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2012年6月14日木曜日

幸せへのキセキ

(We bought a ZOO)

 どうにも邦題に「しあわせ」と付く映画がやたらとあるようで、区別が付きにくいです。配給会社には何とか考え直して戴きたいものです。
 本作も原題が “We bought a zoo” なのだから、直訳して『動物園を買っちゃった』とかにしておけばいいのに。内容に偽りなしですし、一番判り易いと思うのですが。
 原作は著者であるベンジャミン・ミー氏自身の体験に基づく同名の回顧録だそうで、そちらも邦題は『幸せへのキセキ~動物園を買った家族の物語』(興陽館刊)となっています。副題がそのまんまやね。

 主人公ベンを演じるのはマット・デイモン。役作りの為に〈ジェイソン・ボーン〉シリーズのときのような精悍さを消して、少し肉付きを良くしているようですが、さすがに髪の毛までは手が出せなかったか。実在のベンジャミン・ミー氏は頭髪量ゼロ状態ですが、これを再現することは出来なかったようです(笑)。
 劇中でも「髪の毛がまだある」旨の台詞もあります。
 あまり出番はありませんが、マットの兄ダンカン役として『サイドウェイ』(2004年)の名優トーマス・ヘイデン・チャーチが登場しております。いつもながら厳めしい顔立ちで、とてもマットと兄弟には見えませんが、そこはスルーしましょう。個人的には『スパイダーマン3』(2007年)のサンドマン役の方が印象深い(好みの問題です)。

 競演する女優陣には大人から子供まで、各年齢層がそろえられていていますね。
 動物園の飼育係が、スカーレット・ヨハンセン(以下、スカよん)。『アイアンマン2』(2010年)の妖艶な女スパイとは打って変わって素朴で健康的な働き者を演じておられる。
 その従妹役が、いつも可愛いエル・ファニング(以下、エルたん)です。宣伝ではマットとスカよんばかり名前が強調され、エルたんが目立っておりません。誠にけしからんデス。
 そしてエルたん以上に愛くるしいのが、マットの末娘(七歳)を演じるマギー・エリザベス・ジョーンズ。本作は何を云うにしても、この子役のマギーちゃんが可愛すぎる。エルたんの出番が少なかったことは残念ですが、足りない分はこの子で充分に補えます(ナニを?)。

 監督は『あの頃ペニー・レインと』(2000年)や『エリザベスタウン』(2005年)のキャメロン・クロウです。本作があれば、もう『バニラ・スカイ』(2001年)は忘れてもいいですね。

 マットの職業はコラムニスト。突撃取材で体験したことを書きまくるわけで、冒頭はそんなマットの無茶ぶりが楽しく紹介されます。
 愛する妻と二人の子供に恵まれ、幸せな家庭を築いていたのに、あるとき奥さんを亡くしてしまう。自分もショックだが、遺された子供達も可哀想です。父子家庭となってしまい、危険な取材はお手のもののパパも、子育てには大わらわ。
 ついつい子供達へのケアが疎かになってしまい、長男(コリン・フォード)は学校で問題を起こしてしまう。十四歳なので中学生か。思春期の少年の扱いは難しいです。

 この長男のやさぐれかたが実に心配です。絵心があってスケッチブックを手放さない少年ですが、母の死以来、描く絵はすべてダークで不気味なタナトス指向のイラストばかり。学校の廊下に張り出された生徒の作品をながめていくと、ハッピーな絵の中に一枚だけ「グロい人体切断イラスト」があって、「息子さんの絵です」と説明される。
 父兄としてはいたたまれませんですね。

 生活環境を変えねばならんと、心機一転しての引越を決意するものの、なかなか適当な物件が見当たらず、幼い娘と一緒に不動産屋の紹介する物件を見て回る。年端もいかないとは云え、この娘の寸評が的確で笑えます。物件を一目見るなり、「惜しい」「ダメ」「アリエナイ」と次々にダメ出ししていく。
 困り果てた不動産屋が最後に「あまりお薦めできませんが」と紹介した家が理想的で、父娘共に気に入ってしまう。しかし問題があり、この物件には動物園が付属していたのだった。

 もともと動物園のオーナーの住まいだったものが、オーナーの死により動物園は閉鎖され、遺された遺産だけを頼りに細々と動物の飼育だけが続けられていたのだが、遺言により家と動物園を分割することは出来ず、必ずセットで購入する者にだけ売却することになっていた。
 常識的に考えれば購入は思いとどまるところですが、末娘の喜び方は尋常では無い。もうクジャクを見つけるや大喜びで近づいていく。その姿を見たマットに断ることは出来なかった。
 子供の心理的なケアに動物を使うことがあるというハナシは聞きますが、まさにこの場合がそうだったようです。
 残っていた飼育員達を取りまとめ、マットは動物園再建を決意する。
 今まで他人の冒険ばかり取材してきたが、今度は自分の冒険だ。

 実在のベンジャミン・ミー氏が購入したのは、イギリスのダートムーア動物園だったそうですが、物語の舞台はカリフォルニアなので、動物園の名称も架空の「ローズムーア動物公園」になっています。ミー氏は購入後、約一年かけて動物園を再開させましたが、ここでも時間軸は圧縮され、購入が早春の出来事で、営業再開は夏(七月七日)ということにされています。
 おかげでストーリーの展開が早く、ドラマの中盤は次から次へとトラブルが続出し、マットがその対応に奔走する姿をテンポ良く追いかけていきます。ユーモアのあるコメディ・タッチの演出もいい感じデスね。

 再建過程で資金難に陥るなどの問題は、リアルでは相当に深刻でしょうが──劇中でも破産寸前にまで追い詰められる──、明るく前向きに解決していきます。やはりカリフォルニアが舞台だからか、あるいは陽気なアメリカ人気質の所為か。ちょっと御都合主義的な匂いが無きにしも非ずですが、ハッピーエンドの為なのでスルーしましょう。

 再建が進行していく中で、末娘の方はもう問題ないが、息子との関係がなかなか修復されない。やはり年下の子供の方が優先的である為に、年上の子供の方に目が向かなくなるというのはやむを得ないことなんですかね。特に男親だし、息子は大丈夫だと思っていたら、全然大丈夫じゃ無かったと云うのは、ありがちなことか。
 実は息子は動物園購入に反対で、最後まで馴染めずにいたワケです。
 しかし従業員一同が登場したときから、スカよんの従妹エルたんはマットの息子が気になるらしく──同じ年頃の子供が周辺にいない所為もあって──、あれこれと話しかけてはモーションを掛けているのに、息子の方はつれない素振りを繰り返す。
 せっかくエルたんが世話を焼いてくれているのに、何と云う勿体ない態度だ。
 まぁ、最初から息子がとんとん拍子にリア充になってはドラマが盛り上がりませんけどね。

 結局、堪りかねた息子と父親のぶつかり合いがあり、鬱屈していた気持ちをブチ撒けるという展開を経て、やっと父と子の相互理解が進むというのは、家族の物語にはお約束でしょうか。
 ここでも動物による心理ケアが効果を発揮します。動物園の中にいた老齢のトラが、孤高の死を迎えるというエピソード。気高いトラが静かに死を迎える様子を間近に見守ることで、ようやく少年も母の死を受け入れられるようになるという演出が巧いです。

 このあたりから息子の描くイラストが、骸骨や死神ではなくなり、トラや動物の絵になっていく。チラリと人物画(エルたんらしい少女)のスケッチも見えたりして、変化が起こっていることが察せられます。
 そして今までつれない態度を取ってきたエルたんに対して、どう話して良いのか判らなくなる。意識し始めた途端にぎこちなくなると云うのが、甘酸っぱいですわ。
 ここでマットが父として、そして経験者として、アドバイスします。父と息子のエピソードはこうでないと。

 「勇気を出せ。たったの二〇秒でいい」

 告白の言葉を口にするには二〇秒で充分だ。何故なら、パパもそうだったからだ。
 この息子の恋が成就する場面を過ぎれば、後はもう全ては付け足しのようなものです。
 動物園の再開前日が記録的豪雨だったり、でも翌朝は奇蹟のような晴天だったり、初日から地域の人々が押し寄せてきて大盛況になると云うサクセスストーリーな結末は、ぶっちゃけオマケです。もう当然の展開ですから。
 明るく希望に満ちたストーリーで、特にマットとスカよんが恋仲になるなどと云う展開にならないのが、逆に爽やかでした。

 ところで、劇中で語られる二つの言葉の対比がなかなか面白かったです。
 “whatever” と “why not”。
 前者はあまり良くない言葉として、マットが子供に禁じる言葉です。字幕でも「別にィ」と訳されていたし、ネガティブで、ふてくされた息子の捨て台詞として使われている。
 後者は対照的に前向きな言葉として使用されていました。スカよんから理由を尋ねられた際に、マットが使ったりしています。
 「何故、動物園を買ったの?」と訊かれ「いけないかい?」と返す。

 ラストシーンは、マットが亡き妻(ステファニー・ショスタク)との馴れ初めを子供達に語る場面です。回想シーンの中で「二〇秒の勇気」を振り絞ったマットのナンパに、何故、応じてくれたのか訊ねると、奥さんが同じセリフで応えます。「いけないかしら?」
 実は物語が始まる前に既に亡くなっていた女性が、ずっとマットの人生に影響を与えていたと云うオチがいいです。
 これからは英語で理由を訊ねられたら、「why not ?」で返そう(そんなシチュエーションは来ないよ!)。




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