イギリスの人気オーディション番組『ブリテンズ・ゴット・タレント』で優勝したことをきっかけに、一夜にして世界的オペラ歌手となったそうですが、そんなエピソードはスーザン・ボイルだけだろうと思っておりました。
何故かポール・ポッツは知らなかったくせに、スーザン・ボイルの方は憶えがあるとは偏ってます。
実はポール・ポッツも、スーザン・ボイルも、同じく『ブリテンズ・ゴット・タレント』に出場して有名になったのだと知りました。
ポール・ポッツは二〇〇七年の第一シーズン優勝者、スーザン・ボイルは二〇〇九年の第三シーズン準優勝者であったそうな(へー)。
本作の題名『ワンチャンス』は、ポール・ポッツのアルバム「ワン・チャンス」に由来するのだそうです(これがレコード・デビュー作)。
少年時代から気弱でいじめられっ子だった主人公が、周囲からの励ましに支えられ、紆余曲折の末に念願のオペラ歌手になると云う夢を叶える。基本的にサクセス・ストーリーでありまして、結末の方はもう予告編を見れば容易に想像がつきますね。何より、ポール・ポッツを御存知のオペラ・ファンであれば、言わずもがなでしょうか。
だから本作の見どころは、途中経過の紆余曲折の方でして、最終的に『ブリテンズ・ゴット・タレント』に出場するまでの流れが一〇四分の尺の中で描かれております。
この「紆余曲折」が、あまりにも山あり谷ありでありまして、結末は予想できるものの、その経緯の複雑さにはちょっと驚きました。振り返って考えると、よくデビュー出来たものだと感心してしまいます。
本作で主人公ポール・ポッツを演じているのはジェームズ・コーデン。イギリスの俳優さんでコメディアンでもあるとか。あまり出演作については存じませんでしたが、ポール・W・S・アンダーソン監督の『三銃士/王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船』(2011年)で、三銃士に使える従者プランシェの役でした。あのちょっと可哀想で笑える従者の人か。
本作に於いては、ポール・ポッツの辿る泣き笑いの半生を見事に演じておりました。かなり悲惨な目にも遭うのですが、お涙頂戴式のドラマにならなかったのは、ジェームズ・コーデンの人の良さのようなものもあったように思われます。
劇中で披露される朗々たる歌唱シーンは実に見事で、実はポール・ポッツ本人の吹替であったそうですが、それにぴたりとハマる呼吸や間の取り方は本当にジェームズ・コーデンが歌っているようでした(撮影中は実際に歌っていたそうな)。
『トゥーランドット』の「誰も寝てはならぬ」を始め、『アイーダ』、『トスカ』等の名作オペラの歌曲が歌われるのが聴きどころでありましょう。
監督はデヴィッド・フランケル。監督作品の中では『プラダを着た悪魔』(2006年)が有名でしょうか。個人的にはジャック・ブラックやスティーブ・マーティン主演の『ビッグ・ボーイズ/しあわせの鳥を探して』(2011年)が好きです。メリル・ストリープとトミー・リー・ジョーンズが共演した『31年目の夫婦げんか』(2012年)もこの監督さんですね。
他の出演者は、ポールの恋人ジュルズ役がアレクサンドラ・ローチ、ポールの両親役がコルム・ミーニイとジュリー・ウォルターズ、ポールの務めるケータイ・ショップの店長がマッケンジー・クルックといった方々です。何となくどこかで見かけた人達ばかりでした(にわかに思い出せぬが、どこかで観ている感がヒシヒシと)。
恋人役のアレクサンドラ・ローチは『マーガレット・サッチャー/鉄の女の涙』(2011年)では若い頃のサッチャーを演じておりました(メリル・ストリープになる前の時代ね)。
父親役のコルム・ミーニイはSF者なら判ります。TVシリーズ『スタートレック DS9』のオブライエンですね。ヘンリー・カヴィルが主演したサスペンス映画『シャドー・チェイサー』(2012年)でもお見かけしましたが、渋いオヤジになってきました。
母親役のジュリー・ウォルターズは、『ハリー・ポッター』シリーズでお馴染みのウィーズリー夫人(ロンのママね)。劇中では息子に理解のある母親の役で、オペラ嫌いの父親からたびだび息子をかばってやるユーモラスなお母さんでした。
そしてケータイ・ショップの店長がマッケンジー・クルック。ひょろっとしてギョロ目のこの人は確かにどこかで観たような……。ジョニー・デップ主演の『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズで、義眼の海賊だった人でした(云われてみれば思い出せるぞ)。
その他には、終盤のオーディション番組『ブリテンズ・ゴット・タレント』の場面で登場する審査員役が、サイモン・コーウェル本人であったそうです。劇中では、毒舌審査員をそのまま演じております。
ホントに、かなり好き放題に出場者のパフォーマンスを酷評しておりました。
この番組、観たことないのですが(イギリスのTV番組ですし)、こんな審査員がいると判っていたら、如何に優勝賞金が莫大でもビビって二の足踏みますわなあ。
ポール・ポッツもスーザン・ボイルも、よくエントリーする気になったものです。
まずは冒頭、教会の聖歌隊で歌う少年達の中にポール・ポッツ(の少年時代)がおります。ジェームズ・コーデンのモノローグで、人生を回想していく形式です。
一際、大きな声で歌う少年で、「子供の頃から音楽が好きで、声の大きな少年だった」と語るとおりです。しかしあまりにも声量が豊かすぎて、自分で自分の鼓膜を傷つけてしまうと云うウソのようなエピソードでした。
病院に担ぎ込まれ、患者の名前は「ポール・ポッツ」だと告げると、看護婦が「あの独裁者と同姓同名ですか」と勘違いするお笑い場面も描かれております。
父親役のコルム・ミーニィが即座に「ポル・ポトとは無関係だ!」と訂正したところを見ると、一度ならず間違われていたようです(笑)。
でぶっちょで気が弱くて繊細とくれば、子供の頃からイジメの対象になるのは避けられないのか。歌っては虐められ、歌っては虐められ、「少年時代は音楽と暴力の繰り返しだった」と述懐するモノローグが冷めております。
ここで少年時代から現在に至るまでの何段階かを、虐める方と虐められる方が少しずつ成長していきながら、ひとつながりの場面として描いていく演出が面白いです。
一九八五年から続いた受難の時代はサラリと流して二〇〇四年。少年はジェームズ・コーデンに成長する。
父親は製鉄所で働くマッチョだが、息子は一緒に働く気はないようで、しがないケータイ・ショップで店員をやっております。女性との交際経験もないまま現在に至るが、ネットで知り合ったメル友の女性はいるようで、あるとき店長が勝手に「会いたいメール」を出してしまい、強引にデートがセッティングされてしまう。
気の弱い草食系はここまで後押ししてくれる友人がいないとリア充にはなれないのか。
実際に会ってみると、もうその日の内に双方が恋に落ちてしまうわけで、案ずるより産むが易しです。
オペラ歌手になる為にイタリアに留学したいが、学資が貯まらない。恋人と店長に勧められて地元のパブで開催されるタレント・コンテストに出場し、オペラ『道化師』の一節を朗々と歌って見事に優勝。
賞金を学資に充てて、イタリアはヴェニスへ。
実際に実話に基づくストーリーですので、あまり脚色は出来ないのでしょうが、このタレント・コンテストの場面は、クライマックスのオーディション番組の演出がまるっきり同じであるのは、如何なものかと思うところです。
ステージに立ったときには客席から嘲笑され、野次られ、でも歌い出した途端に観客を魅了し、皆が呆然と聴き惚れる。
本作では、同じパターンが序盤と終盤で二回繰り返されるので、ちょっとクドいと云うか、ここで先に歌の実力を発揮してしまうと、クライマックスの場面では何も心配することがなくなってしまうのが、ドラマとしてはインパクトに欠けるように思われます。
イタリア留学まではとんとん拍子に進んでいくので、観ていてこのままで終わる筈があるまいと思っていたら、案の定、障害が待ち受けています。
成績優秀者は上級クラスに進むことができ、偉大なるルチアーノ・パヴァロッティその人の前で独唱することが出来る。パヴァロッティに認められれば、オペラ歌手への道は開けたも同然。
クラスメイトと練習に励み、ポールは無事に上級クラスに選抜されるが、生来の気の弱さが祟って、パヴァロッティの前では緊張の余り失態を演じてしまう。
如何に練習では巧かろうと、本番でしくじれば何の意味もないと、パヴァロッティから「君はオペラ歌手にはなれない」とダメ出しされるポールです。
夢破れて帰国し、父親と同じ製鉄所に勤め始めたものの、勤労意欲がまるで沸かず、恋人とも疎遠になり、一度は失恋してどん底状態。
このまま負け犬人生一直線かと思われたが、何とか気を取り直し、恋人とも関係を修復して、プロポーズに漕ぎ着ける。結婚披露宴の席上で歌った歌唱力を評価されて、今度はアマチュアのオペラ劇団にスカウトされる。
ようやく人生が上向きになり、このままオペラの道に復帰するのかと思いきや……。
初演の前の晩に盲腸で倒れ、手術後そのまま舞台に立って、病院へ逆戻り。更に甲状腺に腫瘍が発見され、喉を手術すれば二度と歌えないかもと医者から宣告される。
一時はオペラの道そのものまで断たれて、抜け殻のようになりますが、半年あまりの療養の後、不意に歌えるようになっていることに気付く。
「歌えるぞ!」と喜び勇んで、愛する妻の元に駆けつけようとすると、今度は交通事故に遭って病院送り。
禍福はあざなえる縄のごとしと申しますが、どうにも運が上向きになってくると、途端に災難が降りかかってくる。この運の悪さは狙ってやっているのかと疑いたくなる程です。もう、交通事故の場面はほとんどギャグのようでした。
一年近い療養生活が続き、家計は逼迫。そこでようやくオーディション番組『ブリテンズ・ゴット・タレント』のことを知る。「何事も一歩ずつ」とは劇中で何度か繰り返されるフレーズですが、ここまで来るのに随分と時間が掛かりました。
一旦、番組へのエントリーが決まると、あとはお約束展開です。ブランクを埋めるための特訓が開始され、スポ根ものさながらの練習が始まります。そして番組収録当日に。
序盤のタレント・コンテストと同じ流れになるのは目に見えているので、心配する必要はありませんですねえ。観客も審査員も唖然とさせる歌唱力は実に見事です。
割れんばかりの喝采とスタンディングオベーション。そして優勝するのは云うまでもない。
その後は順風満帆。遂には女王陛下の御前で歌うまでになる。
息子の道を理解してやれなかった父親とも和解し、万事安泰のハッピーエンド。気難しい父親だったコルム・ミーニイがラスト近くで告げる言葉が印象的でした。
「親にとっての子の成功とは、如何に自分を越えたかで決まる。俺はお前を誇りに思うぞ」
ラストは、愛する妻と共に思い出の地ヴェニスを訪れるポール・ポッツ。
「これが僕の人生のオペラ。悪くは無いだろう?」と云うモノローグで締めくくられます。
しかし、ここまで来ると最後に何か災難が降りかかってくれないと納得できないのですが、そのようなことはありませんでしたねえ。あれだけ山あり谷ありだった人生が、そこから先はサクセス一辺倒とは、到底考えられないのですが(いや別に不幸になって欲しいワケではありませんヨ)。
ランキングに参加中です。お気に召されたならひとつ、応援クリックをお願いいたします。
にほんブログ村