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2012年9月1日土曜日

最強のふたり

(Intouchables)

 事故で妻を亡くし、自身も首から下が全身麻痺した大富豪と、その介護者として雇われた黒人青年が、人種・年齢・社会的地位の垣根を越えて友情を結ぶドラマです。でもお涙頂戴式のドラマではありません。
 『人生、ここにあり!』(2008年)や『50/50 フィフティ・フィフティ』(2011年)と同じく、難病患者だろうと身体障害者だろうと、不幸に涙するのでは無く、ユーモアを武器に逆境を乗り切っていこうと云う姿勢が実に好ましいデス。

 本作は実話に基づく物語であると冒頭に表示が出ます。
 この物語のモデルになったフィリップ・ポゾ・ディ・ボルゴ氏と、彼の介護士アブデル・ヤスミン・セロー氏のことは、一度ドキュメンタリ映画として製作され、それをドラマ仕立てに若干脚色して──介護役がアラブ系からアフリカ系に変更になったり──製作されたのが本作。
 そしてコメディにすることは、フィリップ氏自身の希望でもあったと云います。流石デス。
 しかし結構、障害をネタにしたアブないギャグも随所に散りばめられており、頭の堅い人が本作を御覧になったら、眉をひそめるどころじゃなくなるのではないかと心配デス。ユーモアを解せない人は、本作の鑑賞は控えた方がよろしいでしょう。

 例えば、障害者に対してこんなことをする──
 本当に全身麻痺なのか確かめようと、脚に熱いティーポットを当てたり、熱湯をかけたり。
 雪の日にふたりで雪合戦をする。全身麻痺の障害者に雪玉を投げて、「どうした。少しは投げ返して来いよ」と挑発する。
 「なんて酷いことを!」と思われた方は、観ない方がいいですね。
 邦画じゃできない描写だなあ。

 本作で介護者となる黒人青年ドリス(オマール・シー)は、最初から大富豪フィリップ(フランソワ・クリュゼ)に対して容赦無しです。介護のカの字も知らないのだから無理も無いのですが。
 そもそも介護者募集の面接に現れたときも、採用されたいなんぞとは露にも考えておりません。「不採用のサインをくれ。それで失業手当が下りるから」と、端から失業手当の方が目当てという不埒な野郎です(フランスのハローワークでは、不採用通知を三通集めれば失業手当が下りるらしい)。
 しかしそれが逆に大富豪に気に入られる。
 面接に来た他の連中は、応募した動機を尋ねられると判で押したような回答しか寄こさない。単刀直入に「金の為」と云うのはまだ正直だが、「弱者を助けたい」とか「他人の役に立ちたい」なんぞというのが、どうにも偽善に感じられる。それに比べれば障害者である自分を見ても一切同情の表情を浮かべなかった黒人青年の方が何倍も好ましい。
 よって採用。明日から一ヶ月の使用期間ね。巧くいったらそのまま本採用。

 介護士の人達が全員、偽善者である筈がないとは思いますが、そう考えてしまうほどにフィリップの心は荒んでおるわけですね。特別扱いされるのが嫌だという心理は理解できます。また、自分が金持ちであるというのが影響して、妙に自分に追従し、おもねる態度を取られるのも我慢ならんというのも理解できます。
 フツーに扱ってもらいたい。ただそれだけなのに、そうしてもらえないとは不幸なことです。

 でもだからと云って、まったく介護経験の無い青年を、全身麻痺な自分の介護に指名しますかね。かなり冒険なんじゃないのかしらと思うのデスが。
 まかり間違えば、自分の命も危うくするような事態になりかねないですよ。いや、ひょっとしてそれを狙っていたのか。劇中では、自殺願望的な言動も発せられますからね。
 だから当初は失敗の連続。その描写自体が笑いを誘う演出になっています。しかし笑っているうちはいいが、何故そんな失敗をするのかということまで考えると、なかなかに恐ろしい。失敗しない為には、僅かな注意散漫も許されないのですから。

 大富豪フィリップ役を演じているのは、フランソワ・クリュゼ。フランスの名優ですが出演作の題名は聞いたことがあれど、観ておりません。『プレタポルテ』(1994年)とか『フレンチ・キス』(1995年)といったアメリカの映画にも出演しているのですが。『歌え! ジャニス★ジョプリンのように』(2003年)も観てないや……。
 黒人青年ドリス役のオマール・シーはジャン=ピエール・ジュネ監督の『ミックマック』(2010年)に出演しておりました(良かった。これは観たぞ)。
 しかしそもそもエリック・トレダノとオリヴィエ・ナカシュのコンビ監督の作品を観ていないのでした。二人の監督作品は本作で長編四作目だそうなのに。
 本作はフランス国民三人に一人が観たという大ヒットで、ヨーロッパ各国でも記録的なヒットを樹立したそうで、それも納得の出来映えであります。既にハリウッド・リメイクも決定とな(ハリウッドも相変わらずネタが無いのか)。

 それにしても序盤の失敗でよくも解雇にならなかったものですわ。馬が合ったのでしょうが、ドリスが介護の技能を習得するには随分とかかったのでは。劇中では一ヶ月という試用期間も編集のおかげでサクサク経過します。
 いくら内心に自殺願望があったかも知れぬとは云え、この序盤の失敗続きによくぞ耐えられたものだとちょっと感心してしまいます。まぁ、自分から云い出したことではありますが。
 下手な同情をかけてもらうことなく介護してもらうには、ここまで耐えねばならぬのかと考えると、ひょっとしてフィリップにはMのケがあったのではと邪推してしまいそうです。

 だって友情を育む以前に、フツーの人ならドリスの言動には我慢ならんですよ。あまりにもズケズケものを云い過ぎる。遠慮なさ過ぎ。
 フィリップの方もどうせ短期間で辞めるだろうと考えていたから我慢できたんですかね。
 始めにフィリップは職を得たドリスに挑戦的な言葉を投げつけます。
 「今までの介護士は大抵、二週間と保たなかったよ。さて、君はどれくらい耐えられるかな」
 暗に「私の介護は並大抵ではないぞ」とほのめかしておるわけです。確かに全身麻痺障害者の排便の介護はちょっと想像出来ませんね(劇中でもそこまでは映されませんでしたし)。
 でもどう考えても介護士が音を上げるよりも先に、介護される側が「もう勘弁してくれ」と云いたくなるような失敗の連続でした(ドリスは文句垂れてばかりだったし)。
 Mで無ければ耐えられんよなあ……。

 ドリスを見直したのは、車で外出する際にフィリップを車イスごと介護用小型車の荷台に載せるのを拒否したところですね。「人間を馬のように運ぶのはイヤだ」という妙なポリシーですが、これには一理あると感心しました。介護する側には便利なのでしょうが。
 代わりに事故の前まで使っていたであろう高級車を見つけて、「こっちに乗ろうぜ」と強引にフィリップを助手席に乗せてしまう。単に自分が高級車を運転したかっただけなのかも知れませんが、高級車を運転する為には、障害者の乗降の介助も厭わない姿勢が立派デス。
 フィリップも久しぶりに愛車に乗れて心なしか笑顔に見える。

 また、ふたりが親密になる過程で、お互いの過去をある程度打ち明け合う展開に、ドラッグを持ってくるのもなかなか型破りでした。
 貧困層の移民出身で前科もあるドリスは、ヤクザな連中とも付き合いがあるので、当然のようにマリファナも吸ったりします。フィリップの前でも喫煙をまったく遠慮しない。
 更に、ハッパをフィリップにも勧めるわけで、悪いこと教えてるなあと思っていたら、ハイになったフィリップが今までどんな介護士にも話さなかった心の内を語り始める。この展開は巧い。

 親しくなって以降は、性格から趣味に至るまで正反対な二人の描写が面白かったです。
 特に、画廊で大金投じて抽象絵画を買い付けるフィリップに唖然とするドリスがいい。
 「芸術は人が世に残せる唯一の足跡だ」と語るフィリップにはタナトス指向を感じて心配になりますが、逆にドリスが「そんな落書きが大金で売れるなら」とテキトーに描きなぐった作品をフィリップの親戚に大金で売りつけたりする展開には笑ってしまいます(さすがにこの部分は脚色でしょう)。
 音楽の趣味もまるで違うが、やがて互いの推す楽曲を聴き始める。
 後半のフィリップにはもう死に憧れるような言動はまったく見受けられなくなります。ドリスの方もフィリップだけでなく、今まで顧みなかった家族を労ろうとする姿勢が見えてくるのが好ましかったです。

 そうは云っても、遠慮が無い性格は変わらず、妻を亡くした後、遠方の女性と文通するだけの消極的なフィリップの交際に、「電話しろ。会いに行け」とツッコミ入れるドリス。
 「親しき仲にも礼儀あり」と云うのを知らんのか。
 よくあれでフィリップが怒り出さなかったものです。日本的感覚とはちょっと異なりますね。
 それともツッコミ入れてもらうのが嬉しかったのか(やっぱりMなんじゃ……)。

 破天荒な介護士のお陰で、フィリップの人生に光明がもたらされ、障害を抱えながらも再婚し子供も設けたことがラストで紹介されます。どんな人生でも捨てたものでは無いと云うのが良いです。
 でもこのふたりの「最強」な組み合わせは奇蹟みたいなもので、一般の障害者介護のお手本にはとても出来ないでしょう。
 エンドクレジットでは、モデルとなった実在のフィリップとアブデルの映像と共に、「今でもふたりは深い絆で結ばれている」と紹介されます。
 やはり実話に基づく物語とは力強いです。音楽を担当したルドヴィコ・エイナウディのピアノの劇伴もなかなか印象的でした。




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