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2013年1月6日日曜日

桃(タオ)さんのしあわせ

(桃姐 A Simple Life)

 日中戦争で家族を失い、天涯孤独となった女性が、香港在住のある家庭の家政婦となり、以来六〇年間の長きにわたってその家族四世代に仕えたと云う実話に基づく物語で、中国・香港合作映画です。
 「六〇年間」と説明されますが、大河ドラマ的に女性の半生を描くのではなく、本作はその晩年のみにスポットを当てております。
 これは家政婦「桃(タオ)さん」と、四代目当主ロジャーの物語。

 主役の桃さんを演じるのは、ディニー・イップ(葉德嫻)、そしてロジャー役はアンディ・ラウ(劉德華)です。
 ディニーは本作で二〇一一年のヴェネチア国際映画祭主演女優賞に輝いております。他にも本作は台湾電影金馬奨(2011年)とか、香港電影評論学会大奨(2011年)とか、香港電影金像奨(2012年)とかでも受賞。いずれの賞に於いても受賞した部門は監督賞や作品賞、主演男優賞、主演女優賞などの主要部門が多く、輝かしい受賞歴を誇っております。
 日本でも沖縄国際映画祭(2012年)で審査員特別賞等を受賞しておりました。

 本作の監督はアン・ホイ(許鞍華)。イマイチ馴染みがない監督さんですが、フィルモグラフィーを辿っていくと、あの金庸の武侠小説『書劍恩仇録』を映画化した『清朝皇帝』(1987年)の監督でもあったと知って、ちょっとビックリしました。昔、ビデオで観た憶えがありますぞ。
 でも『清朝皇帝』の出来は……まぁ、八〇年代だし……うーむ。長大な原作のダイジェストみたいな代物でしたからねえ。
 いつの間にやら腕を上げられたようです(まるで別人だ)。こちらの方が女流監督らしいと云うか、本来のスタイルなのでしょう。

 アンディ・ラウが主演ですが、本作では一切アクション描写はありません。
 名だたるアクションスターが完全にアクションを封印してハートウォーミングな作品に出演する──と云うと、ジェット・リーが『海洋天堂』(2010年)に出演したことを思い出します。アンディも一度はやってみたかったのか。

 アンディ・ラウ演じる若旦那ロジャーの職業は映画プロデューサー。
 桃さんが実在したのと同様、その雇用主であるロジャー・リーも実在の映画プロデューサーであるそうな。
 映画プロデューサーは多忙で、香港から北京、更にアメリカへと出張することが多くて、なかなか自宅のある香港に居続けられません。本作では仕事の一環として、北京の映画会社でのミーティングとか、香港での完成試写会等のイベントの様子も描かれ、ナニやら何処かで見たような人達が本人役でカメオ出演しておられます。
 ツイ・ハーク(徐克)や、サモ・ハン・キンポー(洪金寶)はすぐに判りますね。他にもレイモンド・チョウ(鄒文懷)とかもチラ見せ登場しております。
 これは監督の人脈なのか(笑)。
 ときどき映画ネタの台詞もあって、「今、なにしてる?」「『三國志』の映画化の仕事だ」「またかよ」なんてやり取りもあります。

 さて、六〇年も家政婦を務める桃さんは、若旦那にしてみれば「生まれたときから家にいる人」であり、ほとんど家族も同然。自分が雇用主でありますが、もはや桃さんに逆らうことなど出来ない。
 プロデューサーの激務に身体を壊し、医者から食事療法を云い渡されているので、味気ないメニューに文句を付けても桃さんに取り合ってもらえない。
 若旦那は香港の割と豪華な高層マンションに住んでおりますが、独身であり、家族は桃さんとネコが一匹という侘びしい生活です。
 実は他の家族はアメリカにおり、後半になって若旦那のママ(大奥様か)や、親族一同が登場する場面もあります。若旦那も年末年始はアメリカで過ごすらしい。

 然り気なく「中国の富裕層は米国住まい」であると云う描写が興味深いです。
 本筋にまったく関係ないことですが、観ていて「中国富裕層の海外移住って進んでいるんだなあ」と考えてしまいました。きっと違法な資産移転とか沢山あるんだろうなあ……なんて感想は、本作とはまったく関係ありませんです。

 若旦那が北京出張から帰った日に、桃さんが脳卒中で倒れる。救急搬送され、そのまま入院。
 桃さんがいなくなった途端、家の中で勝手が判らなくなる若旦那。食事は当然、コンビニ弁当。家電製品の使い方も判らず、マニュアルを読みながら操作する様子が笑えます。
 若旦那は桃さんに完全に依存していたことに今更ながらに気付かされる。
 当然のように若旦那はその後も桃さんの見舞いにも行き、世話を焼こうとするものの、肝心の桃さんの態度が素っ気ない。若旦那の世話になることを潔しとせず、家政婦を辞職して自分で介護施設に入所しようとする。
 このあたりの桃さんの心理は非常に奥ゆかしいと云うか、遠慮しすぎというか、何もそこまでしなくてもイイじゃないかと思うくらいです。迷惑をかけたくないと云う気持ちは判りますが。
 これも昔気質なのか。

 若旦那は仕事の合間を縫いながら頼りになりそうな介護施設を見繕い、下見に出かけたりします。そこでかつての旧友が介護施設のチェーンを開業していることを知る。
 旧友のよしみで料金をサービスしてもらい、個室を確保し、桃さんの入所が決まります。
 中盤以降のドラマは、この介護施設で進行していくのですが、人情話だと思っていたら結構、介護ビジネスのシビアな側面が描かれたりしていて、社会派ドラマの様相を呈してきたのが意外でした。

 実際、最初に入所したときの、この施設のイメージは暗いです。
 個室と云っても狭い上に、ドアがなくてカーテンで仕切られているだけ。ベッドと椅子程度のスペースで「個室」と云われてもあまり有り難くないです。
 また、明らかに介護士の人数が足りておらず、食事の世話もままならない様子です。中には生きる屍のような老人の姿も見受けられ、暗澹たる気持ちにさせられます。
 これが中国の介護ビジネスの実態なのか。ひょっとして日本も似たようなものなのかしら。
 将来、自分もこんな施設のお世話になるのかしらと考えると背筋が寒くなります。

 入所者同士の人間関係もあまり良好とは云えないようだし、共同生活も楽じゃないか。
 夜は夜で消灯後になると、どこからともなく老人のすすり泣きの声が聞こえてくるのも気が滅入ります。もう初日から耐えられそうにない描写でした。
 しかし桃さんは文句を云わない。若旦那が厚意で見つけてくれた施設だし、他所がここよりマシである保証はどこにもない。

 リハビリを続けながら施設で暮らし始める桃さん。その間にも若旦那の生活を心配し、新しい家政婦の面接を始めたりしますが、古いタイプの家政婦の目から見ると、イマドキの若い女性のビジネスライクな態度はとてもじゃないが安心して任せられないと云う描写が笑えます。自分勝手な人達ばかりが面接に現れるあたりに、恣意的な演出を感じてしまいました。
 しかし新人の家政婦に、六〇年も家族同然に暮らしてきた家政婦と同じように心配りして振る舞えと云うのもハードル高すぎのような……。
 結局、新しい家政婦を見つける前に、若旦那の方が一人暮らしに適応してしまうようです。

 桃さんが家族同然であると云う描写は随所に見受けられ、リハビリを受けている間にも、アメリカから若旦那のお母さんが見舞いに来たりします。
 桃さんが完治して施設を出られたら、もう家政婦に戻らず暮らせるように一人暮らし用の部屋を用意してやれと若旦那に指示したりします。若旦那もそのつもりでいたようで、彼らが賃貸しているアパートの中で(資産家だなあ)、家賃を滞納している悪質な賃借人を立ち退かせて、桃さん用にリフォームしてあげようとする。

 麗しいエピソードなのでしょうが、ちょっとこれは如何なものか。
 そりゃあ、大奥様にとっても桃さんは家族同然であるのでしょう。出来るだけの便宜を図ってあげたいと考えても悪いことではない。
 でも観ている側としては、そこまで思いやる動機がいまいち実感できませんでした。資産家の一族が全員そろって人情家であっても構わないとは思いマスが……。
 逆に、家賃を滞納して追い出される人の方が可哀想に思えてしまいました。

 これは「六〇年」と云う積み重ねた年月が観ている側に伝わりづらいからなのでしょうか。本作には回想シーンなどと云うものが一切ありませんし。
 一応、アルバムの中の古い写真だとか、若旦那の旧友達が少年時代の桃さんとの思い出を語る場面もあるのですが、個人的にはそこまで感情移入できる演出には感じられませんでした。

 桃さんが施設で過ごす期間を表す為に、香港での新年の花火や、中秋節と、季節が移り変わるイベントの様子が挿入されるのが、ちょっと興味深かったです。
 そうやって介護施設も次第に慣れてくると「住めば都」になるのはイイが、やはり老人ばかりだと、せっかく知り合った仲間の中にも亡くなってしまったり、転院していなくなる人も出てくると云う描写が哀しい。施設とは、お迎えが来るのを待っているだけの場所のようにも感じられる。なんか嫌ですねえ。
 桃さんも施設から出られるようになる前に、病状悪化で再入院、そして手術となる。もはや医者も手の施しようがない。
 病院でカップ麺をすすりながらつきそう若旦那の介護が涙ぐましいですが、やがて臨終の時はやって来る。実話ベースだと容赦なしです。

 桃さん亡き後は、家政婦を雇うことなく、一人暮らしの若旦那。帰宅しても家の中は暗いままと云う描写が切ないです。
 淡々としたドラマ展開はそれなりに味わい深いですが、『海洋天堂』ほど胸に迫るような印象はではなかったのが惜しい。
 どちらかと云うと、劇中で描かれる「老い」と介護施設の方がリアルで忘れ難かったデス。


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