カナダ本国では評価も高く、トロント等の各地の映画祭でも受賞しまくりと云うのも頷けます。
何より登場する小学生の少年少女達が可愛い上に演技も達者です。主役に近い女子生徒、アリス役のソフィー・ネリッセちゃんはカナダの映画賞で助演女優賞を受賞したというのも納得です。
アカデミー美少女賞(年少部門)なんてものがあればぶっちぎりで受賞……させてあげたい。
本作はカナダ映画ですが、台詞が全部フランス語なのでフランス映画と勘違いしそうです。『灼熱の魂』(2010年)もそうでしたが、ケベック州の公用語はフランス語であることをつい失念してしまいます。
フランス語で描かれるカナダ映画と云うスタイルが似ていると思ったら、製作者が同じ人でした。するとリュック・デリーとキム・マックルーは『灼熱の魂』に続けて、二年連続でアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされていることに。カナダ映画も侮れん。
戯曲を原作としている点でも、本作は『灼熱の魂』と同様ですね。原作者であるエヴリン・ド・ラ・シュヌリエールは本作にもチョイ役で出演しております。ソフィー・ネリッセちゃんの母親役。
しかし元の戯曲は一人芝居用だったので、フィリップ・ファラルドー監督は原作者と一緒に相当、脚色したようです。
本作の舞台となるのは冬のモントリオール(背景には結構、雪が積もっています)。
とある小学校で、女教師が首吊り自殺をしているというショッキングな場面から始まります。発見者は朝の当番になっていた男の子。
教師が何故、担任の教室の一角で自殺するのか。何か意図があったのか、或いは発作的なものだったのか、劇中では判然としません。
生徒達が動揺する中、代理教師に応募してきた男性が採用される。
本筋には関係ありませんが、冒頭で描写されるカナダの小学校の慣習がちょっと興味深い。
朝、登校してもそのまま校舎に入れないようです。
全校生徒が校庭に集まったまま、わいわいガヤガヤやっている。そして開校時間になるとクラス毎にゾロゾロと皆が自分のクラスに入っていく。日本とは随分違うものです。
朝の当番の子供だけが、皆に先駆けて校舎に立ち入ることが出来る。その為、先生の自殺を発見したのは少年一人だけで、残りの生徒達は慌てて教師達が校舎を立入禁止にしたので、何も見ることは無い。
このシステムのお陰で子供達への動揺は最小限に抑えられたわけですが、逆にある疑念が生じます。
自殺した教師はあるクラスの担任であり、当番のシフトも承知していた筈。
すると教室で首を吊った後の翌朝、誰が自分の遺体の第一発見者になるのか容易に予想できたことになる。
おかげで一人の生徒は必要以上のトラウマを抱え込むことに。
先生は自分の死体を僕に見せつける為に日にちを選んで自殺したのではないか。
何とも罪作りなことをするものです。この自殺した教師のことは劇中では間接的にしか描かれず、とてもそんなことをする教師のようには思えないのが、却って謎めいています。
でも本作はミステリでは無いので、明確な理由は明かされません。
生徒の方に問題を抱えた者がいる一方で、教師の方もなかなか複雑な背景の持ち主です。
アルジェリア人だというバシール・ラザール先生(モハメッド・フェラッグ)は政治亡命でカナダへの永住を申請しており、教師となった後も弁護士と共に政府関係者との面接を行っている。
その過程で語られる亡命の理由。
アルジェリアで奥さんが体制批判を行った為に過激派に放火されて、妻子は焼死。単身で亡命してきたという不幸な身の上です(国外脱出前夜のことだったというのがまた辛い)。
このあたりに、フランス、アルジェリア、カナダの関係が垣間見えます。フランスはアルジェリアの宗主国でしたが、亡命するならカナダの方がリベラルなんですかね。
アルジェリアの公用語はアラビア語ですが、フランス語は義務教育で教えられる外国語で、実質的には第二言語扱いなのだとか。実際、多くのアルジェリア人はフランス語を話すそうな(他にもベルベル語とかあるそうで、ややこしいです)。
ラザール先生は亡命申請書にも、亡命希望国の欄に「ケベック共和国」なんて書き込んでいます。カナダの中でも特にケベックを希望していると強調しているわけですが(実はラザール先生は英語が喋れない)が、ケベック州はカナダからの独立を目指してはいるものの、実現はしてはおりません。このあたりは、スペインとバスクの関係と似ていますね。
少しでも審査する役人の好感度を上げようとしているのが涙ぐましいです(ちょっとあざとい気もしますが)。
ラザール先生の授業はカナダの小学生にはかなり風変わりに思えるものの、却って新鮮で生徒達は逆に興味を持ってくれる。前任者とまるで違う授業の進め方が、この場合は効果的だったようです。
何より、誠意と熱意を持って当たっているのが子供達には判るのか。
しかし先生の側では、アルジェリアでは思いも寄らなかった問題にも突き当たる。
物語の舞台はモントリオールですが、本作で描かれるイマドキの小学校の問題は日本にも通じるし、こういう問題は先進国には共通なのかとも思えます。
とにかく子供の扱いは昔とは比べものにならないほど難しくなっている。特に劇中で描かれる小学校は教師が女性ばかりなので、なおのことか。
男性はラザール先生を含めてたったの三人。しかも一人は用務員で、残る一人は体育教師。
体罰禁止なのは無論のこと、子供への接触は全面的に禁じられ、ハグも禁止。
体育教師が「昔はよく耳を引っ張られたもんだが、今じゃ授業中に鞍馬のサポートもできん」と嘆く。「もはや子供の取扱は放射性廃棄物並みだ」とも云われます。
校庭の片隅に積もった雪を除雪して雪山ができると、当然のようにそれに登って遊ぶ男の子達がいる。すると女性教師が慌てて止めさせる。男の子だし、構わないのではと意見しても、怪我でもされたら管理責任を問われると云い返される。
おかげで校長先生は極端な事なかれ主義者と化し、教師の自殺による問題も専門家任せ。子供への対応はカウンセラーを招いて一任してしまうが、そのカウンセラーとて常駐してくれるわけではないし、期限が来れば引き上げてしまう。
そんなことで本当に子供のケアが出来るのか。教育者としての姿勢に疑念を抱かざるを得ませんデス。
校長先生のヘタレっぷりは他にも色々と描かれます。
一人の生徒が自殺した前任の先生のことを作文して教室で発表する。よく出来た作文なので、これを配布しようとすると校長に却下される。「死を想起させる暴力的な詩は不適切である」と云う校長の言動に、あからさまに波風立てられることを嫌っているのが判ります(実際にそう云うし)。
「暴力的なのは詩ではなく、人生の方です」と訴えても聞き入れられない。
また、父兄の方にも問題な人達がいます。
本作では極端なモンスター・ペアレントは登場しませんが、父兄面談で子供の性格に言及された途端に、ごく普通の両親が反発する図に、軽く驚きました。幼少時の教育は躾と同義であると思っていたのですが、最近はそう考える人は少ないのですかね。
やんわりと「先生は授業にだけ専念して戴ければ」なんて云われてしまう。
そんな日々が続くうちに、第一発見者となった男子生徒が問題を起こし始める。実は前任の先生との間には軋轢があり、それが自殺の原因なのではと気に病んでいたのだった。
これには「何故、ハグ禁止令が出ているのか」という疑問にも関係してきます。
多少、家庭に問題がある生徒を元気づけようと、善人の先生はごく自然にハグをした。
しかし年頃の男子生徒としては照れくさい上に反抗心もあったのか、「先生にキスされた」と騒ぎ立て、これが問題となって校長から懲戒されるように仕向けたという事情が明かされる。
自分が嘘をついて騒ぎ立て、先生を困らせたことが原因で、先生は自殺してしまった。だから自分が当番の日に自殺したのだ。少年はそう思い込んでいる。
しかしラザール先生の見聞きする事柄からは別の理由も浮かび上がって来ます。
前任者は夫婦間の問題を抱えて悩んでいたらしい。そして自殺後、何日も経つのに前任者の夫は一向に「学校に残された亡き妻の私物」を引き取りに現れない。
ひょっとしたら前任者の自殺の理由は、少年が考えているようなものでは無いのかも知れないと云うことが示唆されるのですが、ついに明快な解答はありません。
人生には不条理なことが起きるものである。因果関係が常に明確なことの方が珍しい。複雑怪奇が世の常であるが、それで自分を責めて何になる。ましてや他人を責めるなど以ての外である。
ラザール先生の哀しい過去がこれにオーバーラップし、世の無常を感じます。傷つきながら生きているのは、子供も大人も変わらない。
「学校は学問を学び、友情を育み、他者を思いやる場だ。憎しみをぶつけ合う場ではない」と珍しくラザール先生は説教を垂れますが、まったくその通りですね。
しかしこのままラザール先生がクラスの生徒達と共に学び、ハッピーエンドを迎えるのかと思いきや、永住申請中の難民に過ぎないことや、アルジェリアで教師をしていたのは実はラザール先生の亡くなった奥さんの方だったことなどが明るみに出てしまい、学校を解雇されることになる。それが問題になるのなら、よく最初にすんなり職を得られたものだと不思議に思うのですが、そこはスルーです。
「黙って去るのは自殺するのと同じだ」とラザール先生は子供達に事情を説明し、最後の授業に臨む。
ここで語られる「傷ついた大木と枝にぶら下がった蝶のさなぎの寓話」はなかなか深い話で、人生の中におきる不条理な出来事を象徴しているようです。
願わくばラザール先生と過ごした短い時間が、子供達の記憶の片隅に残り、人生を耐えて生きることの一助とならんことを。
人生の意味や教育のあり方を大袈裟にならずに静かに語る、実に味わい深い逸品でした。
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