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2013年4月15日月曜日

ヒッチコック

(Hitchcock)

 サスペンスの神様、アルフレッド・ヒッチコックはかのスリラー映画の金字塔『サイコ』(1960年)を如何にして製作したのか──と云う、実録再現ドラマのような伝記映画です。いや、伝記じゃないか。
 原作がスティーヴン・レベロのノンフィクション本『アルフレッド・ヒッチコック&ザ・メイキング・オブ・サイコ』(白夜書房)だそうですから、それも当然。映画ファンには興味深い内容でした。

 監督はサーシャ・ガヴァシ。今までは脚本家でしたが、本作で本格的に監督デビューだそうです。
 手掛けた脚本では、スピルバーグ監督で、トム・ハンクスが主演した感動作『ターミナル』(2004年)や、マルコム・ヴェンヴィル監督で、キアヌ・リーヴスが主演したビミョーな犯罪コメディ『フェイク・クライム』(2010年)を存じております。ただ、『フェイク~』はイマイチでしたが……。

 一方、音楽はダニー・エルフマンです。ガス・ヴァン・サント監督によるリメイク版『サイコ』(1998年)の劇伴に続いて、本作でもまたまたバーナード・ハーマンのスコアを再構築しておられます。
 縁があると云うか、狙ってオファーされたのかしら。

 そして、かの大監督を演じるのが、アンソニー・ホプキンス。そしてその妻アルマ・ヒッチコックを演じるのはヘレン・ミレンです。オスカー俳優同士の初共演。
 とにかく、アンソニー・ホプキンスのメイクが凄いデス。ここまで似せられるとは。
 メタボ腹はともかく、あの眠そうなタレ目と二重顎はお見事。メイクが実に自然です。
 逆にあまりにも見事すぎて、アンソニー・ホプキンスの元の顔を忘れてしまいそうです。目元に面影は残っておりますが、ほぼ全身、被りもの状態。まるでヒッチコックの着ぐるみでも着ているような。

 この、あまりにも見事な化けっぷりは、当然アカデミー賞(2013年・第85回)でも、メイクアップ賞にノミネートされておりましたが、残念ながら受賞には至りませんでした。
 まぁ、相手が『レ・ミゼラブル』では仕方ないか。本作の方はイロモノっぽく思われてしまったのでしょうか。

 まずは冒頭、現実に起きたエド・ゲインによる猟奇殺人事件の馴れ初めからが描かれます。このエド・ゲイン事件を下敷きに、ミステリ作家ロバート・ブロックが書いた小説が『サイコ』ですから、筋は通っていますが、「まずそこから始めるのかよ」と笑ってしまいます。
 しかもエド・ゲインが最初の殺人を犯すところで、カメラがパンするとヒッチコック御本人(でもアンソニー・ホプキンス)が紅茶をすすりながら傍らに立っている。
 そしてカメラ目線で観客に向かって語りかけてくると云う『ヒッチコック劇場』スタイル。自分で、自分が『サイコ』を製作することになった顛末を語ろうというメタ展開です。
 相変わらず人を食った演出が好きな監督です(でもアンソニー・ホプキンスですが)。

 本作はプロローグとエピローグを『ヒッチコック劇場』スタイルで挟んで展開する形式になっておりますが、中身はしっかりしたドラマになっています。
 天才監督と呼ばれた男の苦悩、長年のパートナーである妻との夫婦愛が、当時のハリウッドの世相と共に語られていくわけで、実に興味深い。

 一九五九年、『北北西に進路を取れ』で大ヒットを飛ばした大監督ヒッチコックの元には、次回作についての様々なオファーが舞い込んでいた。嘘か誠か、『アンネの日記』や、イアン・フレミングの『カジノロワイヤル』の映画化依頼があったと云う描写があります。
 しかし「私が撮ったら、アンネの屋根裏に死体があると思われる!」とか、「スパイ映画は『北北西に進路を取れ』を撮ったばかりだから沢山だ」などと断ってしまう。なんか勿体ない。ヒッチコックによる『カジノロワイヤル』が観たかった……。

 二番煎じ企画には目もくれず、ヒッチコックはロバート・ブロックの小説『サイコ』に目を付ける。当初はただの「B級ホラー」だろうと、映画会社から一顧だにされないが、「一流の大物監督が撮ればハナシは変わるはずだ」と信じて、企画を進めていく。
 しかし当時のハリウッドの規制は現在よりもずっと厳しい。裸や残酷シーンがNGなのはまだ理解できますが、「トイレを映すのはNG」なのには笑いました(ちなみに『サイコ』はハリウッド初の「劇中にトイレが登場する映画」であるそうな)。

 資金調達も難航し、遂にヒッチコックは自宅を担保に借金する羽目に陥る。
 そんな中、常に夫を支え続けてきた最大の理解者である妻アルマの不倫疑惑が持ち上がり、さしもの大監督も追い詰められていきます。
 まぁ、自分は自分で若い女優と親密になろうとするので、自業自得な面はあるのですがね。

 アンソニー・ホプキンス同様に、『サイコ』の主な配役も、現代の俳優がそっくりに化けております。
 主演女優(始まって三〇分で殺される)ジャネット・リー役が、スカーレット・ヨハンソン。
 続いて、アンソニー・パーキンス役が、ジェームズ・ダーシー。先日、『クラウド アトラス』(2012年)のシックススミス役でもお見かけしました。
 更に、ヴェラ・マイルズ役が、ジェシカ・ビールとなっております。
 皆さん、見事な化けっぷりです。特にスカよんとジェームズが巧い。もう全身からジャネット・リーとアンソニー・パーキンスのオーラを漂わせております。

 また、『サイコ』の脚本を書いたジョセフ・ステファノ役が、ラルフ・マッチオでした。なんと。
 『ベスト・キッド』シリーズのカラテ少年、ダニエルさんではないですか。あまりにも意外な人を意外なところでお見かけしました。今までどうしていたのか(TVドラマの方で活躍しておられるそうですが)。
 ラルフ・マッチオと云えば、『ベスト・キッド』シリーズ以外では『クロスロード』(1986年)くらいしか存じませんが、こんなところでお見かけするとは。しかも老けてる(当たり前だ)。

 それから『サイコ』と云えば、グフィック・デザイナーのソウル・バスが、タイトルデザインのみならず、「あのシャワー・シーン」の絵コンテまで描いたことで有名ですが、本作ではソウル・バスには出番はほとんどありませんでした。うーむ。
 「シャワー・シーン」の演出は、精神的に追い詰められたヒッチコックの発作的なアドリブに近い演出で行われたと云う解釈になっており、ソウル・バスの絵コンテはチラリとも映りません。参考にされた素振りもない。
 ちなみにソウル・バス役はウォレス・ランガムでした。おお、『CSI : 科学捜査班』のホッジスではないか。でも出番少ないから、よく判らなかったよ(次に観るときには気をつけておこう)。

 個人的には原作者のローレンス・ブロックにも出番があると嬉しかったのですが、本作ではそこまでハナシを広げたりはしませんです。残念。
 代わりにエド・ゲイン(マイケル・ウィンコット)が、冒頭の殺人シーンだけで無く、中盤でも何度か登場します。これはヒッチコックにしか見えない幻影としてですが。
 公私にわたって煮詰まっていく大監督の傍らに寄り添うように、時折エド・ゲイン(の幻)が現れて、よからぬ考えを耳に吹き込んでいくと云う趣向。
 これはこれで、なかなかサイコ・スリラーちっくデス。しかもアンソニー・ホプキンスですし。

 紆余曲折の末、破局を迎えそうになった夫婦仲も、なんとか危機を乗り越え、『サイコ』の完成に向かって二人三脚で突き進むヒッチコック夫妻。
 まことに奥様の内助の功があればこそ、あの傑作は誕生したのですね。
 特に、最初の試写で出来の悪さを散々叩かれ、すっかり自信をなくした旦那──あの大監督が「君なしでは何も出来ない。『サイコ』は駄作だ」などと弱音を口走るとは──を叱咤し、猛然と再編集を行う奥さんの姿が素晴らしいデス。自分のフィルムに手を入れられることを潔しとしないヒッチコックですが、再編集されたフィルムの出来が格段に良いのでグゥの音も出ない。
 シャワー・シーンへの、あの印象的な音楽の挿入もアルマの発案か。「最初の三〇分で女優を殺しなさい」なんてアドバイスもしたりしておりますし、『サイコ』の画期的なところはほぼ奥さんの功績なのでは。

 妻の尽力により生まれ変わった『サイコ』は大絶賛されるワケですが、上映中に例の「シャワー・シーン」のタイミングを見計らって、劇場ロビーでヒッチコックがオーケストラの指揮者さながらに「観客の悲鳴を演奏」してみせる場面はユーモラスで楽しかったデス。
 賛辞の嵐に対して、「これは我々の映画だよ」なんて殊勝なことを口にするヒッチコック。妻を蔑ろにすると、どうなるか思い知ったのでしょうか。

 一段落つけ、自宅を手放さずに済んだヒッチコックが最後に、また観客に向けてカメラ目線で語り始めます。あくまで『ヒッチコック劇場』風に締めたいわけですね。
 「かくして私は無事に『サイコ』を完成させることが出来ました。次回作については、まだナニも思いついておりません。でも、きっとそのうちナニか閃くことでしょう」
 すると、バサバサとカラスが飛んできて、大監督の肩に止まります。一瞬、カラスと視線を交わすアンソニー・ホプキンスのトボケた表情が笑えます。
 最後までユーモラスで、人を食った演出でした。

 本作は字幕版で上映されておりますが、日本語吹替版は是非とも、熊倉一雄にお願いしたいところです。やはりヒッチコックは熊倉一雄ボイスでないと。アンソニー・ホプキンスだから、石田太郎と云われるかもしれませぬが(それとも堀勝之祐か)。

 『サイコ』は一九六一年のアカデミー賞に於いて、監督賞、助演女優賞(ジャネット・リー)、撮影賞、美術賞 (白黒部門)にノミネートされましたが、軒並み逸してしまうと云う残念な結果になりました(相手がビリー・ワイルダー監督の『アパートの鍵貸します』でしたからねえ)。
 しかし、ヒッチコック監督作品の中では一番のヒット作となり、以後の作品からも『サイコ』を越えるものはなかったそうです。
 『鳥』(1963年)も『サイコ』には及ばなかったとは。

● 余談
 将来的にはスピルバーグが『JAWS』を撮ったり、ルーカスが『スター・ウォーズ』を撮ったりする伝記映画も製作されたりするのでしょうか(そんな日が来るなら是非、長生きしたい)。




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