原作(及びそれに準じたアニメ)では、舞台は一九世紀末の英国であるとされておりましたが、本作では二一世紀の近未来某国であると変更されております(原作者承認の元に)。時代が百数十年、跳んでしまいました。
いきなり「世界が西側と東側に分けられている」とか、「西側某国の盟主は〈女王〉と呼ばれ、東側某国に潜入した西側のスパイは〈女王の犬〉と呼ばれた」などと字幕で説明されます。原作の設定がそのまま流用されているところもあれば、大胆に改変されていたりするところもあるようで、このあたりはファンとしては許容範囲内なのでしょうか。私は別にそれほどコダワリがあるわけではないのでスルーしました。
並行世界的SF設定になってしまったので、割り切って観るのがよろしいのでしょう。
この設定変更は、コミックやアニメでは英国人を描いても問題ないが、日本人俳優を英国人であるとするには無理があるからなのでしょうね。いっそそのままハリウッドあたりで、本当に英国人俳優に演じてもらうと面白かったのではないかと思うのデスが(本作がヒットすれば、そのうち実現するかも)。
他にも、キャラクターのネーミングにも変更があり、「ファントムハイヴ伯爵家」は「幻蜂(げんぽう)家」と和訳されております。そのまんまですが巧い訳です。
近未来的な設定──雨の降りしきる未来都市の背景が、ちょっとだけ『ブレードランナー』(1982年)を思わせてくれます──の中に、明治・大正を思わせるレトロな設定が混ざっているようで、これはこれで趣深い。
だから一方の主人公シエル・ファントムハイヴも、幻蜂清玄(げんぽう きよはる)と名前を変えられております。これを演じるのが、剛力彩芽。
少年の役を女性に演じさせる配役の妙は感じますが、正直、剛力彩芽に務まるのかと心配ではありました。あまり剛力彩芽の出演作にいい印象はありませんですし。
私の知っている範囲でも、『ガッチャマン』(2013)なんてのがありましたし、リドリー・スコット監督の『プロメテウス』(2012年)でも、ノオミ・ラパスの吹替なんぞと云う「あまり合っているとは云えない」配役だったりしていましたからね。TVドラマの『ビブリア古書堂の事件手帖』でもあまりいい噂を聞きませんです(ドラマは見ていないので何とも判断できませぬが)。
企画が先行して、役に合う合わないが二の次にされるからなのでしょうか。
それでも個人的には、今まで観た数少ない剛力彩芽出演作の中では、本作はマシな部類であろうと思われます。決して手放しで誉めることは出来ませぬが、頑張っているのは判ります。
そして真の主人公、執事セバスチャン・ミカエリス役が水嶋ヒロです。「東側の俳優さん」ではありますが、これが原作のイメージに驚くほど似ております。まぁ、この配役が決まったときに、作品としては成功が約束されたも同然でありましょう(このあたりは『テルマエ・ロマエ』の阿部寛と同じような感じですね)。
個人的にはアニメ版の小野大輔ボイスの方が馴染み深いのですが、水嶋=セバスチャンもなかなかイケております(舞台版では、松下優也がセバスチャンだったそうですが、こちらは未見です)。
堂々と「セバスチャンと申します」と名乗って、違和感なし。シエルの方は役名が変更になったのに、こちらは変わらず。まぁ、変えるわけにも参りませんですしね。
この、完全無欠の超絶万能執事セバスチャンをきちんと描けるか否かが作品評価の分かれ目でしょうが、立ち居振る舞いからアクションに至るまで、水嶋ヒロがハマりまくり。本作はほぼ水嶋ヒロを観る為だけの映画です。今後は本作が水嶋ヒロの代表作となるでしょう。
いや、あまり水嶋ヒロ出演作も観ているわけではないのですが、仮面ライダーカブトの頃よりも格段に立派デス(比較してはイカンですか)。
本作は大谷健太郎とさとうけいいちの共同監督作品になっております。
大谷健太郎は『NANA』(2005年)とか、『ランウェイ☆ビート』(2011年)などの監督ですね。コミックやケータイ小説の映画化作品の監督が多そう──いや、『ジーン・ワルツ』(2011年)なんてのもありますが──ですが、今まで観ておりませんでした。
さとうけいいちは、スーパー戦隊の特撮番組の仕事が多いそうですが(つまりこちらの方は馴染みがある)、劇場用アニメの監督もされていましたか。でも『アシュラ』(2012年)もスルーしております。
この二人の監督の下に、原作の設定を大胆に改変しつつ、オリジナルのストーリーが展開していきます。
東側某国の都市で、外国大使館員の連続ミイラ化怪死事件が発生する。被害者の中に西側某国関係者がいたことから、〈女王〉がこの事件の解明を幻蜂家に命じる。
密命を受けて怪事件を捜査する幻蜂清玄とその忠実なる執事セバスチャンは、やがて人身売買組織も絡んだ巨大企業の陰謀に突き当たる。
同時に、清玄が年若くして幻蜂家当主となった経緯と、先代当主暗殺の真犯人が、捜査中の事件と関係してくると云うわけで、かなりミステリ色濃厚なストーリーになっております。
ミステリなので謎解きの場面があるのはいいとしても、やたらと剛力彩芽の説明セリフが入るのがちょっとクドかったデス。
それにしても、「執事と云えばセバスチャン」と云う図式はいつから成立しているのやら。こんなルールが適用されるのは日本でだけでしょう。犬はポチ、猫はタマ、執事はセバスチャン。
これは『アルプスの少女ハイジ』等の世界名作アニメに由来しているようですが──ゼーゼマン家の執事がセバスチャンだったそうな──、定番中の定番ネーミングです。
いや、別にセバスチャン以外の執事がいないわけではないのですが。
ちょっと思い返すだけでも、ジーヴスとか、ヘンリーとか、パーカーとか、ジェンキンズとか。アルフレッドやら、ジャーヴィスやら、ウォルターやら、ゲデヒトニスやら。日本人名でも、ギャリソン時田に、綾崎ハヤテ、影山さんなんて名前が思い浮かびます。若干、人間でない執事も混じっていますがキニシナイ(出典も明記しなくて大丈夫ですよね)。
そしてほとんどが執事とは思えぬくらいの超人技能の持ち主だったりします。フィクションの中の執事は超人と同義なのか。
本作中でも、執事は家政のプロフェッショナルのみならず、頭脳明晰な名探偵であったり、凄腕のボディガードだったりします。
気合い入れまくりのアクションはともかく、観察眼の鋭い名探偵ぶりの演出には意表を突かれました。これは櫻井翔の執事とタメを張れますねえ(『謎解きはディナーのあとで』もあまり見ていないのですが)。謹厳実直かつ慇懃無礼と云うのも、似ています。
アニメ版の小野D=セバスチャンは、毒を吐かないナイスガイですので、本作の水嶋=セバスチャンの毒舌執事描写が新鮮でした(こちらの方が原作には近いのでしょうか)。
幻蜂家の使用人は原作よりも整理されていて、庭師と料理人はカットされましたが、メイドと運転手は残りました。
やはり「ドジッ娘メイド」は外せないでしょうか。しかしこのメイド役の山本美月の演技がちょっとオーバーでしたねえ。水嶋ヒロの「万能執事」は見事なのですが、山本美月の「ドジッ娘メイド」がどうにもワザとらしい。アニメやコミックスではお約束でも、これを実写で演出するのは難しいのでしょうか。
原作にも登場しますが、本作に限って云えば、主人と執事の関係に絞って描いても良かったのではと思います。
無口な運転手タナカさんは、本作では志垣太朗が演じております。「タナカ」さんはそのまま「田中」さんですね。
しかしアニメ版のタナカさんは藤村俊二でしたので、実写版でもそのまま藤村俊二に演じていただきたかった。きっとハマっていたでしょうに(志垣太朗が悪いワケではないのですが)。
他にも優香、伊武雅刀、岸谷五朗といった方々が出演しておられます。
本作では水嶋ヒロに次いで、優香の演技が印象的でした。最初は脇役のように見えて、次第に存在感が増していくのがお見事です。
伊武雅刀もまた、毎度の事ながらの安定した演技です。本作では悪事を企む巨大製薬会社の社長と云うイカニモな役ですが、これもちょっとマンガっぽいと云うか、オーバーなところが目に付きました。真の悪役ではないので、すぐに黒幕に消されて出番は多くありませんけど。
個人的には警察関係者として、岸谷五朗の警察局長の下に、安田顕演じる刑事がいたのが嬉しかったです。安田顕は『HK 変態仮面』(2013年)での変態っぷりが強烈でしたが、本作では押さえてシリアスな刑事として登場しています(でもやっぱりちょっと濃い)。
登場した時から「あくまで執事でございます」と云っておりますし、序盤のアクションシーンで早々に人間離れした技を披露しております──撃たれても生き返る──ので、セバスチャンの正体については言わずもがなですね。アニメ版でも初っ端が召喚シーンでしたし。
冒頭からかなりの無敵っぷりでしたが、クライマックスでは敵側も悪魔相手にそれなりの準備していたりして、セバスチャンもピンチになったりするのが巧いです。
でも「銀の刃」と云うのはどうなんでしょね。まず、ドラキュラにも効くから悪魔にも、と云う前提がおかしいのでは。吸血鬼に銀は無意味でしょう。銀が効くのは人狼の筈ですが(それに序盤では銀食器を武器に戦っていましたし)。
悪魔相手ならば十字架とか、聖水だと思うのですが、あまりアクション向けの演出には難しいのでしょうか。殺陣の振付は見事でしたが。
本作で一番、問題があるのは、終盤の演出でしょうか。そこまではそれなりに面白く観ていられたのですが、黒幕との決着が付いた後の、水嶋ヒロと剛力彩芽の芝居がね……。
そこだけ邦画の悪い癖と云うか、長々と臭い台詞で引っ張る愁嘆場になってしまったのが興醒めでした。もっと短くテンポよくまとめられなかったものか。
それともここが見せ場だから引っ張ろうとしたのか。
確かに水嶋ヒロと剛力彩芽にラブシーンめいた場面を持ってくるには、ここしかないと云うのは判りますが、別にそれが観たいわけではなかったし……(ファンの方は期待していたのかしら)。
本作だけでもまとまってはいるものの、続編もあり得るようなエンディングにしているのは、この手の作品にはお約束でしょうか。何となく出番の少なかった岸谷五朗は続編要員としてキープされているような扱いでしたが、次回で水嶋ヒロとの立ち回りは……あるのかな。
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