2011年3月11日金曜日

アレクサンドリア

(AGORA)

 その昔、科学ドキュメンタリ番組『コスモス』で、カール・セーガン博士がアレクサンドリアと大図書館について語っていたことを思い出します。三つ子の魂百まで(笑)。
 アレクサンドリアの図書館は、オリバー・ストーン監督の『アレキサンダー』でもチラリと登場してくれましたが、今回はもうメインの扱いですよ。

 宇宙から地球を俯瞰し、どどーんと地中海沿岸、アレクサンドリア上空、更に図書館の屋根までワンカットでズームしていく演出にわくわくです。最近は簡単に出来るようになりましたねえ。
 もう都市の全景がCGだと判っていても素晴らしい。市街の風景では遠くに巨大な灯台もちゃんと映っています。背景美術だけでも一見の価値ありと申せましょう。

 スペイン映画であり、本国では大ヒットを記録したそうですが、日本では公開劇場も限られ興行成績は振るわないでしょう。なんとなく内容がアカデミックに過ぎるという感じがします。
 まさに『コスモス』の一部を拡大して制作した感じ。
 『海を飛ぶ夢』のオスカー受賞監督アレハンドロ・アメナーバル監督作品ですが、アメナーバル監督作は初めて……ではないか『アザース』は観たな(イマイチでしたが)。

 全編を通して描かれるのは「宗教の不寛容」ですね。科学が、知識が、踏みにじられていく。しかもその理由がかなり八つ当たり的である。図書館を焼いたところで市民の生活が楽になるわけではないのに。
 もう「なんか知らんが、そこに権威的なものを感じるからブッ壊してやれ」と云わんがばかりのキリスト教徒どもの非論理的な振る舞いには呆れ果てる。
 無理が通れば通りが引っ込む有様が実に克明に描かれています(笑)。
 ああ、もう少しで惑星の運行が、地球の軌道が実は楕円であるという真実に到達しそうなのにィ。

 非常にアカデミックな内容なのでかなり歴史のお勉強にはなるでしょう。
 特にキリスト教とユダヤ教が結託して、古いエジプトの宗教を駆逐していく過程と、敵がいなくなったら今度はキリスト教とユダヤ教同士でいがみ合う描写が興味深い。
 文字通り「昨日の友は今日の敵」なのである。

 そして闘争に敗れたユダヤ教徒はまとめてアレキサンドリアから追放される。家財道具を背負って出ていくユダヤ教徒達に城壁の上から笑いながら石を投げつけるキリスト教徒。女子供にも容赦なしである。
 いやはや、もう人類の愚かさと云うか、宗教がどこまで非情で不寛容になれるかという描写がエゲツないですねえ。
 ユダヤのラビが訴える言葉が切ない。

 「イエスはユダヤ人だ!」

 そしてユダヤ教徒追放のあとは、今度はローマ帝国長官の権威にも挑戦的になっていくキリスト教司教。時代的には4世紀末であり、テオドシウス帝がキリスト教を国教と定めた時代ですから、もう怖いもの無し(笑)。
 今まで迫害されていた分、仕返ししてやるぜ的な雰囲気が漲っておりますな。

 この悪党司教キュリロス(サム・サミール)の個人的な志向「地球が球体であることが理解できない」「女性が偉そうな顔して司書でいるのが気に食わない」「とにかく無条件に神を信じないのが許せない」という理由でヒュパティアはひどい目に遭うワケです。
 結局は自分の権威が最高であることを認めさせたいだけなのがありありと判る。
 しかしいいのか。キュリロスと云えば、キリスト教では聖人に列せられている人物なのでは。聖人をここまで悪役に描くとは大胆な。
 こんな映画をスペインで制作すること自体、問題ありそうなものだが、それが大ヒットするとは世の中、判らんですね。

 しかし主役にレイチェル・ワイズを起用したところまでは良かったが、いかんせん物語が堅すぎる。本当に『コスモス』拡大版の如き教養番組なドラマ展開は何とかならなかったのか。
 歴史的なリサーチを徹底させたのはいいが、時代考証に力を注ぐあまり脚本からロマンス要素が絶対的に欠如してしまった。

 いや、それなりにキャラの配置が意識されているのは判りますよ。
 ヒュパティアの教え子で、彼女に想いを寄せるが失恋し、キリスト教の修道戦士になってしまうダオス(マックス・ミンゲラ)とか。
 かつての学生が図書館破壊の先鋒となる。失恋の憂さ晴らしに人類が積み上げた英知を破壊しやがったな。満足か。

 同じく元教え子でアレキサンドリア長官に出世しながら、ヒュパティアを守りきれないオレステス(オスカー・アイザック)とか。
 同窓の学生だったのにキリスト教に帰依して論理的思考をすっかり放棄してしまったシュネシオス(ルパート・エヴァンズ)とか。

 他にもヒュパティアの従者で、控えめな老奴隷アスパシウス(ホマユン・エルシャディ)がいい味だしてます。特にこのオヤジ、ヒュパティア以上に惑星軌道について考察していそうなのに、奴隷という立場上、ヒュパティアをさりげなく誘導するに止める態度が憎い。あんた、本当は全部判っているんでしょ?

 やはりレイチェル・ワイズがあまりにも美人なのに、色恋にさっぱり興味を示さず研究一筋であるという設定がイカンのでは。
 これでは思いを寄せる野郎共は片端から失恋確定である。あまりにも恋愛要素が薄いのでドラマが非情にお堅く感じられる。
 壮大なスケールと、巨大なセットとCGを駆使した歴史絵巻なのになあ。
 惜しい。

 あまりにも淡々としたヒュパティアの最期も、感動的とは云い難い。
 愛していながら守りきれない男と、愛していながら命を奪ってしまう男の対比がもう少し巧く描かれていれば……。

 さして抗うことなくヒュパティアは処刑される。彼女の死後、地球軌道が楕円であることをヨハネス・ケプラーが突き止めるのは、実に千年以上も先のことであった。
 淡々と解説が流れ、それでも地球は回り続ける。
 うーむ。実にアカデミックなのだが、やっぱりちょっと退屈でした。もう少しドラマ的に盛り上がって欲しかったデス。

 ダリオ・マリアネッリの格調高い音楽も素晴らしいデスが、やはりここはヴァンゲリスの「天国と地獄」を流し、セーガン博士のアップで締めてもらいたかった──って、それじゃホントに『コスモス』だろがッ。




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