主演の俳優がどちらもテッパンですから、この組み合わせでハート・ウォーミングなストーリーをやって失敗するわけが無い。もう何の心配も要りませんですね。すべてに於いて安定しおります。
音楽もジェームズ・ニュートン・ハワードですし。流れに身を任せて観ているだけで九九分が過ぎ去ります(それはそれで如何なものか)。
逆に安定しすぎて、あまりにも意外な展開の無いストーリーにチト物足りなく思うところもありますが、これは贅沢ですかね。そつ無くまとまりすぎている気がしないでもありません。
原題の「ラリー・クラウン(“Larry Crowne”)」と云うのが主人公の名前。つまりトム。
トムは、とあるスーパーマーケットの優良従業員。いつもニコニコ笑みを絶やさず、よく気が付き、ユーモアがあり、売上アップに貢献したことで表彰されること既に八回を数える。
今日も今日とて、店内で呼び出しのアナウンスがかかる。
「ラリー、呼ばれてるぜ」
「何かな」
「また表彰じゃないのか。これで何度目だよ」
「ナニ、たったの……九回目さ(笑)」
意気揚々と事務所に顔を出すと、突然の解雇通知。不景気によるリストラは容赦無い。
『カンパニー・メン』(2010年)でも描かれておりましたが、アメリカの解雇はホントに容赦無しですな。
しかもその理由が学歴が高卒だからと云う理由のみ。トムは高校卒業後、軍隊に入隊し二〇年間を海軍で過ごしていたのだった(軍艦のコックだったと云う経歴が、何やらセガールぽいですが、こちらは本物のコック)。
当然、大学へ進学することもなく、除隊して就職したのが、今の職場だったという次第。
かくしていきなり無職となったトムの生活はお先真っ暗。収入が無ければ家のローンは払えない。この歳で学歴も無ければ再就職は難しい。
そこで「学歴が無いなら、今から取得すればいい」と、隣人の勧めに従い、地元の大学に通うことにする。コミュニティ・カレッジというシステムがなかなか興味深い。
再就職に必要なのは、経済学の単位と、面接で自分をアピールできるスピーチ技能だと学長のアドバイスを受けてふたつの講座を受講することに。
しかしスピーチ講座の講師メルセデス(ジュリア・ロバーツ)は仕事への情熱を失ったヤル気なしの冴えない講師だった……。
たった十人しかいないスピーチ講座の個性溢れる受講生の面々と、グータラ講師ジュリアの交流が次第に彼らの人生を変えていく──と云うワケで、かなり悲惨な境遇ではありますが、前向きに事態を打開していこうというトム・ハンクスの明るい態度がストーリーを楽天的にしております。
こういう役をやらせたらトム・ハンクスの右に出る者はおりませんな。
面白いのはスピーチ講座と一緒に取った経済学の講座です。
経済学の講師として、ジョージ・タケイが登場します。予備知識なかったので、いきなりミスター加藤が出てきたときにはタマゲました。
役名も「エド・マツシタ教授」という日系の先生。いつもながら深みのあるイイ声です。
授業中に生徒がケータイやスマホをいじることが許せないという、なかなか厳しい先生です(いや、それが当たり前か)。見つけ次第、即刻没収。
「スマートフォンとは、バカ者ほどよく使っとるようだ」
授業中にスマホをいじる学生はそう云われても仕方ないか。
ジョージ・タケイがいる所為か、劇中で『スター・トレック』のパロディが入ったりします。
スピーチの実技演習で、受講生のひとりがいきなりコスプレしてスピーチしたときには笑いました。
「総じてSTOファンは、DS9ファンを見下す傾向にあります。これは如何なものでしょうか」
ナニをスピーチしておるのか。いきなり “STO” とか “DS9” とか云っても、SF者で無ければ判らんだろう。観ているひとにも判らないのでは。
案の定、ジュリア・ロバーツにはサッパリ。そもそも『スター・トレック』と『スター・ウォーズ』の違いも判らない。まぁ、フツーの人はそんなものだよね。
ちなみにこの受講生は『ディープスペース・ナイン』のコスプレだったので、きっとコンベンションの会場では肩身の狭い思いをしている側なのでしょう。本筋にはまったく関係ないですが。
本筋に関係ないと云えば、もうひとつ。
トム・ハンクスに好意を寄せる受講生の娘さん(ググ・バサ=ロー)が背中の腰のあたりに漢字のタトゥーを入れているというネタがありました。漢字はクールなんですかね。ファッションで刺青を入れるのもアメリカでは一般的なのか(日本でもか?)。
これが堂々と 「 醤 油 」 と彫っている。
本人は「勇気ある精神」と云う意味だと吹聴しているのですが、日本人には一目瞭然。こういう場合は教えてあげる方が親切なのか、見なかったことにするのが親切なのか。
トムの場合は前者だったようで、海軍時代には日本にも駐留していたらしく、しかもコックだったから、意味するところが明確に判ってしまう。「ええと、それはソイ・ソースと意味で……」
ただ「それは日本語じゃなくて中国語だよ」と云う台詞には、チト違和感がありましたが。まぁ、漢字は中国の文字なのだから正しいのか。
講師と受講生の関係でストーリーが展開していくのかと思っていましたが、割とジュリアの私生活についても細かく描かれます。
自称作家の亭主がいて、仕事もせずに遊んでいる。家計はジュリアが一人で支えており、もうウンザリといった描写があります。やる気なしでいる背景にはこういうことがあるのだという説明なのですが、別にここまで詳細に説明する必要は無いように思えました。
破局を迎えてジュリアが亭主を家から追い出す場面もあります。
一方、トムの方にも離婚歴があると云う設定。
だから二人ともフリーになって、仲が進展していきますよという説明なのでしょうが、そこまで描かないとイカンものなんですかね。ある程度、年齢がいった男女がお互いに独身でいる理由をキチンと説明しておかないと、ナニか差し障りでもあるのでしょうか。アメリカでは気にする人が多いのかな。
このあたりは妙に蛇足ぼく感じられました。
それでそのままラブ・ストーリーになるのかと思いきや、その路線にはなかなか進みません。
講師と受講生の関係で、男女の仲になるのはイカンのですと、ジュリアの方が自制する。良いムードになってきたと浮かれているトムは冷水を浴びせられて失恋状態。
結局、仲が進展し始めるのは修了試験が終わってからになる。でも修了試験が終わると云うことは、ドラマの方も終わると云うことで、これから二人の恋が始まりますよと云われましても、なんか釈然としませんですね。
恋愛要素を排して、素直に教師と生徒のヒューマン・ストーリーに徹した方が良かったのでは無いかと思いマスが、トム・ハンクスとジュリア・ロバーツを出しておきながら、それでは許されなかったのか。
ちなみにこの修了試験で受験生達が実演するスピーチは、どれも面白く、個性豊かで楽しいものでした。白眉なのがトリを務めるトムのスピーチであったことは、云うまでもありません。
序盤ではしどろもどろでマトモに話すことも出来なかったトムが、見事な話術でスピーチします。
加えて経済学の試験の方も楽勝。
ジョージ・タケイから「君は私の教える概念を理解した数少ない生徒だ」とまで称賛される。ちょっとデキスギな感は否めませぬが、ハッピーエンドにするにはこうしないとね。
リストラされたトムが再就職できたか否かは、もはや重要では無い。出会いによって人生が変わった二人が新しい生活に踏み出しますよというのが大事なので、その後のことについては観客の御想像にお任せしますというラスト。
エンディングは、トムとジュリアがスクーターに二人乗りして走っていく姿をコラージュした、なかなか面白い演出でした。劇中でもスクーターに乗っておりましたが、あからさまに『ローマの休日』へのオマージュが感じられます。
最後には二人が客席に向かって手を振ってくれます。なかなか洒落たエンディングでありました。
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