『さらば、愛しき鈎爪』とか評判いいらしいので、買ってはいるのデスが、積んだまま。そもそもヴィレッジブックスからの翻訳なので、イマイチSFとしての認識が薄い。
この映画の原作『レポメン』も新潮文庫だし。
早川や東京創元からは完全にノーマークなのが解せぬ。
リドリー・スコット監督の『マッチスティック・メン』も、原作はガルシアだそうデスが、『マッチ~』はスコット監督作品の中でも一、二を争う不人気作なのでスルーしております(笑)。
なんとなく不遇な作家さんのような気がしますね。
原作も元は短編で、映画化に漕ぎ着けるまでに十年近くあったそうです。製作決定後、脚本のリライトを繰り返しながら、小説としても長編化を進めていたそうなので、ビミョーに似て異なる作品になったようですが、同じ作家の手になるものなので問題ないでしょう。
ところでこの映画、ベン・ボーヴァが設定協力しています。意外なところで意外な人の名前を見つけました。最近、ベン・ボーヴァは映画会社のSF設定コンサルタントに雇われておるそうな。へえ。
で、この『レポゼッション・メン』ですが──
私が〈近未来SF映画〉というジャンルの中で好きな作品と云えば『ブレードランナー』、『未来世紀ブラジル』、『ガタカ』等ですが、これもまたそれらに比肩しうる傑作でありましょう。
人工臓器による移植が可能になった近未来、と云うのは割とよくあるビジョンではありますが、支払いのことまで考えた作品というのは珍しい。士郎正宗の『攻殻機動隊』や『アップルシード』も、そこまでは考えていなかったですし。
サイボーグボディで費用面まで考慮した作品というと『600万ドルの男』くらいか。でもあれは国家予算をつぎ込んでいますからねえ(笑)。
技術的に可能だからと云って、それが普及するかどうかは経済的な問題であるというのが昔のSFには欠けていた視点ですね。
古きよきSFでは未来はバラ色だったねえ。
これは実に世知辛いSFです。
家を買っても、ローンが支払えなければ差し押さえられる。
車を買っても、ローンが支払えなければ差し押さえられる。
まったく同様に──
臓器を移植しても、ローンが支払えなければ差し押さえられるのデス。
メーカーから委託されて人工臓器の回収業務を執行するのがレポメン──回収人──のお仕事。演じるはジュード・ロウ。
たとえそれが肝臓だろうと膵臓だろうと、摘出したら命に関わるような臓器でもお構いなし。
したがって滞納者は例外なく逃亡を図る。当たり前だ。
それを追いつめ、スタンガンで気絶させ、おもむろにその場で(!)、滞納した臓器を回収する。
『ヴェニスの商人』も真っ青やね。
この場合、流血するのは本人の勝手らしい。
「一応、手続きなので伺いますが、救急車を呼びますか?」
いやいや(笑)。
スタンガンで気絶させてるのに尋ねても無駄でしょう。実にブラックなユーモアですわ。
背景設定についてはあまり語られません。
医療技術の発達と、未曾有の不景気が進行中であるという説明のみ。まぁ、不景気だから支払いが滞るわけですが。
それとも環境悪化で人体への影響が無視できないくらい深刻な世界なのでしょうか。
不思議なのは、ここまで臓器回収業務が常態化しているのに、移植手術を契約する連中が後を絶たないことですね。延命の為にやむを得ないならいざ知らず、どう見ても急患でも何でもないような人たちが、軽い気持ちで移植している。
あまりにもイージーに借金する。
御利用・御返済は計画的に、と云うのを知らんのか?
これは米国のサブプライム・ローンを痛烈に皮肉っているように見えます。
どいつもこいつも、どうして支払いが滞る可能性があるのに臓器を移植するのであろうか。米国人てホントに楽観的というか安易な人たちですねえ。
人工臓器移植が可能であるという程度にはSFですが、あとはもう現代社会と何も変わりません。使用する銃器も現代と大差なし。
自動車も見た目は普通で、走行音だけ奇妙なモーター音をつけてみるとか、街の夜景に少しだけ宣伝広告を過剰に装飾してみる、といったさりげない近未来演出が巧いです。
笑えるのは医療機器メーカーのCM。マスコットキャラを使ってありがちな宣伝を打つのは納得ですが、肺臓君とか肝臓君の着ぐるみは「ゆるキャラ」どころじゃないでしょう。
しかしこんなアホなキャラの着ぐるみが伏線だったりするのは巧いです。
ジュード・ロウは腕のいい回収人。馴染みの相棒は子供の頃からの親友、フォレスト・ウィテカー。
しかし奥さんは旦那の仕事に不満がある。あまりにも血生臭い上に、休日でも逃亡滞納者を見かけ次第、回収業務しちゃったりするので。
その旦那の稼ぎで暮らしていると云うのに贅沢云うな。
そこでジュードは業務を外勤から内勤に変えてもらおうとしている。その矢先に事故が起きた。
商売道具のAEDがショートし、爆発。
目が覚めると病院にいて……心臓に深刻なダメージを食らっていた。
助かる為には自社製品──人工心臓──の移植しかない。当然、目の玉が飛び出るほど高額。しかし背に腹は代えられず……。
莫大なローンを背負って退院し、返済の為には以前よりも回収業務に精出すしかない。当然、奥さんは子供を連れて出て行ってしまった。踏んだり蹴ったり。
フォレスト・ウィテカーだけが、ひとりで喜んでいる。
これで今まで通り親友と天職を続けていける。口うるさい旦那の嫁さんは出て行ってしまった。これからは俺たちだけで滞納者共から回収しまくろうぜえ。
まぁ、気持ちは判りますけどね(笑)。
しかし盲点だったのは、ジュード・ロウには自分でも気付かない程の共感力があったこと。人工臓器を移植している身としては、たとえ滞納しているからと云って、もはや強引に摘出することが心理的に出来なくなっていた。
災難が我が身に降りかかって、初めて他者に共感する。
非常に人間的理由であり、SFとは関係なく無理のないドラマの展開であると感じました。巧いですね。
かくしてたちまちローン返済は滞り、最後通告が送られてくる。そしてフォレスト・ウィテカーに回収業務命令が……。
そして結末が実にダーク。
やはり『ブレードランナー』もディレクターズカット版の不安な結末の方がいいように、近未来SFにハッピーエンドは似合わないのでしょうか。
こういうどんでん返し的結末が可能になったのは、かつて『未来世紀ブラジル』でテリー・ギリアムが製作会社と戦ってくれたおかげなのかと考えてしまいます。
だとするとギリアムに感謝しなくちゃね。
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