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2012年6月13日水曜日

君への誓い

(THE VOW)

 人間の人格は記憶によって左右されるのか。もし記憶と経験を失ったとき、それは以前と同じ人物であると云えるのか。そして愛とは脳内に蓄えられた情報に過ぎないのか。記憶が無くなるとき、愛もまた消え失せるのか。
 なかなか哲学的であり、SFのようでもあります。
 でもこれは実在する夫婦のエピソードを基にした物語(若干の脚色はあるそうです)。

 交通事故で四年分の記憶を失い、夫の顔も、結婚していた事実すらも忘れてしまった妻と、もう一度、妻の愛を取り戻そうと奮闘する夫の姿を描くストーリー。
 記憶喪失になる妻役が、レイチェル・マクアダムス。つい最近も『ミッドナイト・イン・パリ』(2011年)でお見かけいたしました。
 献身的な夫の役が、チャニング・テイタム。『僕が結婚を決めたワケ』(2011年)、『親愛なるきみへ』(2010年)と最近は恋愛映画の方でばかりお見かけします。『第九軍団のワシ』(2011年)はスルーしてしまいましたが、今年はまだ『G.I.ジョー』の続編が控えているので、またアクション映画の方でもお目に掛かりたいです。

 共演となるレイチェルの両親の役が結構、豪華です。サム・ニールとジェシカ・ラングですよ。
 サム・ニールはともかく、ジェシカ・ラングはティム・バートン監督の『ビッグ・フィッシュ』(2003年)以来ですわ(その間に色々とスルーしているので)。
 監督は本作で二作目となるマイケル・スーシー。TVドラマ『グレイ・ガーデンズ/追憶の館』(2009年)ではエミー賞を獲ってます(ジェシカ・ラングはこのときエミー賞主演女優賞受賞)。腕は確かですね。

 物語の舞台となるのは、大都市シカゴ。劇中にはシカゴ美術館や、街中に設置されたパブリックアート作品が何度か登場します。
 最近のシカゴのランドマークと云えば、ミレニアム・パーク前の〈クラウド・ゲート〉が忘れがたい。ステンレス製の鏡面加工された巨大な豆のようなオブジェ(あまり門のようには見えませんけど)。ここはダンカン・ジョーンズ監督のSF映画『ミッション:8ミニッツ』(2011年)でも登場していたシカゴの名所のようです。
 もうシカゴと云えば〈クラウド・ゲート〉なんですかね。チャニングとレイチェルがここでデートしたりする場面でもロケされています。

 さて、事故後しばらく昏睡状態が続いていたレイチェルは、ようやく病院で目覚めたが記憶を失っており、夫であるチャニングが誰だか判らない。自分が結婚指輪を嵌めていることについても、まったく身に覚えが無い。
 実はこの四年の間に生活環境が激変しているので、記憶が消え失せたレイチェルはまるで別人になってしまっている。事故の報せを受けて実家からレイチェルの両親が駆けつけてくるが、夫よりも両親の方を頼りにする態度に愕然とするチャニング。

 駆け落ち同然に結婚した二人なので、レイチェルは実家とは疎遠になっていた筈なのに、まるでそんなことは無かったかのように振る舞うレイチェル。何しろ記憶はチャニングとの出会い以前の時点までリセットされているのだから、その後に起こったチャニングとの結婚をめぐる両親との諍いの記憶までがきれいさっぱり消え失せている。
 この状態は、実は両親にとってはむしろ好都合。娘が記憶喪失なのをいいことに「駆け落ちなど無かったことにしてしまおう」と企んでいる義父サム・ニールの悪党顔に笑ってしまいます。
 表面上は娘の健康を心配し、実家に連れて帰ろうとする献身的な両親ですが、誠に胡散臭い。

 実はサム・ニールはお堅い弁護士であり、娘レイチェルの進路も半ば強引に口出しをしてロースクールに進学させていたと云う経緯があった。
 しかし娘は音楽スタジオを経営するミュージシャン(これがチャニング)と出会い、ロースクールを退学し、内心やってみたかった彫刻家への道を歩み始めた。親からしてみれば、ミュージシャン崩れの男と駆け落ちし、怪しげなアトリエを構えて、収入不安定なアーティストになっている娘の姿は容認できるものでは無い。食生活も菜食主義に宗旨替えしている。
 チャニングにとっては、菜食主義者の彫刻家こそが妻レイチェルなのに、もはや四年間の記憶を無くしたレイチェルは、問題なく肉を口にし、愛用していた彫刻道具の使い方も判らなくなっている。何より「アーティストになりたかった」願望まで消失している。食の好みも、服の趣味も、ヘアスタイルも、チャニングと出会う前と後ではまったく異なる。

 この場合、それでも同一人物と云えるのか。
 おまけにレイチェルはチャニングと知り合う以前に別れた元カレと接近し始める。両親公認の婚約者だった元カレにしてみても、こんな好都合な展開は無い。婚約破棄に至った原因すら忘れてしまっているので仕方の無いこととは思いますが……。
 この元カレ役はスコット・スピードマン。〈アンダーワールド〉シリーズでケイト・ベッキンセールと共演していた吸血鬼と狼男の混血青年がこんなところに。なんか初めてフツーの男の役が回ってきたような気がします(笑)。
 チャニング以外、周囲の誰もレイチェルの記憶を取り戻したいという気になっていない状況が絶望的です。誰もが以前のレイチェルに戻ったことを歓迎している。

 しかしチャニングは諦めない。
 ミュージシャン仲間が祝福してくれた結婚式で自分は誓った。

 ──困難が二人を引き裂いても、再び結ばれる途を必ず探し出すことを魂にかけて誓います。

 これが原題でもある「誓い( “the vow” )」というわけで、何とか自分たちの思い出の場所にレイチェルを連れ出し、改めて親交を結ぼうとするチャニングが健気です。初めて出会った場所、初デートの店。思い出せないのなら、もう一度、自分に恋してもらいたいと云うのが切ない男心です。
 しかし効果なし。レイチェルの方はまったくピンと来ない。
 やはり恋とは偶然の産物なのか。
 SF者なのでこのチャニングの試みは、バタフライ効果の実証実験みたいな感じがしました。「条件が同じでも同一の事象は発生しない」のです。いや、愛とカオス理論は関係ないか。

 サム・ニールがニコニコしながら「このままでは君も娘も辛いだろう」と離婚届の書類を持って現れる。ほとんど悪魔が取引を持ちかけてきたかのようです。
 実際、仕事そっちのけで奔走している間に、チャニングの生活はどんどん困窮していき、借金はかさむ一方。裕福なサムは現金も積み上げ、問題を解決してあげようと持ちかけるわけで、善人面したイヤな奴です。
 断腸の想いで遂に書類にサインしてしまうチャニング。

 実話ベースなので展開がシビアです。奇蹟的な記憶の回復は遂にやって来ません。
 しかしこれでサム・ニールの方が一方的に勝利するのかと云うと、そうは問屋が卸さない。思わぬところからレイチェルは自分が両親と不和になり、家を出た本当の理由を知ってしまう。チャニングとの結婚だけが理由では無かったのだった。
 ショックを受けるレイチェルですが、実はチャニングもそれを知っていたの云うのが驚きです。
 その事実を突きつければ、自分に有利になると承知しつつも、「君に二度も家族を捨てる選択をさせることは出来なかった」と告白するチャニングは漢です。

 ここから先はSF者としては、平行世界のシミュレーションを見るような不思議な感じでした。
 まったく同じ事象は二度とは起こらない。
 けれども似たようなことなら起こる可能性はある。
 「両親と絶縁し、駆け落ちした世界」はリセットされてしまった。しかし「何事も無かった世界」にも戻れない。
 再構築された世界では、両親を赦し、和解しつつ、レイチェルは独立した道を歩み始める。ある意味、これは最善の選択が行われたとも云えます。
 唯一、元の世界と異なるのはレイチェルとチャニングが出会っていないという点だけ。しかしもう一度、出会うことは出来る。

 と云うワケで、一度はすべてを手放したチャニングは、以前とはまた異なる出会い方をする。無理強いして記憶を取り戻させるようなことをせず、ありのままの自分を尊重してくれたチャニングに再び好意を抱くレイチェル。
 今まで行ったことのない別の店で食事でも、と一緒に歩き始めるところでエンドです。元に戻ったようで少し違っている世界で、また新たな恋が始まるのか。それは誰にも判らない。

 しかしながら実話ベースなので、モデルとなったカップルについては、最後に字幕で説明が入ります。
 二人は再び結婚し、今では子供も二人設けていると云う。それでも奥さんの記憶は失われたままだそうです。現実には二人の仲を引き裂こうとするサム・ニールのような父親はいなかったみたいですが、それではドラマが盛り上がらん。巧い脚色ではありますね。




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