F1ドライバーのドキュメンタリなんて面白いのか……?
なんか思ったよりロングランし続けているらしい。
実はこの映画は短期間の公開を前提にしていたらしく、パンフレットを作っていません(当たらないと思われていたのかな)。が、かれこれ一ヶ月近く公開が続いている。この手の映画としてはロングランなんだろうねえ。
やはり「セナ=最速の男」というイメージは不滅なのか。
もう亡くなって16年も経つのに。
映画としては、これが結構、面白かったりする。まさに「事実は小説よりも奇なり」と云うか、まるでドラマの筋書きでも見ているかのような印象を受けました。
映画はアイルトン・セナの半生と云うよりも、F1デビューから亡くなるまでの十年足らずに焦点を絞っている。少年時代とか、カート・レーサーだった頃のことは冒頭でサラリと流す程度である。
若者が才能を見いだされ、レーサーとなり、順調にステップアップを続けて、遂にF1ドライバーとなる。サーキットで注目を浴びて、あこがれのチームの一員となり、王者プロストとコンビを組むことになったのはいいが……。
レーサーとしてピークにあったプロストは次第に若きセナを疎んじるようになり、王者の座を追われることを恐れ、マクラーレン・チーム内に不協和音が充満していく。
不可解な判定による失格。ライセンスの一時停止。
セナを見舞う不運の連続の裏には、プロストの暗躍があった──いや、そこまで断定的ではありませんが。これはセナの映画なので、完全にプロストが悪者扱いなのは仕方がないか。プロストのファンだった方には云いたいこともあるでしょう。いや、そもそもプロストのファンはこんな映画は観ないね(笑)。
しかし一時期、世界最速王者の争いはF1チーム同士と云うよりも、マクラーレンという同一チーム内で行われていた、というナレーションには同意しよう。あんまりF1は見ていなかったのだが、素人の私にも「セナvs.プロスト」の図式は聞いたことがありますからな。
そうか、もう20年も昔か。
日本の自動車メーカーがF1に入れあげていた頃だねえ。ホンダのロゴが懐かしい。
それにしてもプロストって汚い手を使うヤツだ(信じたぞ)。
しかも笑ってしまうのは、セナにとって何か劇的なことが起こるのは大抵の場合、日本GPであるという奇妙な事実。だから日本のマスコミの映像もかなり使われています。フジテレビの取材映像ばかりですが。
この時期、日本は他の国よりもF1の放送に熱心だったと云うことか。
人によっては、深夜TVで見ていた映像もありましょう。この部分は字幕なしでも理解できます(と云うか、この部分に字幕はない)。
当時のブラジルはサッカーの他にも他国に誇れるものがあった──と云うか、映画では「セナこそブラジル国民の唯一の輝ける星であった」という扱いで、サッカーの「サ」の字も出てきません。
世界的に有名なブラジル人は──ペレ、ジーコ、セナだそうであるが(笑)。
面白いのは、セナが頂点を極めた頃に前後して、F1の世界にも電子化の波がやってきたことか。電子制御されたマシンは「誰でもセナ並のドライビングが可能になった」と云われるが、なんか誇張されてる?
そしてマクラーレンを去った宿敵プロストが再び、移籍先のチームからこの新型マシンを駆って立ちはだかる。何だ、そのドラマのような展開はッ。
しかし本当にドラマの世界なら、それでもセナは勝ったのだろうが、現実は厳しいやね。
でもあまりにもイージーになったので、電子制御マシンはすぐ禁止になったそうである。まぁ、観客もそれではつまらんのでしょう。
このあたりからセナの移籍話も持ち上がり、次第にあの1994年が近づいてくると雰囲気が暗くなってくる(当然か)。
ウィリアムズへの移籍後からマシンの調整に難航し、成績は不振。
そして運命のサンマリノGP、イモラ・サーキットのタンブレロ・コーナーでの悲劇。
訃報を伝えるシーンでは、何故か日本のキャスターがこれを伝える場面になっていた。日本人にとっては字幕いらずの判りやすい場面であるが、フジテレビの実況アナウンサーが言葉に詰まって取り乱す場面が使用されている。これって日本公開版だけのことなのだろうか。
事故原因にはいまだに諸説あるが、どれもマシンの故障に関するものばかり。セナほどのドライバーが、あんな簡単なコーナーで事故るわけがないという関係者の証言も頷けますな。
ブラジル国民の受けた衝撃は如何ばかりか。
遺体の搬送には空軍まで出動し、棺は国旗に包まれ、もう国葬扱いである。改めてセナの人気の高さを伺い知ることが出来る。
葬式では、チーム関係者やドライバー仲間が多数出席し、棺の運び手になっていた。プロストの姿も確認できます。
あれだけ嫌がらせの数々を仕掛けた張本人が、どのツラ下げて葬儀に出て来やがるかッ(いかん。もうすっかりプロスト嫌いになってしまった)。
死後、セナの姉によってブラジルの貧しい子供達の救済を目的とした〈アイルトン・セナ財団〉が創設された。
管財人は──アラン・プロスト。
うーむ。プロストもどういうつもりなのか。
セナの死に責任を感じているのか、何か思うところあったのか。映画はその点については何も触れないまま、終わってしまう。
マクラーレンから移籍しない方がセナには幸せだったのだろうか。
もうちょっと長生きしてシューマッハと競り合う姿を見せてもらいたかった。ああ、惜しいドライバーを亡くしたなあ──って、F1の深夜の実況なんてほとんど関心無かったくせに、ナニを今更です(汗)。
●余談
昨年もこの手のドキュメンタリが超ロングランしましたな。
まぁ、あれはマイケル・ジャクソンだったし。
アイルトン・セナもこの調子でロングランするのだろうか(さすがにそこまではしないか)。
しかし〈音速の貴公子〉と云う称号は、海外でも通用するのだろうか(しないと思うが)。
日本ではすっかり「音速=セナ」というイメージですな。これも古舘伊知郎のお陰か。チャック・イェーガーの立場は?
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