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2012年6月10日日曜日

外事警察/その男に騙されるな

(BLACK DAWN)

 警視庁公安部外事課、通称「外事警察」。警察と名乗っていますが、実体は対テロ捜査を行う諜報機関の様なものです。世に知られることなく隠密活動に徹し、時として非情な手段も厭わない。いわゆるスパイというやつですね。
 邦画でもこんなに渋いスパイ映画──『裏切りのサーカス』(2011年)に比肩しうる──が製作できるとは大変、嬉しいです。個人的に今年最高の邦画は本作であると云い切ってもいいです(まだ早いですか)。

 麻生幾による同名小説が原案。二〇〇九年にNHK総合で放送された〈土曜ドラマ〉の一本でした(全六話)。こんな超シブいドラマを日本でも製作できるのかと、ちょっとビックリした記憶があります。あまりにも暗く、ハードで、ドロドロした人間関係のドラマで、観続けるのが結構、ツラかったデス(でも止めることも出来ない)。
 NHK製作のTVドラマの映画化としては、同じ〈土曜ドラマ〉だった『ハゲタカ』(2009年)の例もありますので、『外事警察』も映画化されないものかと思っておりましたが、遂に実現されました。実にめでたいです。
 この調子でNHKの〈土曜ドラマ〉を映画化していくなら、『チェイス/国税査察官』もいずれ劇場版を製作して戴きたい。

 本作はTV版のリメイクではなく、小説の第二作『外事警察 CODE:ジャスミン』を元にしています。
 監督はTV版の演出(の一人)であった堀切園健太郎。脚本も同じく古沢良太です。
 主演も渡部篤郎や尾野真千子が、同じ役で登場します。遠藤憲一、石橋凌、余貴美子もお変わりなく──相変わらずギスギスした関係ですが──顔を見せてくれます(ちょっとずつ出世しているのが微笑ましい)。

 続編ではありますが、単体で完結しますし、TV版を御存知なくてもまったく差し支えない作りになっているのがいいですね。
 今回は朝鮮半島での核テロ危機を描く内容ですので、キム・ガンウ、イム・ヒョンジュンといった韓国の俳優さん達も登場し、ドラマのかなりの部分がソウルや釜山でロケされたりしています。当然、韓国人のセリフはきちんと韓国語で喋って日本語字幕が付けられます。渡部篤郎の韓国語セリフも流暢です。
 本作は韓国での公開も決定しているそうなので、あちらでの評価も聞いてみたいです。

 そして『外事警察』と云えば、〈協力者〉。諜報活動とは縁もゆかりも無い一般人に、自分達の仕事を手伝わせようというワケで、ド素人が行う潜入や諜報活動が危なっかしくて観ていられないほどギリギリと緊張感を高めてくれる演出も、TV版のまま。
 邦画では『相棒2』(2010年)でも公安捜査員と〈協力者〉の関係が描かれておりましたが、『外事警察』には一歩及びませんですね。やはりここまで描いてくれないと。

 今回、〈協力者〉になる──仕立てられる──のは真木よう子。実は真の主人公です。
 渡部篤郎は相変わらず〈公安の魔物〉として暗躍してくれますが、本作では劇場版という尺の長さも合ってか、個人的な背景は描かれません(それはTV版でやったし)。しかしそのおかげで事件がテンポ良く展開してくれました。
 そして、個人的な事情を外事警察につけ込まれ、絡め取られて身動きできなくなっていく真木よう子の演技が素晴らしいです。
 同時に、ニコニコと笑みを浮かべつつ「これが貴方にとって最善の選択なんですよ」と真木よう子を追い詰めていく渡部篤郎を観ていると、人間不信に陥ります。「母親の愛情」すら利用するとは鬼だ。
 尾野真千子が反発することすら計算に入れた見事な演技です。

 もう一人、田中泯が演じる核物理学者もまた印象的です。前半はほとんど喋りませんが、鋭い眼光が忘れがたい。
 真木よう子がどんなに渡部篤郎を忌み嫌っても逆らうことが出来ないのと対照的に、この老博士は渡部篤郎の言いなりにはなりません。己の死期の近いことを悟っており、信念を貫くことに命を賭けている。沈黙したまま壁に掛かった朝鮮半島の地図を見上げる姿にはゾクゾクします。
 クライマックスの対決シーンで見せる慟哭は特筆ものですよ。

 本作は冒頭、人気の無い市街を独りでヨロヨロ歩いている真木よう子の姿から、なかなかただならぬ雰囲気を醸し出してくれます。着ているシャツは血まみれで、目はうつろ。
 パトカーが駆けつけて来て彼女を保護しますが、日本のパトカーでは無い。警官が喋るのも韓国語。ここはソウル市街だったのだ、と判るあたりで劇場版らしくハナシが大きくなっているようで嬉しいデス。
 しかも警官のセリフから「核爆弾」という言葉も飛びだし、緊迫感溢れるオープニングです。
 どうしてこうなった──と云うところで、時間が巻き戻ってドラマが始まります。

 韓国国境の薄暗い森の中で起きる謎めいた男達の取引。核物質と思われる怪しい小荷物。そして殺人。核物質の強奪。
 北朝鮮からの核物質の流出という状況が、いかにもありそうでリアルです。

 その上、ドラマの中に東日本大震災が取り入れられているのも邦画で初めて観ました。瓦礫が累々と広がる東北の海岸の様子も生々しい。
 二〇一一年三月の東北。某大学研究室から原子力関連部品のデータが盗まれていることが発覚する。立入禁止区域に指定された為、貴重な日本の技術も野ざらし状態。賊は堂々と侵入して盗んでいったらしい。
 盗まれたデータを用いれば高性能な核爆弾の点火プラグが製造できると云う。

 そしてCIAから北朝鮮のウランが日本に持ち込まれた疑いありとの情報がもたらされる。核物質と点火プラグが揃えば、核爆弾の製造が可能になる。非核を謳う日本で核爆弾が製造されるなど、断じてあってはならない。
 警察庁警備局長の倉田(遠藤憲一)は、内閣情報調査室に転属していたかつての〈公安の魔物〉住本(渡部篤郎)を外事課に復帰させて、捜査に当たらせる。

 かくして松沢さん(尾野真千子)は再び、渡部篤郎の部下になってしまう。出来ればもう二度と一緒に仕事をしたくなかったのにという気持ちはよく判ります(笑)。
 しかし人格的に尊敬できない男でも、仕事の手際が優秀であることは否定できない。こういう上司はイヤだというひとつの見本ですね。

 渡部篤郎は、韓国との不正輸出に関係しているとマークしていた貿易会社の社長夫人(真木よう子)の経歴や行動パターンを調査し、断れない条件を提示して〈協力者〉に仕立て、「運用」を開始するが、その後で渡部は何者かに刺されてしまう。
 幸い一命は取り留めたが、その襲撃が韓国人工作員によるものだと判明する。

 今回は物語が日本と朝鮮半島を行き来するので、TV版より物語のスケールが大きく感じられます。そして日本一国だけでなく、他国のスパイも関係してくる。
 NIS(韓国国家情報院)が介入し、外事警察の邪魔をしたり、協調したりするという展開が巧いです。双方共に自国の国益最優先で動いている。
 ところで韓国の諜報部はKCIA(韓国中央情報部)と呼ぶのだと思っていましたが、金大中政権時に組織改編が行われたのか。不勉強でした。韓国のスパイ映画ももっと観ておかないとイカン(汗)。

 「日本はスパイ天国」と揶揄されるだけあって、他国の諜報員から「お前達の手には負えんよ」と鼻で笑われるという描写が悔しいけどリアルです。実際、日本は手ぬるいのでしょうねえ。
 舞台が日本国内に限定されると、アクション演出を派手にするのも一苦労ですが、韓国でもストーリーが進行するおかげで、派手な銃撃戦も自然です。

 全編デジタル撮影だったそうですが、「銀残し」のような色調を施された画面がいい感じです。デジタル技術も進歩したものです。
 特にクライマックスのテロリストのアジトに突入してからの、セピア色を強調したモノクロームのような色調の画面が忘れがたい。

 そして核テロ計画となれば、クライマックスは核爆弾のカウントダウン。冒頭のオープニングにここでつながるという演出がお見事デス。
 間一髪でこれを食い止めるという展開はお約束。サスペンス映画デスから爆発はイカンでしょう。私は安易に核爆発を起こすアクション映画より、よほど真っ当だと思います。解除コードはバレバレでしたけど。

 そして一件落着後……。
 うーむ。ヤラレました。「その男に騙されるな」って、副題にまで付けてくれていると云うのに。騙されました! よく考えれば当然のことなのに。なんで思い至らなかったんだ俺(汗)。
 しかもそれを、ある人物が最後の最後で吐き捨てるように呟く一言のセリフで種明かしをする。恐れ入りました。見事な脚本、見事な演出、見事な俳優陣。もう洋画邦画を問わず、今年のベストでいいです。




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