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2012年9月28日金曜日

アイアン・スカイ

(Iron Sky)

 ナチスが月から攻めて来た!──と云う惹句が作品概要の全てであります。SF映画でありますが、「SF」の前に「おバカ」が付きます。
 SFの中のジャンルに「バカSF」とか「法螺SF」と云われるものがありますが、本作はまさにソレ。
 ユニバーサルが大金投じて制作した『バトルシップ』(2012年)もそうですが、何もそこまで多額の制作費をかけずともB級なバカSFは作れるのです。と云うか、本作は脳筋な『バトルシップ』よりも、皮肉でブラックなユーモアに溢れております。一筋縄ではいきませんですね。
 本作の字幕監修に町田智浩がいてくれるので、字幕を読むのもなかなか楽しいです。

 本作がフィンランド映画であると云うのも驚きです(実際はフィンランド・ドイツ・オーストラリアの合作)。近年の北欧諸国の映画には傑作が多いデスね。
 特に本作はノルウェー映画『トロール・ハンター』(2011年)に匹敵するほどB級なバカSFです。大変素晴らしいデス。
 しかしこのネタでよくドイツから出資してもらえたものだと感心してしまいます。シャレの判る制作陣ですわ。しかし制作費が約七億五千万円だそうですが、そのうち一億円は各国のSFファンらのカンパによるものだそうで、やはりネタを聞けばカンパしたくなりますわねえ。

 当然、ティモ・ブオレンソラ監督はフィンランドの方ですので、全く存じませんでした。監督以下、製作スタッフすべて存じません。うーむ。
 と、思いましたが数年前にDVD化されたB級バカSF『スターレック/皇帝の侵略』(2005年)と云う、あからさまに『スタートレック』のパロディ映画が一部で話題になったことを思い出しました。あれもまたフィンランド映画。監督は……同じ人か! 監督、トレッキーかよ。
 『スターレック/皇帝の侵略』はよくあるスタトレ・パロディ作品のようなので、ついスルーしておりましたが、これはちょっと観てみないとイカンかしら。

 第二次世界大戦で敗北したナチス・ドイツの残党が、南米に脱出して再起を図るとか、総統のクローン人間を大量生産しようとするとか、悪魔と取引して異次元から怪物を呼び出すとか云う物語は存じておりますし、SF者には耳タコなネタです。
 だから月の裏側に脱出して月面基地を築いて生き延びていた、というのも驚くほどのことはないか。まぁ、奴らならやりかねん。何しろ、ドイツの科学力は世界一ィィィ! ですからね(笑)。
 同様に、「既にナチス・ドイツは火星に進出している」と云うネタもあるくらいで。
 しかしSF者のホラと云うか、ヨタ話をここまでしっかりと映像化してくれるとは嬉しくなります。CGを駆使した映像は実に見事です。
 また本作では、台詞がちゃんと英語とドイツ語を使い分けている点もポイント高い。

 月のクレーター内にそびえる鋼鉄の城(上から見ると鍵十字型)や、ナチスの宇宙服はやっぱり馴染み深いヘルメットにガスマスクにコート着用と云うデザインで、基地内ではフォルクスワーゲンが走っているし、月面車もサイドカー仕様と云うのが笑えます。ちゃんと「判っている人」がデザインしているのですねえ。
 そしてナチス・ドイツ謹製の「空飛ぶ円盤」が素晴らしい。実にアナクロでスチーム・パンクの延長線上にあるようなデザインです。劇中には小型の円盤型と、大型の葉巻型が登場しますが、葉巻型がモロにツェッペリンと云うかヒンデンブルグな飛行船型なのもシビレます。
 大戦終結時から独自の発達を遂げたテクノロジーと云う設定が見事にヴィジュアル化されております。

 馴染みの無い制作陣ではありますが、出演している俳優さんには、多少なりとも知っている顔がおりました。
 まずは月面総統ウォルフガング・コーツフライシュ役のウド・キア。もはやヘンな役が好きで出演しているとしか思えません。ウド・キアと云えば、最近も『メランコリア』(2011年)でお見かけしましたが、やはり『悪魔のはらわた』(1973年)とか、『処女の生き血』(1974年)とか、『サスペリア』(1977年)とかで個人的に馴染み深い。
 本作の月面総統役も、フランケンシュタイン男爵やドラキュラ伯爵と並んでウド・キアの代表作に数えられることでしょう。まぁ、世間一般的には『マイ・プライベート・アイダホ』(1991年)とか、鬼才ラース・フォン・トリアー監督の諸作品に出演していることの方が有名なのでしょうが。

 もう一人が次期月面総統の座を狙うクラウス・アドラー副総統役のゲッツ・オットー。なかなかのイケメンで悪党役が板に付いております。
 この人は『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』(1997年)で、ジョナサン・プライスの部下として登場し、ピアース・ブロスナンにヤラレてしまう殺し屋でしたっけ。『ヒトラー 最期の12日間』(2004年)でも親衛隊少佐の役でした。悪役の多いドイツ人俳優は、ナチス将校役を振られることが多いようですね。

 時に西暦二〇一八年、アメリカ合衆国は再び月面への有人飛行を行う。目的は月の資源調査。しかし月面の土壌に含まれる〈ヘリウム3〉を計測していた宇宙飛行士が発見したのは、ナチス・ドイツの月面要塞だった。
 月面ナチスの捕虜になるアメリカ人宇宙飛行士。
 とうとう地球からの月面侵略が始まったと勘違いした月面ナチスは、「殺られる前に殺れ」式に地球侵略計画を始動する(前々から準備だけはしていたようで)。

 侵略艦隊出撃を前にして、旗艦となる最終兵器〈神々の黄昏号〉を起動させる為には高性能の電子計算機が不可欠だったが、アメリカ人宇宙飛行士が所持していたスマートフォン(iPhoneかしら)で問題は解決。ただし、バッテリー切れで役には立たず、先遣部隊がスマートフォン確保に地球に潜入する。
 物語の中盤は、この先遣部隊が地球で遭遇するカルチャーギャップをネタにして笑いを取りながら進行していきます。
 色々と先進的テクノロジーを開発している月面ナチスでしたが、コンピュータだけは例外だったと云うのがお笑いです。リード線と真空管で動く骨董品のコンピュータが現役で動いている(逆に、それでよく円盤やら月面要塞やら建造できたものだと感心しますね)。
 副総統自らが陣頭指揮する先遣部隊だったが、アメリカでは大統領選挙キャンペーンの真っ最中。月面ナチスの侵略までもを大統領選挙に利用しようとする選挙対策委員長の思惑も絡んで、事態は予想外の展開に──。

 本作の至る所に様々なSF映画へのオマージュが小ネタとして仕掛けられています。
 笑ったのは、捕らえたNASAの宇宙飛行士がヘルメットを脱いだら黒人だったのを見て息を呑むシーンですね。『新 猿の惑星』(1971年)ですね。わかります。
 他にも顕著なのが『博士の異常な愛情』(1964年)ネタです。車いすを使ったギャグやら、ラストシーンでも盛大にオマージュが捧げられております。

 映画ネタ以外でも、人種や政治をネタにしたアブないギャグがてんこ盛りです。
 黒人を前にして「劣等人種」とか云っちゃイカンじゃろ。怖いもの知らずな演出ですわ。観ている方が冷や冷やします。
 更に強烈なのが政治ネタ。ナチス・ドイツのプロパガンダが、アメリカの大統領選挙のキャンペーンに丸パクされても一切、違和感なしというのが素晴らしい。実に毒のあるギャグでした。
 合衆国大統領が女性で、執務室にエクササイズマシンを持ち込んでいるとか、やたらと動物の剥製を飾りまくりな内装にも、言外に云わんとしていることがヒシヒシと伝わって参ります。
 「戦時下の大統領は必ず再選される」とか「アメリカがまともに勝てたのはナチスに対してだけ」とか、もうアメリカへの遠慮が微塵も感じられません(笑)。

 そうこうする内にシビレを切らした月面総統は先遣部隊の帰還を待たず、〈神々の黄昏号〉抜きのまま、艦隊を出撃させ、地球は大騒ぎに。遂に始まる人類史上初の宇宙戦闘。
 月面ナチスの主力攻撃方法は、軌道上から「月の岩」を投下する質量爆撃。アホなSFのくせに実に理にかなった攻撃方法です。ちょっと感動しました。

 一方、国連本部で各国首脳を前にして、意気揚々と大統領が披露するのが、アメリカ初の宇宙戦艦〈USSジョージ・W・ブッシュ〉。何というネーミング。しかもよりによって息子の方か。
 「国際条約違反だ!」と各国から非難囂々ですが、大統領は「アメリカはいいのよ」と涼しい顔。しかし旗色が悪くなると、今度は各国の宇宙戦艦が救援に駆けつける。
 「あんたたちだって条約違反じゃないの!」
 「まあまあ」
 素晴らしい国際政治です。日の丸つけた日本の宇宙戦艦も三回ほどアップになります(笑)。
 結局、平和条約を律儀に守っていたのは弱小国フィンランドだけと云うオチもナイスです。

 そして月面ナチス側もスマホより強力なタブレットPC(iPad?)を装備させ、遂に〈神々の黄昏号〉を出撃させる。その偉容。細かい部分まで作り込まれたCGは一見の価値ありでしょう。
 戦闘は激化し、被害はナチスの月面要塞にまで及びます。
 アメリカの宇宙戦艦は、ドイツの非戦闘員や女子供も巻き添えにする容赦無しの攻撃。さすがにマズいのではと思う者がいても、気にしない。
 「アメリカはテロリストとは一切、交渉しませんッ」
 もうこうなって来ると誰もナチス・ドイツを責められない。しかもアメリカの方が悪逆非道という描写が皮肉たっぷりデス。
 各国のエゴが炸裂しまくりのラストシーンも『博士の異常な愛情』を彷彿とさせ、エンドクレジットのあとに映る地球の姿には『宇宙戦艦ヤマト』へのオマージュすら感じられます。マニアックだなぁ。

 ところで本作の音楽を担当しているのは、ライバッハと云うユーゴスラビア出身のバンドですが、制服着用で全体主義を想起させる演奏スタイルの為か、メンバーは匿名であるそうな。本人達はファシズムに対するパロディであると説明しているそうですが、なかなか勇気の要る音楽活動です。
 それをまた起用しようと云う監督のセンスにもブラックなユーモアが溢れておりますね。




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