本作はマーガレット・ハンフリーズのノンフィクション小説『からのゆりかご 大英帝国の迷い子たち』の映画化作品で、英国の歴史の暗部、「強制児童移民」の実態を描いたものです。実話に基づくわけですね。
ちょっと信じられない話ですが、英国は一九世紀から一九七〇年代に至るまでの間、十三万人にものぼる子供達をオーストラリアに送り続けていたと云う。中には孤児ではないのに、一時的に預けられた施設から連れて行かれた子供いる(親は死んだと偽ってまで)。そして子供達はに到着早々から、強制的に労働に従事させられていた。
「太陽サンサン、オレンジも食べ放題だ」なんて大嘘です。
年端のいかない子供達の人権を端から無視した行為であり、英国と豪州双方の政府ぐるみで行われていたとか。虐待なんて生やさしいものじゃないでしょう。
最終的に、この児童移民については、まずオーストラリア側の首相が事実を認め(二〇〇九年)、次いで英国首相もこれを認め(二〇一〇年)、双方の政府が公式に謝罪しております。
しかしですね、この物語は一九八六年から始まるのですが──劇中でも「つい十数年前まで行われていたことなんですよ」と云う台詞もあります──、そこから公式謝罪までに二三年かかっているという計算になるワケで、そりゃあまりにも遅きに失したと云わざるを得ませんです。
何故そんなに時間がかかるんですかね。認めたくないのか。賠償の問題もあるのか。
『サラの鍵』(2010年)でも、「ヴェルディブ事件」をフランス政府が認めるのに半世紀かかっていると云う描写がありましたが、どこの国もやっぱりそうなのでしょうか。
本作の主演はエミリー・ワトソン。著者であるマーガレット・ハンフリーズ役。
他にヒューゴ・ウィーヴィングやデイヴィット・ウェナムが共演しております。英豪合作映画なので、双方の国の役者さんが多く出演しておられます。
エミリーは先頃公開された『戦火の馬』(2011年)にも出演されておりました。世間一般的には『奇跡の海』(1996年)とか、『ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ』(1998年)が代表作となるのでしょうが、個人的には『リベリオン』(2002年)や、『レッド・ドラゴン』(同年)に出演されていた人という印象の方が強いです(いやまぁ、好みの問題でして)。
ヒューゴの方は『マトリックス』三部作、『ロード・オブ・ザ・リング』三部作、『トランスフォーマー』シリーズ(声だけ)と、私には色々と馴染み深い俳優さんです。と云うか、ヒューゴ・ウィーヴィングが文芸作品に出演しているのを観るのはこれが初めてですぞ。
デイヴィット・ウェナムは……ヒューゴと同じく『ロード・オブ・ザ・リング』に出演しておりましたか(ファラミア卿か)。他にも何作か私が観ているものもありますが、ちょっと印象薄いですかね。演技派なのは本作を観れば明かですが。
一九八六年の英国ノッティンガム。社会福祉士のエミリーが赤ん坊を保護する場面から始まります(母親がネグレクトらしい)。泣いて後悔する若い母親から赤ん坊を引き離して保護すると云うのも辛い仕事です。心を鬼にしている様子がよく判る。
「社会福祉に正解は無い」という台詞もなかなか厳しいです。短い場面ながら、既に社会派監督らしい演出が見て取れます。
ある日、エミリーの元に一人の女性が助力を請いに訪れる。
自分の素性を調査していると云うその女性によると、四歳の時に他の子供達と共に船でオーストラリアに送られたのだと云う。その女性ははるばるオーストラリアから来ていたのだ。
最初は真に受けなかったエミリーだったが、同様の体験談が全く別の人物から語られるに及び、捨てておけなくなる。
子供が一人で移民すれば必ず記録が残る筈だが、何故かその記録がなかなか見つからない。とうとう政府の記録保管所まで足を伸ばして調査し始めるエミリー。
手始めに自分が見聞きした二件の記録を辿っていくと、最初に自分を訪れた女性の母親がまだ存命していたことを突き止める。
母娘の対面が叶ったとき、事情も明らかにされる。戦後間もない頃は未婚女性が産んだ子供は恥であるとされ、施設に預けられるのが一般的だった。施設側は子供の消息を一切、秘密にしており、母親は四〇年間、娘の消息を得られぬままに過ごしていたのだった。
裕福な家庭に養女に引き取られ、どこかで幸せに暮らしていて欲しいという母の願いも虚しく、実は娘の方はオーストラリアで過酷な労働を強いられていたという事実に涙する母。
この調査を契機に、エミリーはオーストラリアを訪れることを決意する。ソーシャルワーカー魂に火が付いてしまったのですね。
当初は調査にも相当な出費を強いられた筈ですが(福祉局が出張を認めてくれたとは思えないし)、よくも何度もイギリスとオーストラリアを往復できたものだと感心します。映画ではこのあたりの詳細については触れられておりません。
逆にエミリーの旦那さんのサポートぶりが素晴らしいです。妻が海外に出かけることに一切反対せず、これを援護し、自分達の子供の面倒も任せておきなさいと云う献身的な夫です。この旦那がいてくれたからこそ、調査も成功するわけですが、ホントに実話なのかと疑いたくなるくらいに立派な御亭主です。
オーストラリアでエミリーに協力してくれるのがヒューゴ・ウィーヴィング。自身も孤児であり、孤児院出身者の同窓会にエミリーを連れて行き、皆を紹介してくれる。
最初の成功した調査の話が伝わると、エミリーの元に我も我もと調査依頼が押し寄せてくる。皆、中年の男女ばかり。自分のアイデンティティを求める人々に、一人一人丁寧に聞き取りを行っていく。第一印象最悪だったデイヴィット・ウェナムも次第に協力的になっていく。
夫の協力もあって、児童移民には内務大臣の出国許可があったことが判明する。つまりこれは「政策」だったのだ。
このあたりまで明らかになった時点で、ようやく公式に調査委員会が設置されることになり、エミリーの仕事もここで委員会に引き継ぎかと思われたが……。
福祉局の上司がものすごく話の判る上司で、委員会にエミリーの推薦状を書き、二年間の休職も認めてくれる。エミリーは正式な調査員として委員会のメンバーになるわけで、引き続きこの件に携わることになる。
しかし旦那さんといい、この上司といい、エミリーの周囲には理解者が多い。これも人徳なんですかね。
むしろ調査の障害は、英国側の慈善団体の対応であったり、豪州側での妨害行為であったりします。
英国側の慈善団体が非協力的と云うのは何となく判る。子供を送り出した側ですから、非を認めて賠償請求されるのが怖いのでしょう。エミリーが「あの人達は自分が誰なのか知りたいだけなんですよ!」と云っても、重い腰はなかなか上がらない。
そして豪州側では調査に妨害が入る。こちらは子供達を受け入れた側なので、孤児院の記録を調査することになる。即ち孤児院の運営に問題があったことを指摘することになり(事実、そうなのですが)、当時の孤児院は多くが修道院だったワケで、エミリーの行為はもう老齢に達している聖職者達の老後の生活を脅かしていたのだった。
宗教が絡んでくるとハナシがややこしくなると云うのは世の常で、「修道院を守る」為に若い連中が暴走するという事態に及んだりします。
人間、保身に走ると途端にロクなことをしなくなりますね。
一介のソーシャルワーカーに過ぎないのに、脅迫に脅えながらも、真実を求めて孤軍奮闘するエミリーの姿は涙ぐましい。
しかしその所為で精神的に追い詰められ、心的外傷後ストレスと診断される。
あまりにも悲惨な過去の境遇を聞き、可哀想な人々と接していると、フツーに暮らしているだけで罪悪感を覚えるようになる。感情移入しすぎているのですが、そういう人でないと調査を続行できないわけで難儀なところです。
誰かに代わってもらうことは出来なかったのか。
本作ではエミリー・ワトソンだけが事実の解明に奔走していますが、実際にはどうだったのでしょうねえ。委員会の調査員は一人だけだったのかしら。実話に基づくとは云いながら、多少は時間軸の圧縮とか人物の整理が行われているような気がします。
そして遂に問題の修道院へ。散々「あそこには近づくな」と脅された後なので、いやが上にも緊張します。
この場面は実に静かで緊迫する場面でした。特にバイオレンスなこともなく、誰も声を荒げることも無い。実際、ほとんどセリフはありません。建物の中には数人の神父がいるだけ。
面と向かって非難も何もしませんが、この場面は無言の圧力に満ちておりました。これがホントに初監督作品なのかと思うくらい見事です。
しかし結局、神父は誰も天誅を喰らわないし、孤児達の失った日々は戻らず、全てが正される日もやっては来ない。
それでもエミリーに同行したデイヴィット・ウェナムが語る言葉は重いです。
「自分達の為に戦ってくれる人が欲しかった。それこそが俺がもらった最高の贈り物だ」と。
ラストはその後も調査が継続されていること、二三年後の公式謝罪(実はこの映画の撮影中の出来事)について字幕で紹介されます。
親父さんのケン・ローチ監督に勝るとも劣らぬ重厚な作品でした。
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