪れ、自分の領地にある粘土鉱山の採掘機械開発に出資しないかと持ちかけますが、非現実的であるとして断られる。

 出資を断られながらも、トム・ヒドルストンはミアと親しくなり、二人の仲は進展していくわけですが、これを不審に思った父ビーヴァーが探偵に準男爵の身辺を調べさせたところ、何やら不都合な事実が見つかったようです。
 娘との交際を中断し、帰国すれば表沙汰にはしないと裏工作する父ですが、ほどなくして事故死します。観ている側としては、完全に殺人事件であると判っているのですが、擬装された状況を警察は見抜けない。
 そして父の葬儀が行われる際には、ミアの手には婚約指輪が嵌められていた。

 限りなく胡散臭い上に、遺産相続したミアから採掘機械の開発資金を調達しているので、最初から遺産目当てかと疑われて当然なのに、ミア本人だけは幸せの絶頂におります。
 トム・ヒドルストンの方も、ミアを愛しているのは演技ではないようですが、ナニやら隠し事があって姉ジェシカとこそこそ企んでいる様子なのが怪しい。
 ここまでは怪奇現象のつけ込む余地のない展開で、冒頭に母の幽霊さえ出てこなければフツーのサスペンス・ミステリでしたね。
 しかし物語の舞台がトム・ヒドルストンの領地に移ってからが本筋です。

 含有する金属成分のために地面の色が紅く、その上に建つ屋敷がまた廃墟寸前かと思われるほど不気味で印象的です。このビジュアルが実に劇画ぽい。インパクト絶大ですね。
 そして冬になれば赤い土の上に雪が積もって、まるで大地が血を滲ませたような景観になると語られ、付いた名称が「クリムゾン・ピーク」。
 ここで遂に少女時代に見た母の幽霊のことが思い起こされ、意味不明だった警告に不吉な気配を感じ取るミアです。
 観ている側としては、「母の幽霊はどうやって未来の出来事を知ることが出来たのか」とツッコミを入れたくなるのですが、それは野暮でしょうか。きっと霊魂は時空を越えるのですよ。劇中でも最後までその理由については明言されません。予言めいた警告もこれ一回限りですし、ちょっと御都合主義ぽいですね。

 それを別にすれば、霊視能力のある主人公が屋敷の中で、次々に怪しい影に遭遇し、恐怖に怯えるようになると云う展開は実にホラー映画らしいと申せましょう。霊感のないトム・ヒドルストンとジェシカ・チャステインにはさっぱり判ってもらえないと云うのもお約束です。
 あからさまに屋敷の中で迫ってくるゾンビのような幽霊も怖いですが、屋敷の敷地の向こうの方で風にゆらゆら揺れながらある一点を黙って指差している幽霊と云うのも不気味です。
 総じて、幽霊の皆さんはミアに何事かを教えようとしたり、訴えかけようとしております。

 怪異が命を奪おうとしているのではなく、何かを訴えかけようとしていると判ってからはホラー色が急速に薄れていきます。幽霊が登場する時のインパクトにはビックリはしますけど。
 思えば母の幽霊もそうでした。とは云え、愛する娘を抱きしめたいと願うのは無理もないが、ガイコツが両腕を広げて迫ってきたらフツーは怖がられますわな。
 中には自分が生者からどのように見えるのかあまり考慮しないまま、必死に訴えかけようと迫ってくるので悲鳴を上げて逃げられてしまうケースもあります。ミアも逃げずにちゃんと受け止めてあげればハナシはこじれずに済んだのですが、妙齢のご婦人にそれは無理か。

 しかし次第にミアの方も、この屋敷で何が起こったのか感付き始め……と云うところで、本当に怖ろしいのは死者ではなく生者の方であると云う方向に落ち着きます。
 タネを明かせば、トム・ヒドルストンは資産家の令嬢を次々に食い物にして財産を奪う青髯野郎だったわけですが、裏で糸を引いているのがジェシカ・チャステインと云う構図です。
 そしてミア・ワシコウスカを斬り殺そうと大鉈振りかざして襲ってくるジェシカ・チャステインが実に怖ろしい。本作一番の恐怖シーンと申せましょう。

 助けに来たチャーリー・ハナムも返り討ちに遭い、姉を諫めようとしたトム・ヒドルストンもやられてしまい、壮絶な女性同士の対決の末にゴーストの助けもあって、辛くも生き延びるミア・ワシコウスカです。そこでやっと冒頭の場面に繋がって一件落着。

 エンドクレジットの後、一冊の本の表紙が映ります。題名は『クリムゾン・ピーク』。事件の後にミアが一連の顛末を書き残したものとも受け取れますし、そもそもこれは現実に起こった事件ではなく、とある女流作家が一人称で執筆した怪奇小説(の映画化)だったのか、とも受け取れる演出でした。
 後者だとすると、劇中に散見された御都合主義や、劇画紛いの展開も予め計算された演出とも考えられますね。デル・トロ監督はそこまで計算していたのでしょうか。
 ともあれ、雰囲気たっぷりのゴシック・ホラーを堪能いたしました。




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