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2013年8月8日木曜日

よりよき人生

(Une Vie Meilleure)

 フランスのパリを舞台に、自分のレストラン開業を目指す男と中東からの移民の母子が知り合い、多重債務や移民問題といった苦しい現実に立ち向かいながら生き抜いていくと云う、実にシビアな人間ドラマでした。劇中に描かれる過酷な現実が実に厳しい。
 監督はセドリック・カーン。『チャーリーとパパの飛行機』(2005年)とか、『ロベルト・スッコ』(2001年)といった監督作品は耳にしておりましたが、実際に観たのは本作が初めてでした。
 カーン監督はいつも自分で脚本も書いておられるようで、本作の脚本も御自身です。

 フランスの俳優さんには馴染みのない方が多く、本作もよく知らない方ばかりです(汗)。
 レストラン開業を目指す料理人ヤンをギョーム・カネ、シングルマザーの中東移民ナディアをレイラ・ベクティが演じております。でもどちらの方の出演作もよく存じませんです。
 ギョーム・カネは、サム・ワーシントンとキーラ・ナイトレイの恋愛ドラマ『恋と愛の測り方』(2011年)にも出演しておりますが、アレも見逃しています。ジャン・デュジャルダン主演のコメディ『プレイヤー』(2012年)もスルーしてしまいましたし。
 レイラ・ベクティの方は、オムニバス長編『パリ、ジュテーム』(2006年)の一篇に出演しているとか、大河ドラマ『ショルダーニ家の人々』(2010年)に出演しておりますが、これまたスルー。特に『ショルダーニ家の人々』は四〇〇分近い尺に怖れをなしました。

 序盤はごく普通の恋愛ドラマですので、それほど深刻なストーリーになるとは思えません。
 学食のしがない厨房スタッフであるヤンは、もっと大きなレストランで正式な料理人として働きたいと就職活動に余念が無いが、どこも不景気で雇ってもらえそうにない。「どんな料理でも作れます」とアピールしても、学食の厨房しか経験が無いと判るとそれまで。学食は一段下に見られているのか。
 たまたま面接を受けた何軒目かのレストランで働いていたナディアと知り合い、ほとんどその場のイキオイでデートに誘います。終業は夜中だと云われてもめげないヤンは、本当に深夜までナディアを待っており、ナンパに成功。そのまま電撃的に恋に落ちる。
 とりあえず深い仲にならないとハナシが進まないというのは判りますが、あまりの電撃っぷりにはちょっと笑ってしまいました。さすがフランス人は情熱的です。

 ナディアは中東レバノンからの移民であり、九歳の息子を育てるシングルマザーでもあった。この少年スリマン・ケタビくんが素人にしてはなかなか達者な子役でした。劇中での役名もスリマンのままですし、本作が映画初出演とな。
 フランス語を喋る中東からの移民と云うと、『灼熱の魂』(2010年)とか、『ぼくたちのムッシュ・ラザール』(2011年)を思い起こします。かつてフランスはレバノンやアルジェリアの宗主国でしたからね。
 また、劇中でカナダが関係してくる展開も興味深い。ヨーロッパ映画では、フランス・中東・カナダの組み合わせは良くあることなのでしょうか。本作がフランス・カナダの合作になっているのもよく見かける形態です。

 スリマンとも親しくなり、コブ付のデートでも楽しく過ごす三人ですが、あるときパリ郊外の湖畔に瀟洒なコテージを発見する。空家となっているが、改装すればここを自分のレストランにして開業できるのでは。
 ヤンは夢の実現に向けて動き出し、ナディアとスリマンもそれを後押しする。しかしコテージの所有者から土地ごと買い取るには資金が足りない(と云うか、まるで無い)。
 銀行へ融資を頼みに行くが、それでも充分ではない。やむなく足りない分は、数社の消費者金融から借金して資金を調達することに……。

 この時点でヤンはかなり危ない橋を渡っているわけで、観ていて非常に危ういです。どうして返済可能だと考えてしまうのか。しかも利用する消費者金融がヤミ金ぽいですよ。
 開業して、商売が軌道に乗れば、すぐに返済可能だと計算するのですが、それを世間では「取らぬ狸の皮算用」と呼ぶのでは。
 夢の実現に向かって情熱を燃やすのは結構なことなのですが、どうにも考えが甘いとしか思えません。確かにコテージの立地も良さそうだし、ヤンの料理の腕も確かであるのは判ります。劇中で披露される創作料理の試作はなかなかに美味しそうではありました。無事に開業できれば、あるいは上手くいったのかも知れません(せめて頭金だけでも自力で用意できていれば)。

 しかし、とんとん拍子に進んでいたのはここまで。改装工事も終盤になった頃に問題が発生する。
 消防署が開業前の立入検査にやってきて、ダメ出ししたのがケチのつき始め。このままでは改装工事が終わっても営業許可が下りないことになる。
 どうしてこんなことになったのか。飲食店の改装に必要な設備が何なのかくらい、請け負った業者に判らない筈は無かろうと思っていたら、実は改装費用をケチったヤンが必要な設備の取り付けを省略させていたことが判明する。
 いや、それは必要な設備だし、そんなところでコスト削減しては元も子もないと云うのが判らないのか。

 客観的に見ればどう見ても主人公の自業自得なので、同情できないです。あまりにもバラ色のドリームを描き、それに目がくらんで、絶対に上手くいくから途中で手を抜いても大丈夫だと考えてしまったのか。
 いくら何でも愚かすぎないでしょうか。三五歳はまだ若いか。

 まぁ、本筋はここからですからね。主人公達が多重債務に苦しめられ、借金地獄から脱出しようと足掻くところが見せ場になるので、その前にどうにかして借金で首が回らなくなってもらわないと困るのは判りますが……。
 このあたり、序盤のヤンとナディアの仲の進展が急転直下だったのと同じような安直さが感じられます。フランスの人はこの展開を特に不自然には思わないのでしょうか。それとも私が、細かいことに拘りすぎデスカ。

 今更、追加の融資は受けられないし、営業できなければ借金の返済も出来ない。次第に八方が塞がっていきます。そしてそれが原因で喧嘩になる。
 愛し合っていても、金銭のトラブルで破局に至ると云うのはよくあることです。
 しかし一度はケンカ別れしても、愛してはいるし、日々暮らしていく為にも職を見つけねばならない──ナディアは店の改装工事を手伝う為に前の職場を辞めてしまいましたからね──事情は変わらないわけで、ナディアはカナダへ出稼ぎに出ることを決意する。

 レバノンよりフランス、フランスよりカナダと云う図式なのでしょうか。但し、子連れで出稼ぎに行くことは敵わず、一ヶ月の間だけスリマンを預かってくれとナディアはヤンに頼み込む。
 しかし「一ヶ月あれば、息子を呼べるようにするから」なんて計画も怪しいものだというのは、観ていて明白ですねえ。
 案の定、期間は延びていく。始めのうちはカナダから便りもありましたが──イマドキはインターネットを使ったスカイプで会話できるから便利です──、そのうちに音信がパタリと途絶える。
 結婚しているわけでもないのに、他人の子供を預けられ、世話を焼かねばならないヤンですが、こちらもどんどん状況は悪化していく。

 居住環境は悪化の一途を辿り、持っているものを次々に売り払い、食生活も最低。そうなると子供が非行に走り始めるのも、よくあることか。欲しくても買ってもらえないので万引きしてしまう。どんどん荒んでいきます。
 このあたりの極貧生活の描写が、ウィル・スミス主演の『幸せのちから』(2006年)を思い起こさせますが、こちらはそんなに心温まる展開ではありません。 
 知人を頼ろうとしても、肝心な時には頼りにならないのも世知辛い(そもそも他力本願なのがイカンか)。

 そうして借金取りに追い回され、遂には土地と店舗も取り上げられる。何もかも失い、残ったのは借金だけ。やっぱりヤミ金なんか利用するから……。
 もはや自分の夢だったレストランは、理想とは違う形で他人が営業するクラブハウスのようになってしまい、取り戻すことも夢のまた夢。
 どん底まで追い詰められて、やっとヤンも目が覚めたようです。このまま借金返済の為だけに生きていくことなど出来ない。何より、ヤミ金の奴等に一矢報いねば気が済まない。

 借金取りが悪辣な連中だというのは観ていて判りますし、怒りを燃やすのも理解できますが、そんな連中から金を借りてしまった自分に反省はないのか。
 密かに借金取りを尾行していくと、奴等はあちこちで貧乏人から強引な取り立てを行っている。多重債務者を食い物にしているヤクザな連中であると描かれます。
 破れかぶれになったヤンは、人気の無い場所で待ち伏せし、出会い頭に借金取りを叩きのめす。ついでに所持していた金をすべて強奪して逃走する。そりゃ犯罪だ(うわー。やっちゃったよ)。

 突如としてスリリングな逃避行が描かれ、一気に緊張が高まります。襲撃の際に顔を見られたので、ヤクザ共が報復に追ってくる。間一髪でアパートからパスポートを掴んで逃げ出すヤン。もはやパリには居続けることはできない。
 そしてスリマン少年を小学校に迎えに行くと、そのまま高飛びを図ります。奪った金でカナダ行きのチケットを購入する。さらば、パリ(いいのかなぁ)。

 カナダに到着後は、音信不通のナディアを探す旅になります。手掛かりを求めて聞き込みを続けて行くと、当初の職場を辞めて、転職していたことが判る。そして更に探し続けていくと……。
 なんとナディアは、とある刑務所に収監されていたのでした。そりゃ、音信不通になる筈だ。
 事情を訊くと条件の良い職に転職したと思ったら、それは麻薬密輸の片棒を担がされる仕事だったと云うわけで、身に覚えの無い麻薬所持の罪で逮捕されていたと云う次第。
 職の無い移民を利用しようとする汚いビジネスだったわけですね。どこへ行っても弱者は食い物にされるばかりなのか。渡る世間は鬼ばかりです。

 結局、ナディアの刑期が明けるまで、その街で暮らすことに決めたヤンは、職を探してファミレスの厨房に雇ってもらえることになり、アパートも借りて心機一転、やり直しを決意します。
 固い絆で結ばれたヤンとスリマンはもはや実の父と子のようです。
 ラストは、カナダの雪原をスノーモービルで走る父子同然の二人の姿です。母の消息も知れ、家族三人で暮らせる日も近い。スリマン少年の幸せそうな笑顔が印象的でした。

 いや、でも、そんな解決でいいんですかね。
 銀行への返済もまだ残っていた筈だし、なんか不都合なことは全部フランスに置き去りにしてきましたが、それで解決になるのかしら。何となく釈然としないハッピーエンドでありました。


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