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2014年6月22日日曜日

アクト・オブ・キリング

(The Act of Killing)

 一九六五年の九月三〇日、インドネシアで軍事クーデターが発生。クーデターそのものは未遂に終わるものの、これが原因で当時の初代大統領だったスカルノは失脚します。未遂事件後、スハルト(後の二代目大統領)による共産党勢力の掃討が行われ、これが二〇世紀最大の虐殺事件のひとつとなる。
 九月三〇日に端を発した事件なので「九月三〇日事件」と呼ばれるそうですが、虐殺はそれから約半年間も続いたそうです(スハルトに大統領権限が委譲されるまでか)。
 その間に「共産主義者」のレッテルを貼られて虐殺された人は五〇万人とも、一〇〇万人とも云われ、今もって詳細は闇の中。半世紀近く経った現在でも、インドネシアではそのことについて語ることが出来ないと云うのは怖ろしいことです。
 本作は、その「九月三〇日事件」を追うドキュメンタリー映画……なのですが、ちょっとアプローチが普通じゃありません。

 本作はイギリス、デンマーク、ノルウェーの合作であり、ジョシュア・オッペンハイマー、クリスティーヌ・シン、他一名による共同監督作品で、製作者にはヴェルナー・ヘルツォークや、エロール・モリスといった有名監督が名を連ねております。 
 今年(2014年・第86回)のアカデミー賞でも長編ドキュメンタリー部門にノミネートされておりました。でも受賞したのは、『バックコーラスの歌姫たち』でしたけどね。本作はあまりに政治的かつ殺伐とした作品なので敬遠されたのでしょうか。
 確かに腹にこたえると云うか、胸が悪くなると云うか、エゲツない内容でしたが、目を背けることも出来ません。個人的にはローランド・ジョフィ監督の『キリング・フィールド』(1984年)に似たものを感じました(あっちはカンボジアだし、ドキュメンタリではありませんけど)。

 大抵、この手の過去の事件を追うドキュメンタリだと、まずは生存者の証言だとか、遺族の証言だとかが来るものと思われますが、本作ではそのようなインタビューは行われません。被害者への取材は禁止されたそうです。
 インドネシアはASEANにも加盟してるし、言論の自由とかありそうなのに無いようです。
 そう云えば、スハルト政権は東ティモールでも占領時代に虐殺をやらかしていた云う報道もありましたし、実は血生臭い国ですね。
 スハルト大統領は一九九八年に辞任し、二〇〇八年には死去されていますが、その後の政権にとっても「九月三〇日事件」は明らかにされては困ることなんですかね。ユドヨノ大統領(第六代・現職)にとってもマズいのか。虐殺の上に成り立つ政権であると認めるわけにはイカンですね。

 で、フツーは取材を禁止されてしまえば、制作もそこまでとなってしまうところですが、本作の制作スタッフ達は転んでもただでは起きなかったようです。被害者の代わりに加害者に取材しようとなって、本作は「虐殺の加害者達が当時のことを語る」と云う異色のドキュメンタリとなりました。
 実は方針転換した際に、「当時のことを映画にしたい」と持ちかけたようで、虐殺者達も「それで自分達の正当性を喧伝できる」と承知したようです。だから当の本人達が熱心に当時の様子を再現しようと努めてくれております。
 そしてその様子をカメラは克明に記録していきます。

 何と云うか、加害者達のまったく悪びれることのない態度に、神経を疑いたくなります。厚顔無恥の見本です。
 冒頭にフランスの啓蒙思想家ヴォルテールの言葉が引用されますが、そのとおりですね。

 「殺人は許されない。殺した者は罰せられる。鼓笛を鳴らして大勢を殺す場合を除いては」

 この言葉のとおり、虐殺の実行者達は今でも街の名士として大手を振って通りを歩いております。国民的英雄と讃えられているそうで、暮らしぶりもリッチです。
 そして嬉々として、「ここで殺した。こうして、ああして」と語る姿に唖然としました。罪の意識が無いと云うのは怖ろしい。
 主な取材対象は実行部隊のリーダーだった、アンワル・コンゴ。民間人であり、今や孫も数人いるらしい好々爺です。
 そしてアンワル・コンゴと一緒に頻繁に登場するのが、地元のギャングであるヘルマン・コト。劇団員だった経歴もあるそうで、本作中では映画化に一番熱心に取り組んでおります。熱心すぎて、ちょっと自分を見失ったようなケバい衣装に女装姿まで披露してくれます。何故、女装するのか、説明はありません。

 アンワル達は、カメラを虐殺現場となった場所に案内して、得意げに語っております。最初の内は普通に殺したので、流血がひどくて後始末に難儀したり、その後は血を流さないように始末する効率的な方法を考案したこと等を語ってくれます。
 これが「針金を使ってくびり殺す」と云う、実に残忍なやり方。細いワイヤーなので、一旦、首が絞まると、もう外せない。ワイヤーの端は建物の柱に固定し、被害者の首に巻いた後に、反対端をキリキリと巻き取るようにして締め上げていく。
 この方法で何人も殺したよ、血が出ないので始末が楽だったと笑って説明してくれます。
 ちゃんとやり方が判るように、同行した者(部下でしょうか)を被害者に見立てて、実演してくれます。締められる方が嫌そうな顔をしていますがキニシナイ。

 ただ殺すだけで無く、共産主義者と決めつけた人の家屋に放火し、目の前で家財を焼き払うことも平気でやっていたようです。
 そこもちゃんと再現しようと頑張ってくれております。エキストラを募集し、カメラの前で演技指導もしております。被害者達がどんな風に泣き叫んだかも、ちゃんと台詞をつけて指導しております。本人達が真剣に再現ドラマを構築しようとしておりますので、きっと台詞も当時聞いたままなのでしょう。
 半ば笑いながらの演技指導である分、背筋が薄ら寒くなります。

 また、リアルな虐殺シーンの再現だけではありません。映画制作の目的は「自分達の正当性を証明する」ことなので、もう堂々と自己を賛美しまくるシーンも撮影しております。
 ダンサーを何人も配置し、中心に自分達が立って、何やら祝福を受けているようなシーンに仕立てております。前後のつながりがないので、どんな風に再現ドラマと関係してくるのか、全く理解できませんが、本人達は満足しているようです。

 この自己陶酔っぷりがすごい。恍惚として両手を差し伸べて天を仰ぐ周囲で、バリ島でよく見る露出多めのインドネシア風のお姉さん達が踊っています。背景には緑滴る荘厳な滝があったりして、絵的にはとても美しいです。
 ただ、「カット」の声がかかった途端にダンサー達が身を縮ませてしゃがみ込んだりしておりましたので、気温はかなり低かったのが伺えました(滝のすぐそばですからねえ)。
 撮り終えた後、ビデオで確認して「神秘的な感じがよく出ている」と満足げですが、意味不明なシーンなので観ている側にはサッパリ伝わりません。

 他にもよく判らないダンスシーンが撮影されており、ストーリーとの関連がまったく説明無しなので、美しく幻想的でありながら、実に奇妙な光景に感じられました。
 その最たるものは、どこぞの湖畔に立つ鯉だか金魚だかを模したような建物の前で、ダンサー達が踊る場面。建物全体が、巨大な魚の形をしていて、一種のパビリオンだったようです。「だった」と過去形なのは、全体が黒くすすけて廃墟も同然に見受けられるからです。
 何故、建物が魚の形をしているのか、何故、黒く焼け焦げているのか、一切の説明の無いまま、巨大な金魚の口からダンサー達が踊りながら登場してきます。
 実にシュールです。ワケワカラン。

 オッペンハイマー監督による解説に拠ると(パンフレットに掲載)、この場所は「トバ湖」と云う湖であり、建物はかつてはシーフード・レストランであったと解説されておりました。
 考古学的にも人類進化と深く関係した場所であるそうなので、インドネシアの人にはすぐに判るのでしょうか。有名な観光名所なのかしら。
 まぁ、そういう場所で、自分達を賛美するダンサーを踊らせる演出であるあたりに、肥大化したナルシズムを感じたりするのですが、かなり自己満足的演出ですし、ドキュメンタリとしてフォローを入れる説明も無いので、観ている側にはシュールさしか感じられません。

 他にも、アンワル達は「パンチャシラ青年団」なる民兵組織との繋がりも深いようです。現在でも活動を続けているようで、カメラは集会の様子を撮影したりしております。
 相当、大規模な組織のようで、ほとんど軍隊も同然。しかしやっていることはヤクザですが。
 青年団のリーダーが、地元の商店からみかじめ料を集金するところも撮影されています。まったく悪びれること無く、ニコニコと商店主を脅しつけ、次々に金を奪っていきます。罪悪感の欠片も無いところが、いっそ清々しいと云うべきか。
 普通、そんなところを間近で撮影されていたら、ちょっとは抵抗を覚えそうなものだと思うのですが、全く意に介しておりません。

 映画はパンチャシラ青年団のメンバーもエキストラとして動員して、村落の焼き討ちシーンなども撮影されます。撮影には当時の政権の副大臣も参加して、檄を飛ばしたりしております。
 なんかもう、政府と暴力団が癒着しまくっている様子が堂々とカメラに撮られていて、エエんかいなと呆れてしまいます。
 焼き討ち前にテンションを上げようと威勢の良い発言をする副大臣でしたが、その後の撮影がかなり暴力的で、無理矢理動員されたらしい子供達が泣きわめく中、村人達を虐殺していく場面がエゲつなく、撮影後にちょっとトーンダウンしてしまう様子が笑えました。

 そんなこんなで映画撮影は進行していきますが、虐殺された被害者のメイクが結構、リアルだったり、役者の数が足りなかったのか、アンワル自身も殺される側の被害者を演じたりもした所為もあって、少しずつ加害者の意識が変わっていく様子もカメラに捉えられておりました。
 撮影した場面をチェックすれば、そこに自分が拷問を受け、ワイヤーで首を絞められる場面が映っている。そしてそれを見ながら次第に沈み込んでいきます。これは興味深い変化でした。
 おかげで本作は、悪人の心に自責の念が芽生えていく過程が記録されていくという、珍しいドキュメンタリ映画になりました。
 そうは云っても良心の呵責を覚える程度で、罰せられたりはしないのですが。

 再び虐殺現場を訪れ、カメラの前で当時を回想しますが、話す内に嘔吐を催し、顔を背けてゲロゲロと吐きそうにしている様子が気の毒でしたが、自業自得ですわな。
 「やるしかなかったんだ」などと自分に言い聞かせるように語りますが、自責の念は薄れないようです。肩を落とし、ヨロヨロと現場を立ち去る老人の背中を、カメラは無慈悲に撮り続けてエンディングを迎えます。

 エンドクレジットを見ていると、製作スタッフの名前が片っ端から “ANONYMOUS(匿名)”になっているのが異様でした。現地スタッフが名前を明かすと危険であると云う判断だそうで、オッペンハイマー監督と一緒に共同監督となった方も匿名希望。
 インドネシアの夜明けはまだ遠いようです。
 それでその後、肝心の虐殺賛美映画がどうなったのかまでは本作では語られません。どうやら完成はしなかったようで、本作だけだとメイキング映像のみの本編なし状態。あの不思議なダンスシーンが日の目を見ないのかと思うと、ちょっと残念ではあります。




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