ここではピナの遺した演目の中で特に〈コンタクトホーフ〉がクローズアップされます。
監督はアン・リンセル。ドイツのTV局出身の芸術と文化のジャーナリストであるそうです。本作と同様のアーティストや芸術にまつわるドキュメンタリー作品の監督が多いとか。
本作は、ダンス経験のない四〇人のティーンエイジャー(14歳から18歳まで)が集まり、ピナの代表作〈コンタクトホーフ〉の舞台に立つまでを密着取材したドキュメンタリーです。
〈コンタクトホーフ〉は『~踊り続けるいのち』でも取り上げられておりましたね。
どこか田舎の公民館の講堂のような場所で、大勢の男女が集まり、互いに見知らぬ同士が相手を見つけ、ダンスのパートナーとなっていく様子が表現される(……のだと思うのですが合ってるのかな?)。人間の肉体の様々な部位を強調する振付が斬新で、舞踏なんだか演劇なんだかよく判らない演目でした。ピナの創作はどれもそうか。
初演は一九七八年。当初は一般的な成人ダンサーで踊られていた演目を、二〇〇〇年に六五歳以上のダンサーだけで再演。更に二〇〇八年の再々演で、ティーンエイジャーのダンサーが起用されたというワケで、本作はそのときの記録ということになります。
まぁ、私なんかは『~踊り続けるいのち』を観て、初めてピナ・バウシュを知ったワケですが、ピナ御本人の舞踏をしっかり観たとは云い難く、本作を観ればもう少しはピナの踊る姿や、指導する姿を拝めるのでは無いか、と考えたのですが……。
残念ながらピナの踊る姿は本作では見ることが出来ません。主役はあくまでも四〇人の少年少女達なので。
しかもピナの出番もまた少ない。直接指導に当たるのは、ピナ主催のヴッパタール舞踏団出身で、かつて〈コンタクトホーフ〉を踊った二名の舞踏家。ベネディクト・ビリエと、ジョセフィン=アン・エンディコット。
ピナ自身は多忙の為、長期のレッスンにつき合うことは出来ず、オーディションとか、リハーサルとか、要所要所に顔を出すだけに限られます。
ピナ自身が踊らないにしても、もうちょっと少年少女達を指導したり、交流してくれるのかと思っていたので、期待はずれの感は否めませんです(予告編にあった少年少女達に話しかける場面は本編にもありますが、本当に短い)。
ピナ本人の舞踏なら、ペドロ・アルモドバル監督作品 『トーク・トゥ・ハー』(2002年)にチラリと登場しているから、そちらを観れば良いか。
ダンス経験のない少年少女がダンスを覚えようとするドキュメンタリと云うと、『ステップ! ステップ! ステップ!』(2005年)──NYの小学生達が社交ダンスコンテストに挑む──を思い出すのですが、あちらは真っ当な社交ダンスなのに比べ、こっちは何とも前衛的なパフォーマンス。
しかし様々な子供達が登場し、中には家庭に問題を抱えていた子供もおり、それが一丸となって練習して、それぞれが成長していく姿を描くという基本的なスタンスは変わりませんです。
本作はドイツ版『ステップ! ステップ! ステップ!』と云えないことも無い。
練習風景の合間に、子供達のインタビューが挿入されていくというスタイルも似ています。それが基本的か。奇を衒わない編集にするなら、それが一番判り易いし。
メンバーの募集に応募した動機を尋ねられ、ある者は「映画の『リトル・ダンサー』を観たから」と応え(ジェイミー・ベルもさぞ本望でしょう)、またある者は「ピナに憧れて」と云う者もいる。
生粋のドイツ人もいれば、ボスニア難民の子供もいる。
内向的な子もいれば、ヒップホップでハジケている子もいる。
当然のことながら、初めのうちはダメ出しの連続。ダンスで「感情を解き放つ」こと自体が出来ない。そりゃそうだろう。
もう男女が向かい合って立っただけで、テレて笑ってしまう。なんか初々しいのお(笑)。
しかも〈コンタクトホーフ〉は割とセクシャルな表現もあったりしますからね。中には二人の男女が服を脱いで下着姿になる演出もある。十代の若者に舞台の上でそんなこと出来るのか。
また、練習ばかりしているわけにもいかず──学校にも通わねばならないし──レッスンは週末だけに限られる。本当にこんな状態で十ヶ月後の公演までにモノになるのだろうか。
本作は、字幕とかナレーションを一切廃したドキュメンタリーなので、何をしているのか承知した上でないとよく判らないという編集は、ちょっと不親切に思えます。簡潔と云えば簡潔なスタイルですが、予告編とか、解説文とか、ある程度は事前に情報を仕入れ、「これはピナ・バウシュという舞踏家の創作したダンスを四〇人の少年少女達に……」という基本的なところを理解していないと、何をしているのか判り辛いと思います。
せめて冒頭にザックリ説明する字幕を一文だけでも挿入するべきだったような……。
ホントに説明抜きに〈コンタクトホーフ〉の練習風景を映すので、予備知識のない人が観たら「なんじゃこりゃ?」と云われてしまうのではないですかね。
ピナ・バウシュが何者かという説明も無い(必要無いデスカ)。
まぁ、ドイツでは知らぬ者とてない国民的有名人なのかも知れませんが、海外向けの仕様ではないですねえ(いや、世界的に有名な舞踏家ですケド)。
『~踊り続けるいのち』も、ほとんど説明なしにパフォーマンスとインタビューを交互に映すのみなので、スタイルとして似ていると云えば似ている。そもそもピナ・バウシュを知らないヒトは観ないか。
そう云えば先日観た『ピアノマニア』(2009年)というドキュメンタリー映画もそうでしたが、解説的なナレーションも、字幕説明もほとんどないと云う点では似ていますねえ。
ヨーロッパのドキュメンタリー映画って、みんなこんな感じなのかしら。
練習風景の合間に、舞踏団の所在地である地方都市ヴッパタールの風景も挿入されます。
『~踊り続けるいのち』でも見覚えのあるモノレールが何度も登場します。街の中を流れる川もそのまんま。
まったく関係のない別人が撮っても、ヴッパタールと云えばモノレールなのか。もう刷り込まれましたよ。
ヴッパタールを観光する人がいたら、是非乗車されることをお勧めします(多分、私がアレに乗ることはないと思うが)。
次第に踊りにも馴れ、様になってきたところで、配役が振られることになる。主役に近いポジションに抜擢される子もいれば、初公演のチームから外される子もいる。このときばかりはピナも真剣に少年少女達を厳しい眼差しで見つめている。
ピナが自ら指導にあたる数少ない映像も収められ、彼女の創作の美学や信念を伺うことが出来ます。〈コンタクトホーフ〉の振り付けに込められた意味を説明してくれる場面もあります。
『~踊り続けるいのち』だけでは判らなかったこともあるので、その辺りは興味深いところでした。
そして初公演の日、緊張する子供達。それでも見事に練習の成果を披露し、客席からは満場のスタンディング・オベーション。
個人的には「服を脱いでいく男女」の役を振られた少年が、見事に舞台の上でパンツ一丁になる場面に、ちょっとホッとしました。練習中、女の子は割と開き直っていたように見受けられたのですが、男の子の方がね(笑)。
以前はシャイで人見知りだった子供達が、もう人前でもリラックスできるようになったと笑う姿に成長を感じます。
最後に子供達を見守るピナが舞台に現れ、手にした花束から一輪ずつ、少年少女達に花を渡していく。見事に踊り抜いた女の子からキスされ、頬にくっきりキスマークを付けて微笑むピナ。
これがピナ・バウシュの公式映像として残された最後の姿であるそうで、急逝が惜しまれますが幸せそうなお姿でした。
本人が亡くなっても、ダンスは残り、受け継がれていくのですね。
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