近年のフィンチャー監督作品──『ベンジャミン・バトン/数奇な人生』(2008年)、『ソーシャル・ネットワーク』(2010年)、『ドラゴン・タトゥーの女』(2011年)──と比べても遜色ないと云うか、良作、傑作を連発しておりますね。まぁ、たまに『ゾディアック』(2007年)とかイマイチなものもありますが。
原作者のギリアン・フリンを良く存じませんでした。作家デビュー以来七年で著作が三作と云う、割と寡作な方ですが、その全てで何らかの賞を受賞したりノミネートされまくりだそうな。
既に翻訳も出版されていて、『KIZU ―傷―』(ハヤカワ・ミステリ文庫)、『冥闇(めいあん)』(小学館文庫)に続く三作目が本作『ゴーン・ガール』(小学館文庫)であると。スティーヴン・キングも大絶賛だそうですが、SFじゃないから全くスルーしておりました(汗)。
元は雑誌のTV評論家だったそうですが、本作の脚本も書いておりますね。既に二〇一四年のハリウッド・フィルム・アワード脚本賞を受賞しております(最優秀作品賞も)が、それも宜なるかなです。多分、今年(2015年・第87回)のアカデミー賞でも……あれ、ノミネートされてないデスね。
相当な力作であることは明白なのに、本作からはロザムンド・パイクが主演女優賞にノミネートされているだけでした。おかしいな。作品賞と監督賞と脚色賞にもノミネートされて然るべきだと思うのですが。
まぁ、ベン・アフレックは主演男優賞にノミネートまでしてあげなくてもいいと思うのですが、それでも本作に於けるベンの演技も良かったです。
いや、最近のベンは監督としても俳優としても素晴らしいですね。でも私はゴールデン・ラズベリー賞の最低主演男優賞を連発していた頃のヘッポコなベンが好きなので、是非とも次回作『バットマン対スーパーマン』では、またゴールデン・ラズベリー賞を獲って戴きたいものデス。
とりあえずロザムンド・パイクのアカデミー賞主演女優賞は確実でしょう(他のノミネート作品を全く観ていないままテキトーなこと書いてマス)。
本作はフィンチャー監督作品なので、音楽はトレント・レズナーとアッティカス・ロスが担当しております。『ソーシャル・ネットワーク』以来、三回目ですね。ピアノと重低音が混じった不安感を煽るような静かな旋律が手堅いです。
また、ベン・アフレックとロザムンド・パイク以外では、ニール・パトリック・ハリスが出演しております。ちょっと頭でっかちなニールはポール・バーホーベン監督の『スターシップ・トゥルーパーズ』(1997年)で主人公の友人で超能力者のカール役で覚えがあります。今回のニールもまた、ちょっと線が細くてサイコなところのある役でした。
それにしても本作はミステリとして、一筋縄ではいかない作品でありました。実はミステリ映画のように始まりますが、途中からネタバレするわ、その上で更に二転も三転もするサスペンスな展開が実にヒッチコック的でした。
犯人が誰か判ってしまうだけのミステリ映画はつまらないと云うのは判りますが、本作では犯人が判ってしまってからの方が見応えがあります。むしろネタバレしてからが本題と申して差し支えないでしょう。
と云うか、このストーリーなら、前半のミステリ展開がないまま、最初から犯人視点の倒叙法の型式でも差し支えなかったような気がします(それだと単調に過ぎるでしょうか)。
一四九分という長尺になったのも、序盤をミステリ展開にしてしまった所為なのでは。原作者自身が脚本も書いているので、あまり小説の方から乖離したくなかったのでしょうか(読んだわけでは無いので確かなことは判りませぬが)。
でも、これは「尺が長い」と云う物理的な側面だけでありまして、ストーリー自体がつまらないというわけではありません。むしろ、この長さでダレることなく緊張感を維持し続ける演出力の方を誉めるべきでしょう。
序盤はごく普通のミステリ映画風に始まります。奇を衒った演出など微塵もありません。
アメリカ中西部ミズーリ州のとある小さな街。ベン・アフレックは結婚五周年を迎えた平凡な夫として登場します。
朝っぱらからバーで一杯引っ掛けたりしておりますが、そもそもバーのオーナーであるのが後で判ります。直接、店を経営しているのは自分の妹。ベン自身は元はニューヨークの雑誌編集者で、今は地元で講師の職を得て気楽な生活しているようです。
そこへ降って湧いた妻の失踪事件。帰宅すると家の中に争った形跡があり、妻であるロザムンド・パイクの姿が無い。警察に通報し、事件沙汰となる。
失踪事件捜査の経過と並行して、回想シーンが頻繁に挿入されます。
ニューヨークでの妻との出会いから、恋に落ちて結婚に至り、最初の二年間は幸せだったが、不景気から夫婦共に失職し、借金が原因で次第に夫婦仲も冷めていくまでが描かれていきます。
実は結構、背景設定が複雑でありまして、妻ロザムンドの母親が作家であり、子供時代の娘をモデルにした小説で有名になったとか、夫ベンの両親は母が癌で他界しており、父は認知症で介護施設に入っていたりします。
ミズーリの家も元はベンの両親の家で、ニューヨークで失職したベンは母の末期癌を介護すると云う理由で帰省し、母亡き後はそのまま家を相続して生活している。
込み入った背景説明も回想シーンの編集が巧いので特に無理なく理解出来ます。
同時に警察の捜査に協力的なようで、何やら隠し事を抱えているベンの怪しい態度も判ってきます。実はベンは不倫しており、妻の失踪に関連づけられて自分が疑われることを避けたいと願っていたわけですが、ベンの予想を超えて自分に不利な証拠が次から次へ現れてくる。
次第にベンは被害者ではなく、加害者なのではないかと疑われ始める。
夫婦に子供はいないが、それは妻が出産を望まなかったからなのか、それとも夫が望まなかったからなのか。
当初のベンの証言とは裏腹に、近隣住民から真逆の証言が飛びだしてきたりします。同情的だったマスコミも、一転してベンが妻殺しの真犯人では無いのかと疑い始め(死体が見つからない内から殺人者扱いですよ)、追い詰められていくベン。
事件とは無関係のくせに、被害者と絡んで有名になりたいだけの野次馬連中とか、センセーショナルに事件を取り上げて視聴率を稼ぎたいだけのマスコミの態度が実にいやらしいです。
最近はスマホでの自撮りが当たり前に行われておりますが、被害者と一緒のところをスマホで自撮りし、その画像をSNSにアップしてアクセス数を稼ごうなど不謹慎ですよ。
しかもそんなときに愛想笑いでもしようものなら、「妻が失踪中に別の女性と親しげなツーショット写真を!」などと世間から叩かれる。
失踪事件の解明など二の次に、興味本位でいじられまくりのベンに同情してしまいます。
そして謎めいた展開に拍車を掛けているのが、結婚五周年に妻ロザムンドが仕掛けた謎かけです。元より、結婚記念日には妻がちょっとした謎を提示し、夫がそれを解き明かすことでプレゼントの隠し場所が判るという遊びを行っていて、失踪する直前にも夫ベンに宛てたメッセージが残されている。
これを解けば、あるいは失踪した妻の行方を突き止められるのか。
夫婦の間でしか通用しないジョークや、共通認識をネタにした謎かけなので、他人には解くことが出来ず、自然とベンが探偵役になる展開が巧いです。ひとつ謎を解くと、次のメッセージが待ち受けており、更にまた次のメッセージが現れるといった仕掛けが凝っています。
当初は不倫が世間バレすることを怖れ、警察には内緒で謎解きを行うベンの態度も、警察から見れば怪しいことこの上ない。そりゃ、疑われて当然です。おまけに、謎を解いていくほどに自分に不都合な証拠が出てくるとはどうしたことか。
と云うところで、唐突にドラマは急展開を迎えます。
始めからドラマが進展して行くにつれ、「一日後」、「二日後」と事件経過の日数がテロップで表示されるようになっていて、ベンが追い詰められるところまで進行したところで、いきなり日数がリセットされます。
そして今度は妻ロザムンドの側から事件の進行が描かれると云う趣向。
実はこれはすべて奥さんが仕掛けた狂言だったのだあッ。もう中盤で堂々とネタを明かしてしまう態度にビックリです。潔すぎるだろ。
何もかもが夫ベンを陥れるために妻ロザムンドが仕掛けた周到な罠であり、恐るべき復讐計画の一環であったというのが怖い。それまでの回想シーンがちゃんと伏線になっています。
もう、ネタバレ後のロザムンド・パイクの豹変演技はお見事と云うほかはありませんです。
スティーヴン・ソダーバーグ監督の『サイド・エフェクト』(2013年)に於けるルーニー・マーラの豹変悪女演技もお見事でしたが、本作のロザムンド・パイクも実に印象的です。アカデミー賞主演女優賞ノミネートも宜なるかな(例え受賞できなくても、俺的主演女優賞を差し上げマス)。
しかしあまりにも周到な計画である為に、どれほど執念深い女なのかと考えると唖然とするばかりです。フツーの夫婦ならそうなる前に夫婦喧嘩や何かで衝突するなり、さっさと離婚するなりしそうなものですが、それ全部素っ飛ばして、イキナリ夫の暗殺計画ですか。
ミズーリ州に引っ越したことまで根に持ち、逆にミズーリには死刑制度があることまで利用した計画であるとは恐れ入りました。
三〇〇日前まで遡った架空の日記帳をでっち上げるとか、御近所の評判を周到に仕込むとか、長期間にわたる根気の要る作業をやり遂げる、そのモチベーションの高さには驚くばかりです。
ここまで簡単にバラしちゃって大丈夫なのかと思われましたが、むしろここからが本筋です。単なる復讐計画の遂行には終わりません。
如何に天才的犯罪プランナーと云えども、偶発事故には為す術も無いと云うのがいいですね。むしろ周到な計画を練る人ほど、計画外の出来事には弱い。
トントン拍子に仕掛けが作動し、ベンが追い詰められ、最終的に死刑判決を受け、自分は新たな人生をやり直す……ハズが、予想外の出来事に今度はロザムンドの方が抜き差しならなくなっていく。
後半は出来したアクシデントにあたふたするロザムンドの成り行きが愉快です。人を呪わば穴ふたつと云うか、半ば自業自得的な報いではあります。でも、悪党ではありますが困難を乗り越えて行こうとする不屈の闘志には感心しますね。そこまでやるか。
そしてベンの方も敏腕弁護士に助力を仰ぎ、事態の打開に動き始める。妻の真意に気付いて対決方向に展開していくのですが……。
なんだか非常に複雑で、凝りまくった夫婦喧嘩を見ているような気になってきました。予測不能な展開は本当にお見事なのですが、世間をそこまで騒がせておいて、そのオチか。「犬も食わない」とはよく云ったものデス。
「互いに支配し合うのが結婚である」とは一面の真理ではありましょうが、こんなギスギスした仮面夫婦は御免被りたい。
本作を観て、昔のトーク番組『唄子・啓助のおもろい夫婦』を思い出してしまいました。古いデスカ。桂三枝の『新婚さんいらっしゃい!』とは逆に、熟年夫婦へのインタビューで知られた番組でしたね(若い人は知らんか)。
いや、別にベンとロザムンドをスタジオに招いて京唄子と鳳啓助にインタビューさせたいというワケではありませぬが(そもそも鳳啓助は既にお亡くなりだから無理ね)、あの番組のエンディングに流された、鳳啓助による夫婦のことを詠った詩が忘れ難いのです。
夫婦/不思議な縁(えにし)で結ばれし男と女/もつれ合い、化かし合い、許し合う/この狐と狸……
まぁ、本作に於けるベンとロザムンド夫妻の場合は、間違っても「おもろきかな」とは云い難いし、「この長き旅の道連れに幸せあれ」とも祈りたくはないのですが、これからも続くであろう化かし合いというか、神経戦にベンが磨り減ってしまわぬ事を祈るばかりであります。
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